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セッション2 フレイ

 しばらくゴウスケは、光に包まれたままで過ごしていた。


「なんだよ~。もしかして、ゲリラ的にタレントに選ばれちゃったのかな?」


 テレビの撮影で使う照明器具が出す光に当たると、光の中にいるかのような感覚に陥ることがある。


「死んだのかな。なんか、あったかいナリぃ」


 夏の日差しに似た熱感覚が心地よく、ゴウスケはのびのびと背伸びをしようとした。


「あれ。なんだか、……変だな」


 そこでゴウスケはようやく、何かがおかしいということを察した。

 なにせ、つい先ほどまでは自宅にいたのだ。

 無理もない。


「揺宮ゴウスケ様。あなたは『巨獣討伐RPGコロッサルハンター』プレミアム・プレイヤーに認定されました。おめでとうございます!」

「えっ、えっ。な、なになになに?」

「揺宮ゴウスケ様ですね?」

「あ、はい」

「あなたは『巨獣討伐RPG……」

「いや、それは聞きましたけど!」


 ゴウスケは突然に聞こえてきた声に、何のためらいもなく対応した。

 ネットカフェ店員の職業病のようなものだ。赤の他人であっても、話しかけられたら即対応。

 それで道端で変質者に話しかけられたのにゴウスケは返事してしまい、大変な思いをしたことがある。


「ゲーム・マスター・プログラムのフレイと申します。ギリシャ神話にある、あのフレイです。よろしくお願いします」

「ゲーム・マスター・プログラム?」

「以後は本プログラムと呼びます」

「あっ、はい」

「またはGMPと略して説明します。本プログラムことGMPは従来のテーブル・トークRPG、すなわち電源不要ゲームが持たない画期的な人工知能として様々な業界から期待を集めています」

「その説明は長いですか?」

「やや冗長となります。説明をスキップしますか?」

「します、します。トイレ行きたいんす」


 ごみごみとした会話も、話半分でテキパキと対応していく。

 話半分。――人間はコンピューターには勝てないと言われているけど、話半分だけは出来ないじゃないかとゴウスケは考えている。


「かしこまりました。では揺宮さま、早速ですがガイダンス・プロセスを開始します」

「オナシャス」

「オナシャス、とは」

「お願いします、と全く同じ意味ですね~。多分ですけど」

「かしこまりました。ガイダンス・プロセスではユーザーさまが希望するアバターを作成していただきます」

「アバター?」


 ゴウスケは、フレイと名乗る声の情報からして自分が『巨獣討伐RPGコロッサルハンター』、つまり『CH』の世界に踏み入れかけていることまでは理解した。

 もちろん、単行本で遊べるというだけの『CH』に、そんなことは理屈では出来やしない。ただ、ゴウスケは「夢か。今日の夢は愉快じゃん」程度の気持ちだというだけだ。


「アバターなんてあったっけ」


 ゴウスケの疑問は、もっともなことだ。

 アバターという言い回しはオンラインゲームでは見かける。しかし『CH』ではハンターはハンターとしか呼ばないはずだった。


「申し訳ありません、揺宮さま。本プログラムおよび、これから参加いただくゲームを開発したのはTRPG『巨獣討伐RPGコロッサルハンター』の開発元であるインコグ・ラボ様とは無関係の個人です。そのため多少、単行本製品版と勝手が違ってくることはあります」

