セッション6 キレた
チームは結局、タイラーズという名前に決まった。
リーダーはタイラ。サブリーダーはサナ。リーダー支援がニアリ。そして雑用がゴウスケ。
完全にタイラが主張した通りになった。
「なんでサナちゃんがいい立場なの!」
「若いからな。プレッシャー与えないとよ」
「がっははは。はあ、そりゃそうしないといけない日は、いつか来るかもしれないしれないけどさ」
「あは、あはっはっは」
「いや、ゴウスケ。お前は笑うんじゃねえよ……」
「……」
「いやいや、黙るのもダメって、言ったばっかりだよなあ。なあ!」
「タイラくん。やりすぎ、やりすぎよ。それは」
「だってさあ」
この光景である。
つまるところ、タイラの独裁を止められる人がいない結果というのもなきにしもあらずのチーム談義であった。
「は~、カブトムシ捕まえに行きてえ」
「はい?」
「ニアリも行く?」
「行かないに決まってんだろ、ボケちゃんが!」
「痛ッ」
「まあ、気が向いたら行くけどさ?」
「え~……」
ほのかにではあるが、コミュニケーションにおいてはニアリのほうがタイラより一枚上手らしい。
「おーおー。やっとる、やっとるのう」
「いらっしゃい。お世話になります、へっへっ」
「あら、カッペイさん!」
老人がひとり、トコトコとやって来た。
カッペイとニアリに呼ばれたその男は、空から落ちてきたゴウスケにリクラフトをアドバイスした人だ。
「肉仕入れたんだけど、欲しい?」
「ああ、はは。もちろんッス。もらえるんなら何でもありがたいッス」
「はい、これ。また、いつか来るから」
「いやあ、はっは。なんでいつかなんスか。いつでもいらしてくださいよぉ、もう」
「いつもお世話になります~」
「今日は女も一緒けえ」
「あは、はは。まあ、はっは」
「キスとかしてる?」
「いひひ。いやあ、してもいいんスけどね」
「アンタ、こんな所で何言ってんの?」
ゴウスケより、むしろタイラと仲良くなったらしいカッペイ氏は仕入れたという肉がたっぷり入った袋を手渡した。
袋にはスーパーで販売されているトレイ単位とは比べ物にならないほどの肉がたっぷりと詰まっていた。
業務用なのか、軽く何キロかはあると見えた。
「じゃあの」
「ありがとうございます」
「ご苦労様です~」
タイラとニアリに見送られながら、カッペイはいずこかへと去った。
「焼き肉。ゴウスケには、絶対に何があってもやらねえから」
「あ、はあ」
「チッ……」
「えっ」
「死んでもだから」
「ゴウスケくん。ねえ、この人にいじめられてるの? ぷふふ~。やだあ、もう」
「ははは」
「ははは。お前の真似」
「えうっ」
「えっ、何?」
「びっくりしただけです」
「は?」
「なんか、ゴウスケくんもゴウスケくんかも」
「先輩。頑張ってください」
ゴウスケに味方なし。
「……」
「……」
それぞれ、しばらく無言になった。
チームを組んだからって、みんな平凡な人間だ。
ゲームの世界ではあってもゲームみたいに簡単にミッションが始まるとか、経験値稼ぎの裏技があるとかいったことはない。
それはワールド・ルール・ブック――『世界書』と呼ばれる紙片――を集めないことには本当の意味では『CH』は始まらないからである。
「ゴウスケ。それと、みんな。そういえば、これ巻いてよ」
「ハチマキ……」
「うん。4人分用意しておいたから、今後、活動するときには巻くこと」
「破れないですかね?」
「少しくらい我慢しろよ。使えなくなったら、また用意するから言え」
赤いハチマキ。
タイラらしく情熱の赤だ。
4本とも赤。
そして、それぞれにタイラが直接にそれらを1本ずつ手渡していった。
「ちょうちょ結びするには、短いです」
「ちょうちょ結びするつもりだったのかい」
「タイラさん。このハチマキ、どうしたらいいですか?」
