帰路
酷似したタイトルの他作品があったため仮タイトルに変更しました。旧タイトルは『商人Z』です。
運動公園の周囲に張り巡らされたバリケードの門が閉じられると、青年は車をゆっくりと発進させる。
時刻は13時を少し回ったところ。
「今から向かっても、今朝のゴルフ場に着く頃には陽が落ちそうだし、どうしたもんか…」
一旦、今朝出発したゴルフ場の方角へ車を走らせるが、野営地が決まらない。
「飯でも食いながら、地図で適当な場所探すか」
往路の途中に見かけた、田舎特有のだだっ広い駐車場が併設されたスーパーマーケットの敷地内、建物から離れた入り口近くに停車する。
地図を広げながら、後部座席に無造作に置かれた段ボールの中を弄って取り出した保存用の硬焼きビスケットを齧る。
「どこ行くか…。そういえば、勝田さんが小競り合いがどうのって。軽く情報探るか?」
青年がビスケットを咀嚼しながら吐いた独り言が小さくかけられた音楽にかき消される。
「でも巻き込まれたくねえなぁ。でもなぁ、運動公園の勝田さんとこのグループとは今後も取引は継続するだろうし、長期のこと考えたら情報は欲しい…」
一袋5枚入りのビスケットの最後の一枚を飲み込み、口に残ったビスケットのほのかな甘みをマルチビタミンのサプリメントと一緒に水で流し込む。
「とりあえず近くまで行って考えるか」
キーを回してエンジンを発進させた。
話にあった発電所は地方都市特有の有り余った土地に海外資本が金に物を言わせて建設したメガソーラーを敷き詰めた太陽光発電所だ。
青年はそこから500メートルほど離れた雑居ビルの屋上から双眼鏡を覗き込んだ。
周囲を金網で囲われた発電所は北側の一角に設備や事務所を兼ねた建物も併設されている。
その建物の壁面には何度も上書きを繰り返されたであろうグラフティがペイントされていた。
「なんか思ったよりバチバチやってそうだな」
青年が発電所の略図や周囲の情報をメモに書き留めている間に併設された建物に4人組の男が近寄っていることに気づいた。
死人が襲ってくるご時世、当然角材や拳銃で武装しているが、スプレー塗料缶も手にしている。
「なんだ?またマーキングの上塗りか?」
青年がつぶやいた次の瞬間、青年からも4人組からも死角になっていた建物の影から男たちが出てきた。人数は10人以上。どうやら銃器は持って無さそうだ。
「ーーー!ーー!」
「ーーーーー!」
後から来た団体が4人組に何か怒鳴り声をあげ、驚いた4人組も口々に威嚇している。
団体が4人組を取り囲みジリジリと包囲を狭めていく。
パン!
発砲音が響いた。青年も思わず頭を下げる。
「ハジキやがった!」
青年が慌てて双眼鏡を構え直し、争いを観察する。撃たれたであろう団体の1人は倒れて悶えている。
1人が駆け寄り救助を試み、他の団体は4人組に向かって武器を振り上げた。
パン!パン!
また発砲音が鳴り、もう1人が倒れると残った全員で4人を袋叩きにし始めた。
10人近くで取り囲んでの暴行に4人はなす術もないかのように思われた。
パン!
三度、発砲音が響き、暴行が一時止まった隙を見て、1人が逃げ出す。2人が追いかける。すぐに、建物の影に入り、青年の視界からは消えた。
「ーーーーー!」
怒鳴り声と共に再度暴行が加速し、残された3人は動かなくなった。
暴行が止むと、団体は銃弾を受けた2人の手当てを必死に行なっている。
「やばいな、あいつら早く逃げたほうがいい」
青年の懸念通り、発砲音や怒鳴り声に反応した動く死者たちがどこからとも無く近寄ってくる。
「気づいてないのか?早く逃げろ」
青年は焦りを滲ませながら、固唾を飲んで双眼鏡を覗く。団体たちは手当に必死で周囲への警戒を怠り、死者たちが迫っていた。
「ギャーーーー!」
団体の1人が背後から襲われ、転倒。悲鳴をあげた。弾かれるように悲鳴の先を見た男たちは死者たちに武器を叩き込んだ。
2人ほど死者の頭を潰したところで戦線が崩壊。手当していた2人と最初に襲われた1人を置き去りに走り出していった。
「新しい死体も6人分あるしあいつらは逃げ切るだろ。問題は逃げた4人組の1人だ」
逃げた1人が捕まって殺されていれば、拠点の外で死者たちに食い殺されたとも考えられるが、逃げ切り、傷だらけの顔で拠点に戻れば、2グループ間で戦争になる。今回関わっていないグループも漁夫の利を狙って攻め込むだろう。
青年は偵察を終え、素早く非常階段を降り、愛車のトラックに乗り込んだ。
「まずいなぁ、さっさとトンズラするか?いや、でも情報をもらって偵察に来たらこんなことになって、知らんぷりは後味が…それに知らせなかったとしたら、今後の取引に影響が…」
ブツブツと答えの出ない自問自答を繰り返す。その内容は先ほど取引を終えたばかりの勝田たち穏健派への情報提供だ。
「とりあえず無線で…」
青年は車内に取り付けられた無線機の電源をつけ、危険を呼びかけようと通信を試みる。
しかし、相手方の無線機の電源が入っていないのか、応答はなかった。
「どうする…どうする…」
繋がらない無線機のマイクを持ちながらまた青年は自問自答を繰り返した。