055 打ち上げ、そして鍛冶屋
「それじゃ、探索の成功を祝してカンパーイ!」
日が暮れる前に俺たちは探索を切り上げ、ギルドで精霊石の換金を行った。
混沌の精霊石はゼロだったが、色付きがそれなりに出たこともあって、稼ぎは上々。
一日で稼ぐ額としては十分なものとなった。
ちなみに、換金はリフレイアにやってもらい俺は外で隠れていた。俺みたいのがいっしょにいて、金魚の糞だの寄生だ養殖だと難癖付けられても面倒だったからだ。
……人の多い場所が苦手だからというのもあるが。
「私も参加させてもらって、よかったのかにゃん」
「そりゃいいだろ。ま、全員酒は抜きだけどね」
「私はお酒飲めにゃいから、問題にゃいです」
酒では前回ちょっとやらかしたから、俺もリフレイアも自粛だ。
店は前回と同じ。
値段が手頃だし、味は良く、店内は薄暗く、俺の精神衛生的にも良い。
打ち上げをやるか迷ったが、視聴率のことを考えればリフレイアやグレープフルーといっしょにいる時間は増やしたほうがいいだろうという打算もあった。
俺は憎まれ、嫌われている。
そんな人間が充実した様子を見せることで視聴率は下がるかもしれない――嫌いな人間が楽しげに異世界生活を充実させる姿など普通は見たくはないはず。
だが、そんな思いとは裏腹に、視聴率は朝からずっと右肩上がりを続けている。
好きの反義語は無関心だというくらいだ、嫌いという感情は時に強い動機となるものらしい。
嫌いだからこそ目が離せない。
だから、この視聴者数は俺がどれだけ嫌われているかの証明でもあるのだ。
「それと……お金もこんなに貰っちゃって良かったのにゃ?」
「いや、それフルーが倒した分だけだから。ま、金貨一枚にはほど遠いだろうけど、とっときな」
「うう……なんて優しいのにゃ……。普通にやってこれだけ貯めるには一ヶ月は必要にゃ……」
「たった小銀貨4枚でなぁ……」
今日の稼ぎは銀貨10枚にもなった。
まあ、かなりハイペースで魔物を狩りまくったからというのもあるだろうけど。
「しかし、リフレイアは強いよなぁ。憧れるよ」
「私はヒカルに憧れますよ。あんな自在に術が使えるなんて」
「術が使えても魔物倒せなきゃ位階上がんないしなぁ……」
おそらく今日一日でリフレイアはさらに強くなっただろう。
魔物を倒した数が俺の10倍以上なのだ。元々、俺より遥かに強いのに、これではどんどん差を開けられてしまう。
「じゃ、ヒカルも武器……新調しましょうよ」
「したいけど、金がないぞ」
「私の名前でツケとけば大丈夫ですよ? 銀等級は信用ありますから」
「さすがに、それは悪いだろ」
どうしてそんなにリフレイアから信頼されてるのかわからないが、人の信用で武器を買うってのはなぁ。
「うーん。売れば金になるもの……持ってるっていえば持ってるんだが」
「じゃあそれを売ればどうですか?」
「いや……やめとくよ。ま、それはそれとして武器屋は見てみたいな」
俺の持ち物で一番高く売れるのは森で見つけた「蒼月銀砂草」だろう。
あの光る花はアイテム鑑定で「高価」と出たくらいだ。もしかすると金貨一枚くらいになるのかもしれない。
だが、現時点でそこまで金に困っているわけでも、武器に困っているわけでもないのに、あれを売っていいのかという気もするのだ。
あれを適正価格で買い取ってくれる場所とのコネクションもないし。
マンティスの精霊石なら売ってもいいかもだけど、あれはあれで切り札になり得るものだし、焦って売るべきではないだろう。
「まあ、銀貨なら10枚ちょっと持ち合わせあるから、それを前金として俺が持つ程度の武器なら買えないかな」
「あっ、そんなに持ってたんですか? それなら買えますよ! 明日、行きましょう。私の武器作ってもらった店、すごく腕がいいんですよ。お値段も手頃ですし!」
「え? 吊るしの武器じゃなくて、オーダーするの?」
「当然じゃないですか。ヒカルの戦い方にぴったり合う武器なんて、店売りには存在しないと思いますよ?」
「そういうものかなぁ」
なんにせよ、あの短剣を主兵装とするのは無理が出てきたところだったのだ。折って台無しにする前に、新しい武器を注文しておくべきなのだろう。
「じゃあ、明日は鍛冶屋さんですね! 私もちょっと整備してもらおうかしら」
「フルーはどうする? 鍛冶屋のあと迷宮潜るから、お前雇うつもりだったけど」
「朝は弱いから寝てるにゃん。潜る時になったら呼んで欲しいにゃ」
なるほど猫だから睡眠時間が多いのだろう。偏見かもだけど。
とにかく、そこまで決めてその日は解散となった。
しかし鍛冶屋か。火の大精霊のテリトリーに多いらしいけど、どんな感じなんだろ?
◇◆◆◆◇
次の日。
早朝からギルドで待ち合わせをして、迷宮探索証を出してもらってから、グレープフルーの一日雇用料を先に支払った。予約しておかないと、他の探索者に雇われてしまう。
その後、リフレイアと火の大精霊の神殿の方向へ。
この街は十字の頂点それぞれに大精霊の神殿があり、中心に迷宮があるような作りをしている。
北が土、東が風、西が火、南が水。
俺が部屋を借りている辺りは水の大精霊のテリトリーで、迷宮から近い場所だから大精霊の神殿は見たこともない。
神殿の中には、本物の大精霊がいて、その無尽蔵の精霊力を使って街にエネルギーを提供してくれているらしい。
「大精霊って要するに神殿に捕まってるのか?」
「……ええ、そういう意見もあるにはあります。でも、大精霊様たちもその気になれば、神殿の拘束なんて簡単に破壊できますから、基本的には協力してくれている……ということになっているんですよ」
「なんか、歯に物が挟まったような言い方だな……」
「都市計画に大精霊様を利用……いえ、協力してもらっているのは本当のことですから……。そのおかげで、我々は迷宮から精霊石を発掘して、良い暮らしができているわけですし」
「大精霊が1カ所に集まると迷宮が出現する……か。迷宮にはデメリットないのか? 魔物が溢れ出すとか」
「ヒカル、そのことも知らなかったんですか――、あ、着きましたよ」
話しながら歩いていたら、目的の鍛冶屋に到着した。
まだ早朝といっていい時間なのに、煙突からは煙がのぼり、トンカントンカンと鎚を打つ音が聞こえてくる。
街は広いが、かといって日本の都市のように巨大なわけでもない。
建物の密度は高いし、自動車なんかないから路地はめちゃくちゃ狭い道ばっかりだけど、その分、街の範囲は狭いのだ。
「こんにちは~」
「はいよ。おお、リフレイアちゃんか。剣のメンテナンスかい?」
鍛冶屋はせいぜい10坪あるかどうかという敷地で、室内は熱が籠もりかなりの暑さだ。
店主の親父は筋肉隆々で身長が低く、その濃い髭から、いわゆる鍛冶が得意な種族を連想したが、さすがに「あなたドワーフ?」みたいな質問ができるわけがない。
「いえ、今日は彼の武器を打ってもらおうと思いまして」
「ほう、リフレイアちゃんの紹介とはな。どういうのがいいんだ?」
話を振られた俺は、考えてあった要望を伝えた。