「普通結びするときに2回、くるくるって巻くだけ。これでほどけにくいから」
アルバイトとはいえ直属の上司だったのに、サナが頼りにするのは自分ではなくタイラ。
悔しくはなかったゴウスケだが、自分自身に対する情けなさは否めない。
「そういえば、カッペイさんとはどこで?」
「どこでって?」
「えっ」
「いやいや、どこで、何なの」
「えっ?」
「ふん。主語と述語ってあるじゃん」
「あります」
「ありますよね。おしまいです」
「えっ」
「もう、えっ、も禁止です」
「……」
「それを正解にしてやるから、もうしゃべるな。話しかけるなよゴミが」
カッペイについて話すつもりは毛頭なし。
というより、タイラに明確に嫌われているのだとゴウスケには分かった。
彼はネットカフェを思い出した。
バイト先の店長やタカザワ、バイトリーダーのほうが、まだ幾らか理解してくれたとゴウスケは思った。
ただ、要領が悪い自分自身を理解してもいただけに彼は特に言葉を返さなかった。
「さて、これからどうするかな」
「……」
「ねえ、ゴウスケ。お前は単行本を読み込んでるんじゃねえの。どうしたらいいか言え」
「え?」
「おい、ゴウスケ」
「……」
「先輩、ちょっと……!」
「うん、うん。つらく当たりすぎてゴメ~ン。ほら、さあ、タイラくんも謝ろっか」
「うーん。じゃあ、ちょっぴごめん」
「帰りたかったら、帰っていいから」
「ニアリさん?」
「サナちゃん。この人がいい人とか悪い人とかは別にいいんだけど、たださ、人の気持ちが分からないんなら帰っていいでしょ」
「ニアリさん……」
「帰りたかったら、帰っていいから」
「謝りましょうか?」
「は?」
「おい揺宮ゴウスケくんよ。調子に乗るんなら蹴るぞ。背中、蹴り飛ばすぞ。分かるか。居場所が欲しいんなら、男らしくビシッと働かんかい」
「……ニアリさんが言うこと、少しだけ分かります」
「……」
「なんで諸水さんがコイツのいうことを分かるのに、お前はすっかりダンマリなんだよ」
「……」
その日、揺宮ゴウスケは一切の口を開かなかった。
他の3人はこれからどうしていくかを、それぞれなりに話し合っていたが、ゴウスケは端的にいうとキレたのだ。
「はあ……」
夕方、ゴウスケはため息と共に自室に戻った。
チームを結成するという話は以前からタイラから聞いていたので、ちょくちょくと自分なりには『CH』の用語集を見て下調べしていたのだ。
それを話す機会すらないとか、うまく会話の空気を作れないとかいったことが早くも積もり積もったような感じがした。
コミュ障、というスラングがある。
ゴウスケはそんな一言で見限られたほうが、どんなにか気が楽だと思った。
「すごい人かもしれないけどさ」
愚痴をこぼしながら、ゴウスケはインスタントラーメンを取り出した。
夕食のためである。
と、その時である。
「おーい!」
明らかにタイラの声だ。
かなり怒っているらしく、怒鳴り声に近い。
「おーい!」
ゴウスケは玄関を開けなかった。
アフィリエイト用に貸してくれた部屋に行けばよかったとすら彼は思った。
ゴウスケは頭に血が昇ってくるのが分かった。
非があるのは自分かもしれなくても、タイラたちがやることの限度が過ぎていると思ったからかもしれないが、そもそもは理屈でなく本能的な部分での話かもしれなかった。
「いねえのか?」
心配を滲ませているような声色になったが、どこか「騙されるか。その手に乗るか」という感情がゴウスケを占めた。
そんなことを考える彼はダメ人間だし、彼自身もそう思った。
ただ、出来もしない成長を強いられる気しかしなくて苦痛なのだった。
「すぐ帰ると思う?」
まだ何か言っている。
理解出来る部分以上に理解不可能な部分が多すぎる。
ゴウスケの、その声に対する感想はそんなようなことだ。