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醜女

大島美奈(おおしまみな)は大変な醜女(しこめ)であった。そのことを本人も自覚しているらしく、エラの張った頬骨と巨大な顔面を補正しようとショートカットの髪の毛は、内側に流れて、輪郭をぼかしていた。


ただこの醜女の容姿は、顔がでかいだけに飽き足らず、パーツのどれもこれもが一葉の美も持たないカオスであった。一重瞼の薄気味悪い瞳は、きつく塗られたアイラインと、重ねられたマスカラを持ってしても補修されることなく醜悪で、鼻梁は低く形も不可解で、口角は垂れ下がり、口唇の色彩は淀み、ちらりと覗く歯牙は黄土色に薄汚れ乱杭(らんくい)としていた。


ただ不思議なことに肌きだけは雪肌であり、美しくきめ細やかで一等と透き通っていた。しかし、このアンバランスは当然にして調和とはならず、返って不気味を盛り立てる様で、明るい部屋などでこの醜女を見ると一瞬ギョッとするのであった。


例えるならきめ細やかで美しく白い肌は綺麗なデカイ弁当箱で、その中に腐乱した食材というパーツが隙間たっぷりに散らかっている様である。こうなってはいくら上等な弁当箱であっても、そこに目がいかないのだ。腐乱した残飯は汚いゴミ箱に詰められても、綺麗な弁当箱に並べられても残飯でしかないのだから。



顔面と言う生きてく上で最も大切なファクターに救いがないとは、とても過酷な境涯(きょうがい)である。実際に美奈はこの十戒を背負いきれずに、内面も腐乱しているようで、年月の歪みで瓦解(がかい)したメンタルは、卑屈さと(いや)らしさをふんだんに育んでいるのだった。


しかしながら、この醜女にも多少の神の加護があったのであろうか、醜女は先天的に性質が気長にできていた。さらに感覚が少し鈍くもあった。この性格的な救いにより彼女は幾ばくか朗らかであり、他人を(いたず)らに呪詛(じゅそ)することもなく、その自分に降りかかる最悪の全てを最終的には、受け取らざる得ぬ自らの義務と解釈しているようであった。


ただ一人でそれを受け止め涙しても、それは理不尽でもなく、彼女のカルマであると理解していたのだ。一寸の虫にも五分の魂であり、完全なブスであっても、この醜女は人間として生きていく、一応の矜持と気概は持っていたのだ。






そんな醜女と宗介は東京郊外のとある風俗店で出会ったのだった。話は6ヶ月ほど前に遡る。



当時の宗介は全てにおいて、この世界は自分の力で動かせると多いな勘違いをしていた。と、言うのも彼は昼間の会社勤めの他に夜の街でも小遣い稼ぎの仕事を見つけていて、その両方で、そこそこ金銭を手元にしていたからだった。彼は一時的に金を稼いだ若者にありがちな、世の中ちょろいと言う勘違いをハッキリとしていたのだ。


その夜の小遣い稼ぎとは、いわゆる風俗店への売春婦の斡旋という、甚だマトモな人間が踏み込むような世界ではなかった。ましてや宗介の様な一般サラリーマンは一線を引いている世界である。しかし、元来から水商売家系の家柄で育ち、酒と女と奇貨に目のない彼は、恐れることを知らずにその世界へと飛び込んでいたのだった。


とは言っても、彼は自称クレバーなハイスペックサラリーマン。踏み込んでいれど、それはまだまだ片足程度といった形であって、いわゆる半端な状態であった。やはり、かようなヤクザじみた仕事を本格的にやっていく気などは甚だなくて、飽くまでもが小遣い稼ぎとしての黄白(こうはく)の獲得がその目的であった。


彼には窓口となる男がいた。その男とは、深夜のサパークラブ出会った飲み仲間で、俗名をジローと名乗る30半ばのスキンヘッドのチンピラであった。ジローはその世界でありがちな風態(ふうてい)をしていたが、根は青森育ちの素朴な人間だった。しかし、東京の繁華街の斡旋業など、正にルール無用の食うか食われるかの世界であり、彼もまた都会仕様の外面と、人を人とも思わない冷たいメンタルはキチンと備えてはいたのだった。


