大崩れ
二頭立波の紋。
寄せては引く波の図を描いたこの家紋は、斎藤利政(道三)が考案したとされる。波は、「戦の駆け引きは、潮の満ち干のごとくあるべき」こと。そして、波の左に飛沫が二つ、右に三つあるのは、「この世の中には、割り切れるもの、割り切れぬものがある」という利政の人生観を表しているという。
そのように用兵の極意を会得し、人生の裏と表を知り尽くしているはずの男が、この日に限っては二頭立波紋の軍旗を掲げて敵軍になりふりかまわぬ猛撃を仕掛けていた。この戦いで、絶対に信秀を美濃から生きて返したくないのだ。どんな手を使ってでも殺さねば、と必死だった。
鬼気迫る斎藤利政軍は、尾張軍の後詰めである因幡守達広と宗伝(寛近の翁の弟)の部隊に襲いかかった。
「チッ。信秀の奴が『背後を警戒せよ』と伝令を寄越してきたが、本当に蝮が来おったか。あたりが暗いせいで、攻めかかられる直前まで敵影が見えなかったぞ。欲張って日没まで乱妨取りなどせず、早々に引き上げておけばよかった……」
達広は、このような事態になって初めて信秀の指示に従わなかったことを激しく後悔したが、後の祭りである。今は利政軍の進攻を防ぐことに死力を尽くさねばならない。
「いずれ味方の救援が来る! それまでは、我らがここを死守するのだ! かかれ、かかれッ!」
将兵たちを叱咤激励し、達広は最初の内だけは善戦した。攻撃的な性格とは裏腹に、達広は攻めるよりも守るほうが上手いのである。
(信秀の本隊が瑞龍寺山の敵兵を撃退して駆けつけるまでは、意地でも持ちこたえてみせる。帰国後、俺のせいで戦に負けたと報告されたくはないからな)
達広は、他人を見くびりやすい性質が多分にある。だから、斎藤利政という化け物のことを自分が対等に渡り合える相手だと見誤っていたのだ。
利政の戦闘における直感力は、まさに野生の肉食動物そのものである。達広隊の守りが意外と堅いと瞬時に判断すると、兵たちの動きが鈍い宗伝隊を先に撃滅することを速断した。そして、自ら騎馬兵を率いて宗伝隊に突撃を敢行したのである。
宗伝の兵たちは、刈り取られた雑草のように、あっけなく散り散りとなった。
「殿ッ! 宗伝様が退却を開始したようです!」
「な、何だと⁉ 宗伝隊はもう蹴散らされてしまったのか? まだ戦いは始まったばかりだぞ!」
達広にとって、一緒に利政軍と戦っていた宗伝の部隊が早々と大潰走を始めたことはあまりにも予想外だった。
宗伝は、合戦経験が豊富で頼もしい寛近の翁の弟である。また、彼は禅僧だ。この当時の禅僧は寺で中国の兵法書を読み込んでいる者が多く、今川家の太原崇孚(雪斎)のように軍略に明るい人物を多数輩出している。だから、尾張の侍たちは、寡黙で冷静沈着そうに見える宗伝のことも、
「何を考えているのか分からない無愛想な坊さんだが、太原崇孚と同門の僧らしいし、やる時はやるだろう」
という先入観を持っていた。だが、蓋を開けてみたらこのざまである。利政の猛攻に、ほんの少しの時間も持ちこたえられなかったようだ。
「ケシカラン! 弱いのなら『拙僧は戦が苦手でござる』と初めから言っておけ! ……いかん、いかんぞ。俺一人ではとても持ちこたえられぬ」
達広は大いに焦った。宗伝隊の逃亡兵たちがこちらに逃げて来て、達広隊の陣形は乱れつつある。さらに、敵部隊を撃破して勢いに乗った利政軍が、達広隊を包囲殲滅しようとさらなる猛攻を仕掛けて来た。近くにいた生駒家宗の部隊が応援に駆けつけてくれたものの、生駒隊の兵数はそれほど多くない。この逆境をはね返すことは不可能に近かった。
