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俺にはこの暗がりが心地よかった  作者: 星崎崑
【第二章】 この暗がりに愛の花束を届けて

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223 土の大精霊、そして仲直りして

 俺は用意しておいた結界石を割った。

 さっき、大量のポイントが入ったから惜しみなく使えるが、夜も明けて、この状況。

 いよいよ進退窮まったかもしれない。


 土の大精霊は、水の大精霊(小)のように結界を破ることはできないようで、「なんだこれわぁ~」と唸っているだけだ。

 ただ、前に出会った火の大精霊のように、闇雲につっこんできて結界の斥力で遠ざかっていくような動きはしない。見た目も、俺が見た大精霊の中では一際デカいし、土のイメージ通り、ドッシリ構えるタイプなのかもしれない。


(結界を破るような器用さはなさそうなイメージだけど、召喚された水の大精霊でもできたんだし、こいつにもできる可能性がある)


 水の大精霊(小)と違い、こいつの精霊力は格段に濃密だ。

 さらに土という物理的に威力が高そうな属性。まともに戦うことなどできないだろう。

 さっさと逃げ出したいのは山々だが、こいつは進行方向――逃げ道をその巨体で塞ぐようにして立っている。水の大精霊のようなワープ術がないならば、あるいは逃げられる可能性もあるのかもしれないが――


 ポイントでスタミナポーションを出して飲む。

 昨日の朝から一睡もしていない。体力的にはポーションで回復するにせよ、精神的な疲れはどうにもならない。


 かといって、眠るわけにもいかなかった。

 万が一、寝ている間に結界が破られたら、その時点で終わりだ。


(幸い……というか、神官たちは俺のことが見えてないんだな)


 土の大精霊の周りには、神官たちが何人も付き、必死の説得を試みている。通常、迷宮都市の大精霊は特殊な鎖につながれ、神殿に鎮座しているものらしい(見たことはない)が、なにかあれば、こうして飛び出してきてしまう。

 神官の説得を聞いて神殿に戻ってくれれば、俺としてもそれ以上の結果はないが、それもまた望み薄であるようだ。


「見えてんのに、近づけねぇ……。変な術だなあ」


 土の大精霊は神官たちのことなど、ほぼ無視しており、俺に夢中だ。

「愛され者」は大精霊の大好物。

 情報としては知っていたが、正直、甘く見ていたのかもしれない。

 彼らが、これほどまでに執着するとは思っていなかった。


 残る手段は少ない。

 待つのもジリ貧。戦うのも勇敢を通り越して無謀。

 あとは、一か八か、魔術と精霊術を駆使してなんとか土の大精霊の勢力圏外に逃れることだが、北へ抜けるのは難しそうである。

 土の大精霊は理屈で言えば、どこまででも付いてくることが可能なはず。水の大精霊から逃れることができたのは、俺が土の大精霊の勢力圏へ脱出したからだ。

 とすると、火か風の大精霊の勢力圏へ逃れるのがもっとも無難だろうか。土の大精霊の勢力圏はそのほとんどが畑であり、障害物もない。


(だが…………距離はかなり走る必要があるな)


