8.有泉の気持ち
俺は今、有泉の家に来ています。
……来ていますというか、正確には有泉の家の前に来ています。
玄関のチャイムが鳴らせなくて約三分。
ずっとボタンの押そうするのだが、押せないでいる。
自分の小心者っぷりに呆れているのだが、どうしてもできないのだ。人差指でポーンと押せばいいことなのに。
そうグズグズしてると約束の時間が過ぎてしまう。
あぁ〜もういくぞ。せーの。
ガシャ
俺が、チャイムを押す前に有泉が、ドアを開けた。
「あれ藤堂君。そこにいたの?」
三分も前から待っていたなんて言えるはずもなく。
「今来たところ」
と言った。
「そっか。じゃあ中、入って」
有泉に連れられて有泉の家に入った。
「お邪魔します」
階段を上り、右に突き当たったところに有泉の部屋があった。
座布団が出されて、俺と有泉は向かい合って座っている。
「……」
「……」
沈黙が続く。
――どうも頑張れそうもない。
二人きりは、どうもいつも以上緊張するのだ。
しかも学校じゃないから、余計緊張してるんだと思う。
有泉の顔を見ることすら出来なくて、俺は下を向いてる。
「ねぇねぇ。藤堂君。知ってる?」
有泉は俺に問いかけてくる。
なぜかいつもより有泉の声が小さく聞こえる。
「えぇ。なにが知って……っ!?」
顔をあげて返事しようとすると、有泉の人差し指が俺の唇にとめた。
静かにって意味だろう。
だが、俺はその意味はどうでもよくて。
ただ、心臓が高鳴りしている。
うわぁ……。
すげぇー有泉の指、柔らかい。
なんかマシュマロみたい。
つーか、この指食べたい。
俺は変態か。
このままでは話にならないと、そっと有泉の指を離す。
はぁ……。
……有泉は、無意識にやったつもりだろうが、俺的にはかなりヤバかった。
ジェットコースターになるより心臓に悪いと思う。
とにかく平常心を取り戻すために、少し有泉と距離をとって話を続ける。
「なんだよ。突然」
小さな声で喋る。
「あのね。タツと宮沢君がつき合ってること知ってる?」
「え、有泉も知ってたのか?」
知らなかった。
有泉が真吾と平井が付き合っているのを知っていたなんて。
「うん。でさ、相談なんだけど」
本題に入るようだ。
「うん?」
「二人とも、まだデートに行ったことがないんだって」
そう言えばそんなことを、真吾から聞いたことがある。
二人とも運動部に入ってるから休みがないって。
しかも部が違うから、休みの日が重ならないとも言ってた。
「だから、デートを企画したんだ」
「えぇ?」
「で・え・と。さっきも言ったじゃん」
「あぁ。悪い」
俺が驚いたのは、デートと言うわけではなく、相談が真吾と平井のことだったってことだ。
有泉が言うには――
テスト期間で部活がなくなるから、その時デートをすればいいというものだ。
でもそれだと真吾が勉強できなくなるから、定期的に勉強会をすることにしようと考えたそうだ。
でも、その話を聞いてると。
「有泉が勉強会をするって言ったのか?」
「うん、そうだけど」
それじゃあ。
「真吾が勉強会をするって言ったのは嘘なのか」
「……」
有泉は下を向いたまま喋らなくなった。
……どうすればいいのだ。
「なんで、その……自分からってこと言わなかったんだ?」
できるだけ、優しく問う。
「……」
無理に言いすぎただろうか。
有泉は下を向きながら、ポツリポツリ話し始めた。
「その、僕ね。平井には幸せになってほしいんだ」
下を向いているからしっかりとはわからないが、有泉の目にうっすら涙が張ってるように見える。
「僕、タツしか友達いないからいつも一緒にいるけど。でも、タツには宮沢君がいる。僕が迷惑なのはわかってるんだ!!」
「……」
俺は有泉の勢いに押され黙ってしまう。
こんなに勢いよく話す有泉が想像できなかったというのもあるだろう。
でも、それだけじゃない。
『平井しか友達いない』って言葉に傷ついたんだ。
それだったら……。
「俺は何なんだ?有泉にとって俺は友達じゃないのか?」
ううん。と有泉は首を横に振る。
それに少し安心して、俺は言葉を続ける。
「それに、平井が有泉のこと迷惑に思うわけないだろ。いつも一緒にいるじゃないか。お前と一緒にいるときの平井、いつも楽しそうだ」
励ますようにそう言うと、有泉はぼそっと呟く。
「でもタツの一番は僕じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、俺は凍りついた。
俺は気づいてしまったんだ………有泉の気持ちを。