「このままでは、味方は総崩れじゃ。……俺の息子・信友が達勝(尾張下四郡の守護代。信友の養父)様から守護代の地位を譲り受けるのをこの目で見るまでは、絶対に死ねぬ。何とかしなければ……」
馬上で刀を振るいつつ、形勢逆転の策を考える。しかし、達広は他者の意見を頭ごなしに批判するのは得意だが、発想力は乏しい男である。逆転のための名案など思い浮かぶはずがなかった。
そして、大苦戦している内に、とうとう地獄からの使者が達広の前に現れたのである。
「そこの大将、名のある武者と見た。それがしの名は、稲葉良通。伊予の名族・河野氏の流れをくむ者なり。いざ、尋常に勝負ッ!」
黒漆塗りの甲冑を身にまとった一騎の猛将が、達広隊の兵たちを槍で薙ぎ倒し、烈々たる気炎を吐きながら一騎打ちを挑んできた。
敵を噛み殺さんばかりの覇気。空気が震えるほどの大音声。それなりに合戦経験を積んできた達広は、(こやつは、ただ者ではない)とすぐに分かった。
稲葉良通――後に稲葉一鉄と名乗るこの男。今は三十歳になったばかりの美濃の一武将にすぎないが、後に安藤守就・氏家直元(卜全)と共に「美濃三人衆」と称され、美濃斎藤家と織田信長の勝敗の鍵を握ることになる重要人物である。そして、明智光秀とも因縁浅からぬ関係になる。
そんな運命を背負った武将が、今、清須三奉行の一人・因幡守達広の命運を絶とうとしていた。
(に……睨まれただけで、体の震えが止まらぬ。とんでもない猛獣と戦場で出会ってしまったぞ)
猛虎のひと睨みでたじたじとなった達広は、「ひ……ひいぃ!」と悲鳴を上げ、馬首を翻して逃げた。稲葉良通は「逃げるな、卑怯者ッ」と吠え、達広を猛追する。馬術が巧みな良通は、瞬く間に達広に追いついてしまった。
「お命、頂戴!」
「そうはさせるか! 達広殿、助けに参ったぞ!」
良通の槍が達広の体を貫こうとした直前。一騎の勇将が現れ、良通の槍を刀で弾いた。
「我こそは武衛様(尾張守護・斯波義統)の直臣、毛利十郎敦元。おぬしの相手は、拙者がつとめてやろう」
「ええい、邪魔くさい。二人まとめて屠ってやるわ。来いッ」
良通はそう豪語すると、毛利敦元に猛烈な勢いで襲いかかった。敦元も負けじと応戦する。
敦元は、尾張では名高い勇士である。一騎打ちでそんな簡単に負けるような男ではない。これで助かった、と油断した達広は逃亡を中断して二人の対決を見守ろうとした。それが、達広の命取りとなった。
「それ、それ、それ! 颯爽と現れたわりには、たいしたことないではないか」
「ぬ、ぬうっ……」
良通は槍を猛然と突き、突き、突く。その苛烈な攻撃は息つく暇もない。敦元は数合の間は何とか防いでいたが、すぐに圧倒されてしまい、
「あっ」
と叫ぶ間もなく、突き殺されてしまったのである。
「げ……げえーっ! あ、敦元殿がこんなあっけなく……」
「次は、おぬしの番だ。死ぬ前に名を名乗ってゆけ」
「ひぃ……ひぃ……!」
達広は恐慌をきたし、再び逃亡しようとした。しかし、この至近距離である。逃走など無理な話だった。背を向けた直後、良通に後ろから槍で突かれ、吐血しながら落馬した。
「……こ、この俺が、こんな無様な死に方をするなんて……。け、ケシカラン……。ケシカランぞ……」
達広の最期の言葉は、いつもの口癖だった。
かくして、達広隊は大将の死によって潰走した。宗伝隊、達広隊と立て続けに敗れ、勇将の毛利敦元まで討たれてしまった。達広隊の救援に駆けつけていた生駒家宗の部隊も支えきれずに敗走を始めている。
こうなると、尾張軍は雪崩を打って崩壊するしかない。