宗介は、歌舞伎町に出入りしているうちに知らずにジローと仲良くなっていた。ジローは風態も振る舞いも大変に粗暴であったが、なぜか宗介のことは気に入っている様で、悪癖を露呈して泥酔の後に暴れるさいも、なぜか宗介には手を出さず、まるで故郷においてきた同腹の弟かの様に優しく接するのであった。


宗介も宗介で、この四捨五入すれば間違いなくヤクザの部類に入るであろう悪人を何だかんだで慕っており、二人は度々飲みの席を共にしては、朝を迎えて肩など組みながら大いに笑うのであった。


この2人が、飲み仲間から更に一歩踏み込んだ、いわゆる悪友になるにはきっかけがあった。


宗介は当時から風俗関係の友人が多く、ある時などはトルコ嬢の家に転がり込んで昼夜を共にしていたのだが、その女から相談を持ちかけられたのがことの発端(ほったん)であった。


話が四散せぬように大まかにまとめると、このトルコ嬢のカナという女は、どうも今しがた勤めているソープ店の待遇や、居心地が気に入らないようで、何でも移転を試みたいと思っているらしい。また今のソープ店を斡旋してくれたスカウトも甚だいい加減な男で全く話にならないということだったのだ。


カナはこの界隈(かいわい)の女にありがちな、いわゆる猜疑心(さいぎしん)が強く、同胞の友達とは一線を引いてる節があるために、かような相談をする相手もいなく、また条件面などを含めた店との話し合いなども、以前に勤めていた中洲のソープ店にて、かなりの痛い目にあっているようで躊躇(ちゅうちょ)しているとのことだった。


宗介はなんとなくこの話を聞いていて、ふいにジローが斡旋業をやっていることを思い出して話を持って行ったのだった。


すると話はトントン拍子に進み、ソープ店よりも大衆的なデリバリータイプの店が、今は条件面もよく稼げるということで、カナは渋谷の某デリバリーヘルス店へと見事に入店と至ったのだった。


宗介はその際のジローの斡旋現場に同行しており、その斡旋業のカラクリを教えられるのであった。そして、その斡旋費としてポンと5万円を渡されて、なるほど、これはうまい話だと納得したのだった。


そして、そのままジローに本格的に斡旋業をやるなら、風俗嬢が在籍して稼ぐ限りは半永久的にスカウトバックなる金銭が入る趣旨(しゅし)も教えられ、どうだ宗介もやってみないかと誘われるのであった。


しかし、宗介は躊躇(とまど)った。と、言うのも宗介は昼間の仕事で世話になっている会社に大変な恩義を感じているために、かような仕事でトラブルを起こすことを恐れたのであった。


すっかりその気になっているジローに悪いと思いつつも、何となく誘いを濁し、落とし所として斡旋対象の女がいたらジローに紹介するのでスカウトバックはジローが貰い受け、変わり1人につき5万〜10万の一時金を宗介が貰い受けることに決めたのだった。



当時のスカウト業とはまさに野良仕事であった。繁華街に出てひたすら道行く女性に声をかけて、無視され、毒づかれ、蔑まされてと並の人間には耐え難い苦痛であった。ただ宗介はこのようなことは一回もせずに済んだ。


何も彼はこれが本業ではないのだから、なのでノルマもなく、何かしら相談されたら斡旋するだけの極めてシンプルで苦痛のない仕事であった。


そして、彼はそんな気楽な仕事でさらに棚から牡丹餅の僥倖(ぎょうこう)を受けるのであった。


それは日那(ひな)という女との出会いであった。この日那と言う女は私立の英語に卓越した女子大に通うステディな黒髪清楚の女生徒風であったが、その見た目とは裏腹に大変なビッチであった。


この色気狂(いろきちが)いは、初めての宗介との同衾(どうきん)の際も酒酔いをいいことに、まさに縦横無尽なアグレッシブぶりを布団の上で遺憾なく発揮してきたのだった。その乱暴な狼藉(ろうぜき)ぶりは、流石の早熟の宗介をもってしても、手に余る激変ぶりで、その痴態に思わず狼狽(ろうばい)したのだった。