 街道はちょうど勢力圏のド真ん中を突っ切るように作られており、火でも風でも、同じだけの距離を走る必要がある。正直、捕まらずにその逃走劇を成し遂げられる気がしない。 

 それでも最悪、それをする以外にはない。


 俺は地べたに座って、呼吸を整えた。

 本当ならば、俺はもうとっくに死んでいたのだ。

 この世界に来て、何度も死にそうな目にあった。

 どのタイミングで命を落としたとしても不思議ではなかった。


 それでも生きているのはなぜか。数多の理由があるだろうが、結局、すべて前に進んだからだ。

 今だって、そうだ。

 生きたいのならば、前に進むしかない。

 このまま、こうしていたところで、いつかはポイントが尽きる。

 それまでに奇跡的な何かが起きて事態が好転するかどうかなんて、誰にもわからない。

 神くらいしか。


 神。そうだ、急場続きで忘れてしまっていた。


「ステータス」


俺はステータスを開き、久しぶりにその項目を開いた。


<1クリスタルを消費して、「生きるヒント」を聞きますか? YES・NO>


YESに触れると、すぐにヒントが表示される。


<『準備を整えて待て』>


 その答えに、俺は「神社で引くおみくじみたいだ」と場違いな感想を持った。

 たった1クリスタルで聞けるものだからだろうか。やたらと抽象的だ。

 とはいえ、待てだ。

 しかも、準備を整えてときた。

 戦う準備。

 逃げる準備。

 いずれにせよ、行動するための準備だ。

 ただ待つわけじゃない。ただ待っていても仕方がないと神も言っているのだ。


(なら準備するか)


 先ほど 手に入った6ポイントと、元々持っていた残りポイントの1ポイント。

 そのすべてを俺は使うことにした。


 まず、体力アップだ。

 これは元々レベル1を取得済みである。

 そして、レベル2に上げるための必要ポイントは2。

 まずこれを上げる。


<体力アップレベル2を取得しました>


「よし」


 問題なくレベル2に上がった。

 表記上は、5/7/10/15/20/となっているが、そのたびにそのポイントが必要なのではない。レベル1から2に上がるのに必要なのは2。そこから3に上がる為には3ポイント、次は5ポイント……と段階を踏んで取得するよう意図されているのだろう。


 次に俺は精霊力アップをとることにした。

 現状でも、「精霊の寵愛」の効果で、かなり精霊力は高く余裕もある。だが、それでも魔術を使えば一発でかなりの精霊力がすっ飛んでしまうからだ。


「精霊力アップレベル1は5ポイント……乗るか反るか」


 5ポイントはかなり大きいが、それだけ大きな効果が望める。

 体力アップは取っていないのと、レベル1でも取得しているのとでは雲泥の差があった。

 精霊力アップも、それだけの価値があるはずなのだ。


 ステータスボードから、それを選択し、YESを押し込む。


<精霊力アップレベル1を取得しました>


「おお……すごい……」


 自分自身の器が、大きく拡張された、そんな感覚があった。

 単純に倍になったような感覚だ。実際にはそこまでではないと思うが、これなら魔術もかなり余裕をもって使っていくことができるだろう。


 準備はした。

 あとは待つだけだが……何を待てばいいのだろう。

 リフレイアが戻ってくるはずだが、そのことだろうか。


「んん~? なんだぁ、くせぇぞぉ」


 俺は土の大精霊の動きに注視していたが、いきなりそんなことを言い出した。

 臭い?

 くんくんと周囲を嗅いでみるが、なにも変わった臭いはない。

 結界が仕事をして臭いすら遮っているのだろうか? この結界は、毒なんかも遮るのだろうから、当然そういう機能があってもおかしくないが――


「くせぇくせぇ、たまらなく臭ぇぞ。腐り落ちた野菜でももっとマシな臭いだぁ。魔王の息の臭いでももうちっとマシだぞォ」


 手で臭いを払うような仕草をしつつ、鼻を摘む土の大精霊。

 神官たちはキョトンとしているから、大精霊だけが感じているのか?

