注文
静かな家に通信機器特有のノイズが混じった男の声が響いて来た。
「注文したい物がある。応答願う。繰り返す 応答願う」
2週間ぶりに注文が入りそうだ。しかし自己紹介もしないのは頂けないと思いながら無線機を手に取る。
「こちら商人Z、所在地は安全の都合上明かさない。取り引きを希望ならばそちらの所在と名前を聞きたい。どうぞ」
「いや、済まない。こちらは福島県郡山、今対応するのは勝田だ。前回の取引では抗生剤と弾丸を取引させてもらった。おかげでうちの連中も回復した。礼を言う。」
通信相手は一言謝った後、前回の取引が有意義であったことをのべた。この相手は1ヶ月ほど前にこちらは抗生剤13人分、相手は5.56ミリ弾860発と交換した者のようだ。
「礼はいい。公正な取引だった。それで?今回は何が必要なんだ?どうぞ。」
「今回は燃料をできるだけ多く欲しい。特にガソリンだ。こちらは弾薬3ケース分だ。どのくらい譲ってもらえるだろうか?」
また5.56かまあ悪くは無いだろう。弾丸は需要も高い上に俺も多少とは言えないほどに消費する。あるに越したことはない。さて、レートだがどうしたものか、1ケース200発入りのNATO弾なら多少変動するものの通常なら10発で6〜7L。つまり今回は85L程度となるはずだが、どうしたものか。
「それならば80Lでどうだろうか。ミニバン程度なら2台満タンになる量だ。どうぞ」
「おいおい、それじゃ割りに合わねえ、せめて90Lじゃねえのか?」
やはり思った通り、通常レートよりも多く要求してきやがった。こちらとしては燃料は文字通り売るほどあるのでサービスしてやってもいいのだが、1度引き下がると次回以降の取引や、こいつ以外の相手と取引する時に不利になる。どうしたものか。
「そんなレートでは取引はできない。せめて85Lと言いたいところだが、そんな半端な容器がこちらに用意がない。もう少しそちらの出すものを増やすか、80Lにするかだ。それ以外では取引にならない。どうぞ」
嘘である。俺は今回みたいなでかい取引以外にも細かく捌いたりもするため、容量が少量の容器も実はあるのだが、取引で全て本当のことを晒すバカはいないだろう。
「そうは言われてもな、今回の取引でだせるもんは会議で決まっちまった量しかこっちからは出せん。なんとか90Lにならんか?」
「ふざけたこと抜かすな、こっちも慈善でやってるわけじゃねえ、あんたの多少自由になるもんでも提示してみたらどうなんだ。どうぞ。」
「そんなこと言われたってウチは規則厳守でやってんだ、トップの俺がそんなことやったら面目がつかねえ。なあ、どうか頼む。次回の取引は色つけるからよ」
「次回なんて当てにならん。あんたも俺もいつ死んでもおかしくないんだぜ?それは無理な相談だ。どうぞ。」
「俺はここの27人の安全を守んなきゃいけねえ。最近発電所を巡ってどっかのバカどもが小競り合いしてやがるし、万が一のため逃亡用の燃料が必要なんだ。頼む。」
「バカどもの小競り合いだと?何人くらいが争ってんだ?どうぞ。」
「さあ、細けえ人数までは把握してねえが、3グループが争ってるって感じだ。まあ、争ってるって言ってもせいぜい嫌がらせ程度だ。かち合ったら殴り合いする程度だが、いつエスカレートしてもおかしくねえ。そんなことよりもどうしてもまからねえか?」
こいつはこの情報に価値なんか無いと思ってる様だが、大間違いだ。争い事の情報なんて物資の場所の情報の次に価値がある。もし平和的に解決するのなら問題ないが、万が一ということがある。仕方ない。このまますっとぼけても良いが、俺は善良な商人だ。まけてやることにした。
「わかった。90L持っていってやる。容器用意しとけよ。ああそれと、まけてやったんじゃない今の情報には価値がある。俺が良いやつで良かったな。勝田さんあんた集団のトップなら情報の価値正しく見極めた方がいいぞ。どうぞ。」
「本当か?助かる。たまたまトップになっちまっただけで向いてねえんだ。でもありがとうよ、次から気をつける。今回は前回と違ってそこまで急いでねえから1週間以内ならいつでも任せるぜ。着いたら連絡してくれよ。じゃあ待ってるぜ。」
さて、交渉もまとまった。今回は1週間も納期に余裕があんのか、ゆっくり向かうとするか。しかし、
「ったく、通信終了くらい言えよな。」
まあ、とりあえず。久しぶりの配達だ。距離も近いし、リハビリがてらのんびり行きたいね。