そしてことが終わると、まるで()き物が落ちたかのように静まる、この色悪魔(いろあくま)に宗介は軽い気持ちで風俗を進めてみた。あくまで良かったらやってみないか?程度の軽い気持ちで。


するとこの色獣(いろけもの)は何と即答で風俗勤めを了承したのだった。これには提案した宗介も、そのあっさりな返答ぶりに面食らったのだった。


話を聞くと、何でも女子大生とは必要以上に金のかかる生業(なりわい)らしく、やれ流行りの衣服だ、やれ流行りの飲食店だ、とまさに紐付きのように金銭が引っ張られて行ってしまうらしく、そのような事態を打破するには大金が必要のようであった。


元来からセックスを趣味としていた色魔物(いろまもの)である日那にとって、風俗業は願ったり叶ったりの天職のようであるらしい。


それを聞いて宗介は早速、この色豚(いろぶた)をジローに紹介することとした。そして、これもまたあれやこれやと話が進み、見事に日那は新宿の某店舗型ヘルスに入店することとなった。


ただこの色馬鹿(いろばか)は、その後、さらに宗介に貢献するのだった。


日那は、くだんの店で初月から猛烈な鬼出勤を敢行(かんこう)して、なんとも莫大な奇貨(きか)を叩き出したのだ。そして、さらにこのセックスモンスターは、その強靭な鉄人ぶりだけには飽き足らず、スカウト面でも力を発揮して、女子大通いのビッチの同胞を4人ほど宗介に紹介し、矢継ぎ早にそれらのビッチ共も各々の風俗店へと入店して行ったのだ。


これにはジローも大変に喜び、宗介とジローはいつのまにかコンビとなり、新宿の街を謳歌(おうか)するようになったのだった。


ただ、この話は何もいいことばかりではなかった。いくらビッチとはいえ、うら若い女が風俗勤めを敢行するとはやはり御多分に心身の疲労もあるらしく、このビッチ達は何かにつけて宗介に相談とも、愚痴とも、弱音とも言える戯言(ざれこと)を夜な夜なぶつけてくるのである。


深夜の電話にて、この股座(またぐら)の穴を塞いで奇貨獲得(きかかくとく)に勤しむ、愚かな色気狂い共の、中身のないプリミティブなポエムのごとき讒言(ざんげん)を聞かされるのは、宗介にとって大変な苦労であったが、やはり金には変えられなかった。


この馬鹿共が一日でも長く身体売買を敢行する限り、ジローからタダ酒の誘いが舞い込んで来る。宗介はなんだかこの支配階級にいるかの如くの振る舞いに、自らも酔いしれ、自分という存在をいつのまにか特別視していくのだった。


しかし、かような夢の生活は久遠(くおん)狂想曲(ろんど)とはならずに、ある日前触れもなく終息を告げる。


結句として、この物事に飽きやすく、何かに付けて自分の人生を悲劇的に捉え、世界で一番大切な自分に酔い痴れた馬鹿共は半年ほどで、この売女業(ばいたぎょう)の黒歴史を墓まで(たず)さえていく決意と共に静かに退店していくのだった。


それはまさに「つわものどもが夢の跡」と言った程であり。つわもの亡き後は、荒廃した歌舞伎町の街並が空寒くどこか寂しげに映るのだった。


宗介は、歌舞伎町に蔓延(はびこ)るドブネズミよりもこの馬鹿女共を見下し、薄っぺらな中身のない同意と承認と励ましを浴びせかけては、馬車馬の如く働かせていたのだが、いざこれらの女が切れると財布の中身も木枯らしが吹き、なんとも言えぬ喪失感を覚えた。


更には、この僥倖(ぎょうこう)を勘違いして、生活水準と交友関係のガイドラインを三段飛ばしで上げてしまった彼には金のないことが苦痛となってきた。


そして、この木枯らしの舞い込む財布の穴を再び塞ぐべく、彼は股座に男根を闖入(ちんにゅう)させてでも奇貨獲得に勤しむ愚かな土方(どかた)体質の馬鹿女を探す決意をしたのだった。


