取引
朝靄の中、青年はキャンピングトレーラーの窓ガラスの曇りを左手でぬぐい周辺を確かめた。
彼が道中の宿泊地として選んだのは福島県に入って程なくして見つけたゴルフ場だった。瓦礫になるような物が元からあまりなく、道路のように車が乗り捨てられているようなこともないゴルフ場は、敷地内であれば周囲を見渡しやすいが敷地の外からは防風林等で程よく目隠しされているという点が現在の世紀末なご時世において宿泊に向いていると言えなくもない。
「特に人影はなし…っと。飯食うか」
ゆっくりと注意深く周囲の警戒を終えた青年はキャンピングトレーラーの外に出る。軽く車両の点検を済ませるとすぐに車内に戻り、サンルーフを開けた。車内に据え付けられている戸棚を漁りアウトドア用のガスボンベと調理用のバーナーをカチャリと組み立てる。バーナーを操作しシューという音が聞こえガスが出ていることを確認するとポケットから取り出したライターで着火し、その上に鍋を置いた。その鍋にサバの水煮の缶詰を無造作に入れ、腰に下げたステンレス製の水筒から缶詰同様ドボドボと無造作に注ぎ入れる。
火にかけた鍋の中身が温まったことを確認すると、彼は火傷しないよう温度を確かめるようにゆっくりと出来上がったスープとギリギリ呼べるような汁を啜った。
「…やっぱり、スープにすると満足感が違うな。外で食事が制限される時はいいかもしれん」
手早く食事を終えると鍋を軽くすすぎ、元にあった場所に几帳面に仕舞い込む。
「昼前には向こうにつきたいから、手早く準備するか」
そう呟くと彼は起きてすぐ腰のホルスターに入れた拳銃とテーブルに立てかけてある小銃をカチャカチャと鳴らしながら動作確認を行った。弾倉に弾は入っているかを確認するとスライドを引き正しく薬莢が排出されるか入念に確認した。昨夜、床につく前に分解し手入れをしたため部品の欠損はないか正しく動作するか確認する。この作業は日課として彼のルーティーンに組み込まれている。
武器の点検が終わると拳銃をホルスターに差し込み、小銃の銃底につけられたストラップを肩にかけ、キャンピングトレーラーから降り、素早くピックアップトラックに乗り込んだ。
「こちら商人Z、昼前には到着する予定だ」
青年が注文先に無線を飛ばす。少し間があってからわずかなノイズの後に応答がある。
「了解。気をつけて来てくれ。ひどくなっちゃいないが奴らの小競り合いはまだ続いてるからな」
「了解。何か動きが活発になるようなら伝えてくれると助かる。通信終了」
通信を終えるとキーを回しエンジンの音が聞こえ始めると青年はアクセルを踏み込み、目的地である郡山の運動公園に向けて走り出した。
「小競り合いってこれのことか…。あいつの言ってた通り、ほんとに大したことないな、今時落書きで悪口って、若い連中のグループなのか?」
目的地が近づくにつれ民家の塀や車の側面に個人名と中傷するような内容の悪口が殴り書きされている。
「こんなしょうもないことするためにわざわざ危険を冒して街に出て来るとか意味わからんな」
落書きがされているエリアを抜けて運動公園の周に単管パイプと波板で作られた壁が見えてきた。壁沿いにトラックを走らせるとすぐに入り口の前までたどり着く。時間は12時半を回ろうとしていた
「到着した。時間が押してしまってすまない」
「こちらも確認した。今回は4日後が納期だ。問題ない。今扉を開けさせる」
扉が左右にスライドするように開くと青年はトラックを徐行させて公園の敷地内に入っていった。
運動公園の敷地内には運動会で使うようなテントがあちこちにあり、トイレや診療所の役割を果たしているようだ。居住スペースには体育館が用いられている。
中に入ると迷彩服を着た体格のいい男がこちらに向かって手を挙げている。青年はその男が指示した場所に停車すると窓を開け挨拶を交わした。
「勝田さん。お変わりないようで」
「いやこの前、1人物資調達中に死んだ。そういう意味ではあまり皆明るくない」
「そうでしたか。お気の毒です。とりあえず、注文の燃料下ろしちゃいますね」
「ドライだな…。まあお前らしいが」
その独り言か青年に話しかけたのか曖昧な男の言葉を聞き流しながら燃料の入った携行缶をおろしていく。
その作業を見て今回の取引の品を持って来させるように指示を飛ばすとすぐに勝田よりも若い男がケースを2つ重そうに持ってくる。約束の数と違うことに気がつくとそのことを察した若い男が
「もうひとケースもすぐに持ってきますんで」
と言いながら足元に弾薬の詰まったケースを置くとすぐにもう1ケースを取りに戻った。流石に重い弾薬を3ケース一度に運ぶことはできなかったようだ。
青年が安心していると勝田が青年に話しかけてきた。
「時間通りに来なかったのはなんかトラブルがあったのか?」
「いや、大したことはない。前回通ってきた道が使えなかったんでな、少し迷ってしまった。」
「ああ、奴らの嫌がらせか。全くお互い同士で嫌がらせすればいいのに、うちらにも迷惑なんで参るよ」
「まあ、どっちかが発電所回してくれればこの辺にも電気通るんじゃないか?そいつらはどっちが管理するかで優位性を示したいんだろ。勝田さん、あんたはうまくやんな」
「ああ。そうだな。電気がくればだいぶ生活に余裕ができるが、支配とかはごめんだ。こちらは女子供も抱えてるからな」
会話を重ねていると先程の若い男が弾薬を運び終えたようだ。
「それじゃ、今回の取引は成立ってことで、また何かあれば連絡をくれ」
「なんだ?もう行っちまうのか。今出ても夜になっちまうだろ、一泊ぐらいしていけばいいのに」
「長居はするつもりないんでな。それじゃ」
そう言って2日かけて到着した目的地に30分程度という非常に短い滞在時間で青年は自身の拠点に向けてピッキングトラックを走らせた。