6.転機…?
「おはよう、藤堂君」
「あぁ、おはよう」
席に着こうとしたら、有泉から挨拶してくれた。
この頃、有泉から話しかけてくるようになった。
≪嬉しい≫
その気持ちをこの頃、頻繁に感じるようになった。
話せるだけでこんなにも嬉しいなんて。
有泉と話せるようになる前には、思いもしなかった。
これも真吾のおかげかな――もちろん本人にはそんなこと言わないけど。
言ったら付け上がるだけだ。
はぁ……。
頻繁になっているといえばため息もだ。
一日十回はしてると思う。数えてないから正確な数はわからないけど。
有泉を見ると自然と出るのだからしょうがない。
有泉の席を見ると、有泉は平井と何か話してる。
楽しそうだ。
平井といると、有泉はいつも笑っている。
二人が喧嘩してるところなんて見たことがない。それほど仲がいいんだろう。
羨ましいなと思う。
それは俺といる時より、平井といる時の方が楽しそうだからそう思うのだろう。
有泉と平井がいつ仲良くなったのかは知らないけど、平井が先に仲良くなったのだから、それが当たり前なんだけど。
ひと眠りするかっと机に顔を伏せたとき、後ろから誰か引っ張られた。
また真吾だ、と嫌々後ろを向くと……。
真吾ではなかった。
「有泉?」
俺が声に出したとおり、俺を引っ張ていたのは有泉だった。
さっきまで有泉、自分の席にいたのに。
「ちょっときて。お願い!」
とぐいぐい引っ張る。
「あぁ。わかった」
よくわからないままトイレに連れていかれた。
トイレには誰もいないようだ。
どうしたのだろうか。有泉は口を開こうとしない。
「どうした?」
俺から話しかけると、なぜか有泉は深呼吸した。
「はぁ……ふぅ……」
しばらく沈黙していたが、有泉は何かを決心したように俺に話し始めた。
「あのね。お願いがあるんだ」
下を向いたままそう言った。
有泉がどんな表情をしているのかわからない。
でも、なんとなく不安そうにしているのがわかったので優しく返事をした。
「いいよ」
「また勉強会をしたいんだけど……えっとぉ…その…なんていうかぁ……」
……何か有泉の様子がおかしい。さっきからそわそわしてるし、早口だ。
落着きがある有泉にしては、珍しいことだ。
それに、俺は有泉の様子だけではなく、おかしいと思うところがある。
――この話を別にここで、コソコソしなくてもいいんじゃないかと。
さっきまで平井と一緒にいたんだ。その時、俺を呼んでくれればいい話だ。
そんな俺の視線を感じたのか、有泉は白状した。
「ごめん。嘘言った。ホントは勉強会じゃなくて、相談にのってほしいんだ。でもこの相談、タツと宮沢君に知られたくないんだ」
平井に言えなくて、俺には言える相談。
なんかよくわからないけど、これは、もしかして俺は頼られてるのか?
そう思うと気分が浮上した。
「あぁ、わかった。で、どうするんだ?」
「次の土曜日、僕の家に来てほしいんだ。その時、内容は説明するから……」
有泉が話してる途中に、誰かがトイレに入ってきた。
誰か――平井と真吾だ。
「おっ!なんだ。健斗と有泉じゃん」
俺と有泉は固まってしまった。聞かれてないよ…な?っと目で問い。
有泉は大丈夫だろうと頷き、話に加わった。
「うん。ちょっとトイレで会って」
「あ…あぁ」
有泉は俺だけに聞こえるように「また後で話すね」っと言って、トイレから出て行った。
「お前ら、いつの間に仲良くなったんだよ」
平井から訊いてきた。
「え、あぁ……最近かな……じゃあな」
俺は、トイレから逃げだした。
挙動不審だったと思うが、一番気にしてるのはそれじゃない。
あぁ……あ。
せっかく少しいい雰囲気だったのに。
真吾の馬鹿。
でも、まぁいい。
約束ができた。二人で会う約束が。
……一番最初にこのことを真吾に伝えたかったけど、真吾には秘密って言われてるし。
言えないのが少し残念。
そんな呑気なことを考えるほど、俺は浮かれていたのかも――いや、完全に浮かれていた。