ただ昼職のことを考えると馬鹿面を下げて歌舞伎町の街中で道行く女性器に男根しごきの土方業(どかたぎょう)を斡旋をするのは流石に不味い。世間体ってものがある。そこで、彼が目覚めたのは御法度の他店舗からの引き抜き作業であったのだ。


引き抜きとは、表沙汰になった際には多大な罰金だったり、ヤクザからの焼き入れだったりと、非常にリスクが高い。ただどの風俗業でもその手の禁止事項が謳われているのは、それは確実に横行しているからだ。


宗介はそのことを既に知っていた。と、言うのも彼が斡旋したビッチの一人は、間違いなく引き抜きに合って移転した模様で合ったからだ。やられたらやり返すのが宗介の念持でもあった。


宗介はジローに相談の元で、自分の性欲処理の付加的な程度で都下のピンサロ店などで、慎重に見定めてからの移転交渉に打って出たのだ。


ただ、このような蛮行(ばんこう)は得てしてうまくいくこともなく。結果として一人の女を移転させたのだが費用対効果は悪く、これは生業とは到底行き着かないのであった。


まぁこれはお(こぼ)れ程度の小遣い稼ぎだな。と、宗介は早々にこれに見切りをつけて、会社の飲み会の締めの風俗店などで、申し訳程度に移転交渉をおこなうようになったのだった。


そんなこんなで月日は流れ、昼職も繁忙期になどに突入したりで、宗介の足は自然と斡旋業からも遠ざかるのであった。


そんな日々の中で、時たま取引先との飲み会帰りに会社の先輩と訪れたピンクサロンにて、宗介は此度の逮捕劇のキーマンである大島美奈と出会うのであった。




薄暗い都下の駅裏でその店舗は、入り口に馬鹿みたいなネオン看板を建立(こんりゅう)させて佇んでいた。店前では、ハッピを着たハゲの歯抜けが呼び込みをしている。


飲み会終わりに、この店を宗介に紹介したのは安月給で所帯持ちの会社の先輩である二木(ふたつぎ)だった。


二木は得意げにこの店の安価ぶりを宗介に説いていた。まったく所帯持ちのサラリーマンほど惨めなものはないなと内心は二木を(さげす)みながらも、宗介は笑顔で彼に続いて入店した。


店内に入ると、パネルの前で鼻息荒く二木は好みの子を指名して、宗介にもどうするか尋ねた。無論、空気を読むことが出世の条件であるサラリーマンの宗介は、僕はフリーで大丈夫ですと遠慮して先輩を立てた。


するとこの大マヌケな所帯持ちのウダツが地に落ちた二木という馬鹿は、じゃあこっちはフリーで、と後輩の気遣いを大真面目に受け止めやがるのである。


この馬鹿が!と思わず怒鳴りつけそうになった。内心は「遠慮するな」と指名写真ゾーンに(いざな)われることを俄かに期待した宗介は、その愚行に思わず顔を歪めた。


そして、この人生的にも、故障した飛行機のように煙をたなびかせて落ちていき、いずれは惨めに墜落していくだけの馬鹿なリーマンを心の底から侮蔑(ぶべつ)した。


しかし、そんな後輩の侮蔑心などには一切気づかず、酒で気を大きくした二木は鷹揚(おうよう)な態度でプレイゾーンへとマヌケに闊歩(かっぽ)していくのだった。


あぁ嫌だなぁ。と宗介は(へび)が出るか(さそり)が出るかもわからない、大衆店の極めてアタリの少ないイカサマルーレットに気落ちしていた。そして、ぼんやりとプレイゾーンのソファーで煙草を飲むのであった。



「こんばんはー」


と、気色ばんだ声と共に女がソファーに滑り込んできた。宗介はその合図を聞いて表を挙げた。そして、その予想通りのハズレくじに思わずこの醜女の頬を張り飛ばしたくなったのだ。


しかし、なにもこれはこの醜女の落ち度ではない。この国には職業選択の自由があるのだから。そう、これは完全に宗介の落ち度だった。宗介が馬鹿な先輩に付いてきてしまったが為の災難であるのだから、この醜女だって言うならば被害者なのだ。


