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微光

 2度目の握手を交わした勝田と高野が中心となり、腰を落ち着けた面々は寄り合いのような形で作戦会議を行っていた。青年は少し離れた壁際に立ち、腕を組んでそれを見守っている。発電所周辺の地形や歩哨の位置、相手の位置など紙地図を指でなぞりながら細かな情報の共有から具体的な作戦について話題が変わった。

輪から離れていた青年が背後から近づき声を発する。

「……悪いが、発電所奪取には参加できない」

勝田が地図から視線を上げ、不満げな顔で答えた。

「ここまできたら最後までつきあってくれないのか」


「あくまで俺はここに取引に来ただけだ。昨日の掃討に参加したのは帰り道の安全のため。これ以上深入りする義理はない」


青年は追及するような周囲からの視線から逃れるように顔背ける。勝田以外はおしだまったままだ。青年は責めるような雰囲気から逃れるため言い訳のように言葉を続けた。

「すでに予定外の足止めで大赤字なんだ。それに、あんたらが組んで戦力は増強された。俺はいらんだろ。このままなら、十分発電所を手に入れられるさ」


しばしの沈黙。勝田は説得するための言葉を探すように口を開きかけるが、すぐに唇を結んだ。高野が胸ポケットから取り出したタバコに火をつけながら沈黙を破った。


「それも道理だな。お前さんも商売でやってんだ。話を聞く限りもう十分世話になったみたいだしな。」


青年はそれに応えず、視線をテーブルの上に落としたまま、小さく頷いた。勝田も残念そうに眉を下げたままだが納得する。


「そうか。残念だが仕方ない。十分世話になった、ありがとうよ」


重苦しい雰囲気がメンバーを包むが、作戦会議を再開すると次第に語気に力が戻っていく。青年も地図に視線を送り、問われれば意見を述べる。元高野グループのうちの1人が口を突く。


「奇襲するにはこちらの人数が多くて目立つ。むしろ、堂々と陽動をかけるのがいい」

「幸い、うちにはまだ動ける連中が数人残ってる。こっちで注意を引く。そっちが裏から回って制圧する、ってのはどうだ?」


 数人が頷く。勝田に視線を向けられた青年は深く呼吸をし、言葉を探すように口を開いた。


「いい案だと思う。連中は、まだ抗争は終わったばかりで損耗してるだろう。電源設備を動かせる技術者も、専門家じゃないって話だったが、発電所を取ったっていう安心感で緩んでるはずだ」

「よし。その案を軸に考えていこう。設備は出来るだけ無傷で抑えたい。建物の中には偵察の時点では3人だったよな」


勝田が頷き、さらに意見を求める。メンバー全員の体制は前のめりになり、活発に発言が飛び交い作戦の細部が決まっていく。様々な想定が繰り返されていった。



「以上を、基本の作戦として明日は動く。だが想定外のこともあるかもしれん。その時は臨機応変に対応してくれ」


傍らの焚き火が小さくなったころ。勝田が作戦会議を締めた。メンバーは意気込みながら解散していく。

青年も自身のトレーラーに戻ろうとその場に背を向ける。居住スペースの横に差し掛かった時、夜風に乗ってかすかな歌声が混じった。


「ハッピーバースデー トゥーユー……」


青年は耳を傾ける。戦いの話に盛り上がっていた男たちの後ろ。ささやかな祝いの輪があった。笑い声。お菓子の包み紙がかすれた音。見に行くことはしない。だが、あのチョコレートを渡した少女が、その中にいるような気がした。




夜明け前、荷物と武装を整えたメンバーたちが車両3台に分乗していった。青年も出発のタイミングを合わせた。薄明るい空の下、トラックの運転席に乗り込み、エンジンを始動する。準備の完了を待っていると、勝田が窓を叩く。


「悪いな、また世話になる」

「健闘を祈る」


青年は軽く口角を上げた。勝田が先頭の車両に乗り込み開門する。最後尾についた青年のトラックは、まだ寝静まる町を抜け、瓦礫が点在する道をゆっくりと進んでいく。直進する3台に向け短くクラクションを鳴らし、青年は裏道へ入るように道を曲がった。




その夜。青年は、人気のない河川敷、荒れ果てた野球グラウンドの一角で焚き火を灯していた。枝を折り、小さな火にくべる。鍋の底には僅かな湯。缶詰の残りを溶かして温めていると、風の中でかすかな音が届いた。


「……ザザ……聞こえるか……こちら高野」


青年はは立ち上がり、トラックの助手席側のまどから手を伸ばした。小さな受信機のスイッチに指を載せる。数秒の沈黙のあと、高野の声が割れながら流れてくる。


「作戦は完了した。制圧に成功。死者、重傷者なし。驚くほどあっさり成功したよ。あと……発電所の制御室には、思ったより多くの機器が残ってた。可能性はある。お前にも、報告しときたくてな」


青年は焚き火に木の枝を足し、音もなく炎を見つめた。


「了解」

「勝田からの伝言だ。また注文するってよ」


返事はしなかった。青年はしばらくして受信機の電源を切ると、空を見上げる。

雲が切れ、夜空に星が見えた。人々が電気を取り戻そうとしている。自分の手が直接加わらなくても、灯りは戻りつつある。

青年は鍋を火から下ろし、黙々と口にした。ぬるくても、今夜の飯は悪くない。

背中に吹く風が、帰路の安全を願ってくれているようだった。

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