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吹雪

閑話いかがでしたでしょうか。

本話より、新章を始めます。

 風が唸っていた。

 視界のすべてが白に覆われ、遠くも近くも曖昧になる。


暖かいはずの車内だが、青年のハンドルを握る手は乾いていた。青年が運転席から前方を見つめる。フロントガラスを叩くように雪が舞い、ワイパーを最速にしても追いつかない。


青年が出発前に地図に書き込んだルートは、半日前から姿を消していた。吹雪が道を覆い、通るべき峠道は白い壁で寸断されていた。予定していた配達先へは、どの道を使ってももうたどり着けそうにない。


(トラックの燃料はまだ残ってるが、既に遭難レベルだな)


少し考え、青年はハンドルを切った。かろうじてタイヤの跡が残る、地図にない小道。誰かが通ったばかりのような、薄くついた轍だけが頼りだった。しばらく下ると、谷間に入った。山で風が遮られ、青年の視界が多少確かなものになった。木々の隙間から、雪に埋もれかけた集落が姿を現す。十数軒の年季の入った家屋。寄り添うように建ち並び、煙突からの細い煙が雪山の白と同化している。


この吹雪の中にしては、不思議なほど整った景色。だが、異様というほどではない。むしろ、青年の目には“生きている人間の気配”があることのほうが、珍しく、ありがたかった。集落へ続く道の手前。青年がトラックを止めると、トラックの後ろから近づく人影をミラーが捉える。


「おい、大丈夫か」


雪靴の音が柔らかく雪を踏みしめる。柔和な顔立ちの中年男性。年季の入ったコートで着膨れしている。青年は窓を少し下ろし声を返す。


「道に迷った。迂回路を探していたんだが……」

「この先はもう無理だ。峠の道は、今朝から通れなくなってる」


男は青年が珍しいのか、仕切りに視線を動かすが、あくまで穏やかな口調で、丁寧に話す。


「まあ、今日はここで休むといい。このまま無理して進んでも、凍えるだけだよ」


言葉の端に、どこか牧歌的な響きがあった。青年は警戒を緩め、うなずく。


「助かる。車をここに停めてもいいか?」

「構わんよ。うちに来なさい。あんたの顔も冷たそうだ」



案内された家は、古いがしっかりとした造りだった。軒先には薪が積まれ、扉の隙間には藁が詰められている。どこもかしこも手入れが行き届いていた。囲炉裏には火が入っており、部屋には穏やかな暖かさが満ちていた。台所から現れた中年の女が、青年に湯を差し出す。


「どうぞ。冷えたでしょう」

「ありがとう」


湯のみを受け取ると、器の底が少し厚いことに気づく。土の重みのある、素朴な作りだった。


「今夜は泊まっていけばいい。空いてる部屋がある」


男が言う。青年は一瞬ためらったが、吹雪の勢いは衰えそうもない。無理をする意味はないと青年もさとる。


「じゃあ、ありがたく」

「ところで、名前は?」

「名乗るほどのもんじゃない。各地に荷物を届けて回ってるだけだ」

「そうか。じゃあ、運び屋さんってことで」


男が笑う。その笑顔に、違和感はなかった。むしろ、久しく見なかった“普通の人間”の温かさのように感じられた。



夜になり、青年は二階の一室に案内された。布団が一組敷かれており、部屋の片隅には小さなストーブがある。窓には木枠が打ち込まれ、外の風がほとんど入ってこない。


「何かあったら声をかけてくれ」


 男はそう言って扉を閉めた。

 青年はしばらく、寝巻きにも着替えずに座っていた。トレーラーには燃料が入ったドラム缶があり、出入り口は施錠してある。盗まれたとしても、小口の取引。そこまで手痛い損害ではない。さらに武器は青年の手元だ。


周囲は静かだった。外は吹雪が続いているはずだが、室内にはそれを感じさせる音がなかった。


(不気味、ではないな。ただ、どこか音の形が分かりにくい)


居間の囲炉裏のはぜる音も、壁の向こうで誰かが話す声も、耳に届くときには妙に柔らかくなっていた。青年は思考を続ける。


(この村は、明日になれば通り過ぎる場所だ。深く関わる必要もない。ただ……)


青年はこの部屋の扉に視線を向ける。


(施錠は出来なさそうだ)


古い家屋だ。扉はシンプルな作りで、内側から掛けられる錠がなかった。だが彼の脳裏に、その事実だけが、雪の静けさよりも重く残った。


(雪さえ止めば、明日には出よう)

 目を閉じながら、そう繰り返す。

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