そう自らに言い聞かせて、宗介はこの醜女を蹴殺してしまいたい願望をぐっ溜飲して、無理な笑顔を作りこちらも「こんばんは」と挨拶をするのであった。



この日の宗介はとにかく酔っていた。そして、馬鹿な先輩のくだらない酒に散々付き合わされたので、多分にストレスも溜まっていたのだ。


その結句として、宗介はその凶事を振り払うかのように、この醜女に対して堰を切ったように口説き文句を解き放つのであった。せめて、せめて、この醜女を金に変えよう。そうでも無ければ、今日の一日の疲れが癒されない。それは必然的な彼の選択であった。


こんな場末の、隔離病棟(かくりびょうとう)みたいな不具者の集った溜まり場で、醜女に男根を吸われて、そのままに放出するなんざ男が廃るどころか、男が終る。これは試練だ。


この逆境でこそ男が試されるのだ。この場において、このボロ雑巾みたいな醜女をせめてものプラスに変えてこそ、輝かしい自分の男がさらに上がるのだ。と、宗介は自分に言い聞かせる。


そして、当時のスカウト仕込みのあれやこれやをそっと語りかけて、醜女を大いにいい気分にさせて手のひらで転がしていくのであった。



この手の猜疑心の塊のような醜女は、まずは同業であることを告げて、その悩みの種をさも分かった風に聞いてやるのが一番効くのだ。そして、否定することも肯定することもなく話に頷いて、猜疑の壁を少しずつ外していき、こちらの底が割れる前に虚栄でもなんでもいいから、こちら側の素晴らしい日常を語るのだ。


これはタイミングを外すと、ただのくだらない自慢に聞こえて空寒くなるので、あちら側がこちらを信じているうちに、こちら側の充実ぶりを当たり前のようにひけらかす必要がある。


相手がこちらを受け入れて信用していれば、勝手に話を信じていくのだ。憧憬(どうけい)の眼差しさえ手に入れれば、こちらが何を言っても、それに相手は(すが)って勝手に信じてくれるようになる。


こういった自らを不遇に思い、実際は在り来たりな怠けからやってくる倦怠ごときに悲劇的に苛まれて、詐病(さびょう)のように辺りに撒き散らしている馬鹿女は、自己努力も自己改善も全くの無関心で、なにか特別な事柄が自分には起こりうると勝手に思い込んでいるのだ。


この馬鹿な思い違いに漬け込んで、それを(くすぐ)り、持て(はや)し、その背中をグイッと押してやれば、この愚か者は勝手に崖の下でも地獄でも、嬉々として目を閉じて飛び込んでいくのだ。


この物を知らぬ若い醜女に、ありきたりな毎日に辟易してる幸の薄い馬鹿女に、人生の転機がきたと思わせるのだ。そして、これを逃したら、またつまらぬ日常に戻るように思わせて、一気に釣り上げるのだ。宗介は持てる全てを言葉に込めて、醜女に尊師の振る舞いで真理を解くのであった。





宗介がその場末のピンクサロンの階段を降りて寒空の下に出ると、満足そうな面持ちの二木が待っていた。この馬鹿な年長者は、やれ吸い付きがだの、やれ俺のテクニックであちらが喘いだだの、まるで白痴のごとく馬鹿を発表してきた。


宗介はそれを楽しそうに聞いているふりをして、心の底からこいつが電車に轢かれたら世界は少しだけまともになるのにと、思わずにはいられなかった。


そして、このケチくさい大馬鹿が終電に駆け込むのを見送ると、駅裏のうらぶれたバーのカウンターに鎮座してウォッカトニックで喉を潤した。



そのまま時が経ち、二杯目のウォッカトニックを飲み終えた頃だろうか、バーの鐘つき扉がカランカランと音を立てて開くと、先ほどの醜女がやってきて、宗介の隣に座るのであった。


宗介はそれを横目で確認すると、またしても自分という人間が特別だとは思わずにいられなかった。彼はまたしても、この世界の中心こそ自分であるような錯覚を覚えたのであった。




つづく

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