 俺は謎の臭いの出所を探して周囲を見渡したら、いた。


「あっ」

「うっ」


 視線がぶつかり、お互いに声を出した。

 いつのまにこんなに近くまで来ていたのか、ジャンヌがすぐ近くの木の陰に隠れていた。


「あっ……えっと……その……奇遇だな? クロ。こんなところで」

「あ……ああ。ジャンヌも、その……ひさしぶり。元気そうでよかった」

「うん。クロも……なんか大変そうだけど」

「そうだけど、なんとかやってる」


 なんだこの会話は。

 ジャンヌも同じことを思ったのだろう。お互いに、口を半開きにして半ば固まったまま次の言葉を探している。

 変な別れかたをしたものだから、どんな距離感で話したらいいのかわからなかった。きっとジャンヌも同じだろう。

 木の陰に隠れて、少しもじもじして、いつも超然とした彼女らしからぬ態度だ。


「ジャンヌ……。俺、お前に謝んなきゃって思って、探してたんだ。なぜか、こんな状況になっちゃってるけどさ」

「そ、そっか。私も……カッとなっちゃって……反省した。クロの気持ち、ぜんぜん考えてあげられてなかったなって」

「お、俺のほうこそごめん。ジャンヌが全体のこと、ちゃんと考えてくれてたのに、頑なになったから。許してくれるか?」

「こっちこそ悪かった。子どもみたいに癇癪起こしちゃって。……私のほうこそ、許してくれる?」

「もちろん。じゃあ、仲直りだ」

「うん。仲直り。ふふふ」

「あはは」

「臭ぇ~~~~臭くて堪らねぇよぉ~~~~!」


 ジャンヌが笑みを漏らして、俺も少し心が軽くなった気がした。

 人は一人じゃ生きられない。

 今回のことで俺はそのことを深く知ることができた。

 あとは、生き残ることができればだが、それもジャンヌとリフレイアがいれば、なんとかなるような気がしてきていた。

 ちなみに、俺たちが話している間も、土の大精霊は臭い臭いと喚き散らしている。身体がデカいからか声もデカい。


「それでクロはどうしてこんなところにいるんだ? いや、そのまえに、誰かが大精霊を手引きしたと聞いたが」

「ああ……。あいつ、金髪の第二陣転移者のフェルディナント。あいつが手引きしたんだ。ジャンヌが言うとおり、あいつは敵だったよ」

「む? どういうことだ?」


 俺はことのあらましを説明した。

 フェルディナントが水の大精霊を連れて来たこと。明確に俺に対して殺意を持っていたこと。グレープフルーが狙われたこと。今はリフレイアが保護していること。仮面の男がまだどこかにいること。今現在は、土の大精霊に狙われていること……。


「まさか、そこまでやるとはな。可能性はあるかもしれないと思ったが……」

「ああ。なんでも、セリカの彼氏らしい。そいつが言うには、妹から俺を殺すように頼まれたとか」

「セリカの? 信じるのか?」

「……正直、よくわからない。向こうの世界のこと、なにもわからないから。俺が転移してから何があったのか、どうなってしまったのかも、なにも」

「まあ、私もお前の妹のことを知っているわけじゃないから、なんとも言えないが……。普通に考えれば嘘だろうと思うが、確かにわからん面もある。まあ、どっちにしろ確かめる術はないんだ。何度も言っているように、向こうのことなんて忘れたほうがいい」

「そうだな。……今回ばかりは身にしみたよ」


 そんな会話をしている間も、やっぱり土の大精霊は臭い臭いとわめいていた。

 だが、ここから離れることもせず、神官たちも困惑気味だ。

 臭いならどっか行けばいいのに。


 神官の一人がこちらへ近付く。


「そこのハズレモノ。大精霊さまが苦しんでおられる。即刻、この街から立ち去りなさい!」


 凛とした佇まいの女神官だ。

 ハズレモノとは聞いたことがない言葉だが、その言葉は明らかにジャンヌへ向けられたものだった。

 ジャンヌがフンと鼻を鳴らす。


「言われなくても出て行くさ。なあ、クロ」

「そうだな。……って、結界使ってるから、あの神官から俺は見えていないぞ」

「そういうことは早く言え。これじゃ、私は独りで喋っている変人じゃないか」

「悪い」


 さて、ジャンヌが来てくれたことで、だいぶ脱出しやすくなったはずだが、臭い臭いと喚く土の大精霊に結界の解析ができるとも思えないし、意外とここで時間を稼ぐというのもアリな選択という気もしてきた。

 もう一度、生きるヒントを開いてみるか?