「そうなんすか。ま、大丈夫ですよ」

「感謝します。それではハンター・アバター作成モードを起動します。……」


 開発元と「無関係」というのは、夢でないアクシデントなら大変に気になるところだ、とゴウスケはヒヤリとした。

 ネットカフェでは、胡散臭いパソコン業者をうかうか店内に招き入れると店長やタカザワに、こっぴどく叱られるためだ。


「おっ。す、すごい……」


 透き通るような、クリスタル系の音源による短いジングル音と共に何かが起動していく。

 真っ白な光のみだった世界。

 そこにほどほどのサイズのモニターがヴン、と静かな機械音を立てて現れた。

 それと同時に、ゴウスケ自身にも変化が起きた。

 服が重くなったと思ったら、ゴツゴツしたスーツに衣装が変わったのだ。


「ちょっとダサいけど、いいや」

「他にもサンプルがございます。切り替えますか?」

「パターン2です」

「……ちぇ、色違いかよ。じゃあ、さっきので」

「かしこまりました」


 簡単かのように会話したものの、内心ではゴウスケは震えていた。

 当たり前のように、衣装の色が地味な薄灰色から水色に変わり、また元に戻ったからだ。

 フレイという人工知能がそれをしている。または、冷静に考えるなら当てる光の色が変わっていたのかもしれなかったが、ゴウスケは無邪気なので後者の可能性など考えもしなかった。


「スーツの形状は、この後にありますスタイル選択の中で変わるようになる予定です」

「ちょっと待ってくださいね。変わるんじゃなく、変わるようになる?」

「開発元の事情で、現在ユーザーさまが利用可能なスタイルはひとつずつとなります」

「えーっ。それは無理かも」

「ブランクとウォーカー。これらの組み合わせのみとなります」

「無視かも」


 スタイル、というのは単行本にあったのでゴウスケには何のことだか分かった。

 いわゆる、職業とかクラスとかにあたるプレイヤーの大まかな役回りだ。だけどブランクやウォーカーというスタイルはゴウスケの知らないものだった。

 ただ、背景が青っぽいモニター画面には、いつの間にか表示されていた「揺宮ゴウスケ」の下側に「スタイル:ブランク サポート・スタイル:ウォーカー」という白い文字列がパッと表示された。


「あ、そうだ。本気でトイレ行きたいんで、ログアウト的なの頼みます」

「ログアウト機能は現在、トラブルのため凍結しております」

「ん?」

「ログアウト機能は現在、トラブルのため凍結しております」

「あばばばば」

「トラブルの詳細については、開発元からの発表をお待ちください」


 わけが分からない、とゴウスケは思った。

 同時に、なんて民度が低い開発元なんだともゴウスケは思った。

 インコグ・ラボがアリアンロッドRPGやダンジョン&ドラゴンズに遠く及ばないペラッペラに薄い単行本しか発売しなかったことすら我慢した、この男が、である。


「フレイさん、でしたっけ。えっと、レベルとかステータスはどんな感じになりますかね?」

「初期レベルは1より大きく設定することが出来ません。ステータスは、これから本プログラムが提供します機能をご利用ください」


 フレイがそう言うと、ゴウスケは自分自身が何か出来るようになったことが分かった。

 そして彼は、それを実行した。


「ステータス・オープン」


 声に出すと、モニター画面がもう1つ現れた。更に、そちらがアクティブ、つまり前面になった。


 ――――――――――――――――――――――

 揺宮ゴウスケ様のステータス

 スタイル:ブランク サポート・スタイル:ウォーカー

 ハンター・レベル:1

 HP:7 MP:3

 パワー:E-

 ガード:E-

 スピード:E-

 センス:E-

 ラック:E-

 スキル:【プレミアム・プレイヤー特典】

 ――――――――――――――――――――――


「後ろの画面だけで良くなかった?」


 ゴウスケの率直な感想だ。


「色々と不手際があることを開発元に変わりお詫びします」

「いいけどさ。あと、こんなビルドじゃアトラスすら倒せなくないかな」

「アトラス……?」

「あれっ、知らないかな。コロッサル」

「アトリウール0型のことでしょうか。本プログラムにはアトラスという名前のコロッサルは記憶されていません」


 フレイとの会話に食い違いがあるので、ゴウスケはまたもヒヤリとした。

 考えたくなかった可能性。

 精神の病を患い、幻覚を見ている可能性だ。

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