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違和

 早朝。青年はいつもの時間に目を覚ました。陽はまだ山の影に隠れているが降り積もった雪に反射してぼんやりと窓から光が差し込む。耳を澄ますと規則的な乾いた薪を割る音が聞こえる。


ストーブの火は消えていたが、部屋の中に冷気はなかった。壁の土が厚いせいか、それとも雪が断熱材のように働いているのか。青年は布団を押しのけ、上体を起こす。部屋の隅に布団を積み上げ、軽く身なりを整えた。


階下に降りると、昨夜の中年男性がすでに囲炉裏の前に座っていた。


「よく眠れたかい?」


男は味噌汁を啜りながらにこやかに声をかける。傍らには湯気の立った茶碗と、素朴な朝食が置かれていた。よく漬かった大根の漬物と味噌汁、小さな魚の干物。きちんと調理された料理呼べるものに青年は驚き、口を半開きにする。


「よければ、食っていきな。嫁が張り切っちまってな」

「いや、俺は…」


断りを入れようとする青年の言葉を遮るように、男は椀に米と味噌汁を注ぎ始める。青年は一瞬眉を動かすが、礼を言って席につく。男が食事する様子を観察しつつ、平静を装いながら味噌汁に口をつける。塩味の濃さに舌が驚く。


(どの料理も保存食と呼べなくもないが、手の込んだ内容だ。調味料にも余裕があるように感じられる。


「アンタ……」

「小島だ…小島恵輔」


男が口に入った食べ物を飲みながら名乗った。


「小島さん、アンタがここのリーダーなのか」

「…いや、元々自治会の青年部長だっただけで、リーダーなんて名乗ってないさ。せいぜいがまとめ役ってところかね」

「そうか。それにしても、こんな場所なのに、余裕があるんだな」

「元々自給自足に近い限界集落だからな。それに山の中でも工夫すればなんとかなるものだよ。今は冬で雪の下だが、畑もある。沢で魚もとれるし、あとは……備蓄かな」


小島の言葉に含みはないが、どこか答え方が定型文のようにも思えた。そこで話は止まり、青年も深く突っ込まずに箸を進める。青年があと数口で完食というところ。すでに食事を終え、湯気の立った湯呑みを啜る小島が再度口を開いた。


「ひとつだけ頼んでいいか?」


 小島は少し声を低くした。青年は視線を向ける。


「昨日肩に掛けてたゴツい鉄砲。あと腰のモノもか。他の人が怖がるから、預かっておいてもいいかな」


唐突に指摘され、青年は動揺する。だが、小島の表情に敵意はない。むしろ、心配しているふうでもある。青年は一拍置き、頷いた。


「わかった。ただし、俺が帰るときには返してもらう」

「もちろん。鍵の閉まる隣の納屋に入れておくよ」


青年は一先ず、腰のホルスターを外した。拳銃は清掃が行き届き、丁寧に扱われている。小島はそれを慎重に受け取った。

 



 その後、部屋に持ち込んでいた小銃も小島と共に納屋にしまうと、青年は集落を案内された。十数軒の家はどこも似たような造りで、どの家からもかすかな生活の音が漏れていた。子どもは見かけなかった。


「冬は特に協力しないとね。誰かが倒れれば、全員に影響が出るから」


途中から小島と案内を代わった若い女がそう言う。背筋がまっすぐで、よく通る声だった。村人同士の距離感がやけに近く、目配せや合図のようなものが頻繁に交わされていた。青年はあえて質問をしなかった。余計なことを聞けば、波風が立つ。青年は情報を集めに徹した。

 

午後、青年はトラックを確認しに外へ出た。吹雪は弱まっていたが、まだ視界は悪い。荷台の鍵は無事。ドラム缶にも異常はない。戻ろうとしたとき、少し離れた林の裏で、誰かがこちらを見ている気配を感じて振り返る。しかし。そこには誰もいなかった。雪に足跡もない。


(気のせいか)


青年はそのまま戻った。だが、その晩、小島の家を訪ねてきた村人の誰かがさりげなく言った。


「あんちゃん、今日はトラックのとこ行ってたね」


口調に詮索の意図はなかったが、青年の内心は静かにざわついていた。


(見ていたのか? あるいは、偶然か?)

 


 その夜も布団は用意されていた。食事も同じように温かく、快く接してくれる。だが、青年はどこか“予定調和”のような雰囲気を感じていた。


(全員が、なにかを共有している――それが、言葉では説明できないが確かに存在している)


部屋に戻ると、扉の下に、わずかに紙が差し込まれていた。青年が拾うと、そこには短い文字があった。


『雪が止んでも、まだ帰らないほうがいい』

 

青年は眉を顰め、その一文をじっと見つめた。


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