「ところで、大精霊が臭いって言ってるの、ひょっとしてジャンヌのことなのか?」

「今更それを言うのか? 言ってあっただろう? 私は「嫌われ者」だって」


 自嘲気味に笑うジャンヌ。

 確かに聞いていたけれど、こんなにも明白に大精霊が嫌がるとは思っていなかった。

 愛され者と嫌われ者。なるほど、明白に逆だということなのか。


「……もしかして、ジャンヌがいれば大精霊に攻撃されずに逃げられるのかな」

「どうだろうな。わからんが……いざとなったら、戦えばいいだろう?」


 気負いも見せずにそう言うジャンヌは、本気でそう考えているようだった。


 俺は念のために、もう一度『生きるヒント』を聞いてみることにした。

 もちろん、このヒントが絶対のものということもないだろう。あくまでヒントなのだから、この通りにしたから絶対にうまくいくという性質のものでもないはず。

 だが、今の状況は藁にもすがっておきたいところ。

 たった1クリスタルの藁なら、安いものだ。

<『迷宮へ向かえ』>

 意外な答えが出た。


「迷宮に行けだって。どう思う?」

「ふむ。悪くないと思う。あそこは大精霊が唯一手出しできない場所だ。ほとぼりが冷めるまで、1層で時間を潰してもいいだろう。あそこなら、危険もないし」

「確かに……。大精霊、諦めてくれるかな」

「水の大精霊は、私が近寄っただけで『食欲が失せた』と神殿へスゴスゴ帰っていったよ」

「マジすか」


 あれだけ執着していたのを、臭いだけで退散させるとは凄い威力だ。

 実際、土の大精霊も泣き出さんばかりだが、俺がよほど美味しそうに見えるのか、もの凄く葛藤しているのが見て取れる。


「ジャンヌ。それじゃあ俺は結界から出て迷宮に向かう。その間、時間稼ぎ頼んでもいいか?」

「無論だ。大精霊がマトモに私と戦ってくれるとも思えんがな」

「それならそのほうがいいよ、俺は」


 俺は結界石の予備を確認して、外に出た。

 大精霊がすぐに反応を見せる。


「やぁあっと出て来たな。う、うおおおお、うまそう! うまそう……なのに、やっぱり臭ぇよお! 上等なごちそうにクソぶっかけたみてぇな悲しみだぁ!」

「本当に失礼なやつだ。大精霊ってのは」

「……そうだな」


 じりじりと近付いてくる大精霊。

 しかし、本当によほど臭いのか、その動きは大精霊とは思えないほど緩慢だ。

 これなら、本当に逃げられるかもしれない。


「クロ。私もレーヤを掴まえたら、合流する。行け!」

「すまない。頼む!」


 確かに迷宮に入ってしまえば、大精霊は追ってこれない。

 ジャンヌが言うように、そのうち諦めて大精霊も神殿に戻るはずだ。


「さぁて、あいつを追いたかったら、私を倒してから行くんだな、大精霊。もっとも、私には精霊術が効かないようだけどな!」


 剣と盾を構えて土の大精霊と対峙するジャンヌ。

 俺は、そんな彼女を後目に駆けた。

 体力アップレベル2の効果は大きく、今までとは比べものにならないスピードだ。

 これなら数分もかからず迷宮へ辿り着く。

 

「あっ、あっ、あっ、ごちそうが逃げる! 逃げるどぉ! う、うおォン」


 遠く、野太い大精霊の声だけが聞こえていた。

 俺は全力で走り、門番へ金色のタグだけを見せて、迷宮へと飛び込んだ。


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[気になる点] >セリカの彼氏 口では正直分からんと言いつつもそれ前提で受け止めてる。 ちっとも本人の事信じてあげてないのが哀しいな...。 妹達も頑張ってるのに。
[良い点] 一気読みした感じ展開速度に全く違和感を覚えてないので、感想で所々見かけますがあまり気にしなくて良い気はします。(気にされてないかもしれませんが) もちろん最新話を待ってる側からしたらもっと…
[一言] 主人公が「水に追われた時から迷宮に逃げれば良かった」と呟いてれば、違和感ないかも
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