10.失恋
今日は、有泉と俺が企画したデートの日。
昨日、このことを言ったとき、真吾と平井はとても驚いてた。
『何だそれ』
真吾と平井二人して言った。
『だからデートだよ。デート』
『……』
呆けてる二人を見て、有泉はムッとする。
『二人がデートできないって言うから、藤堂君と一緒にデート企画したのに……』
ムッとしてるのは確かだけど、うっすら淋しそうな顔をしてる。
有泉の気持ちを気づいただけで、こんなにいろいろ見えてくる。
有泉は平井の一言一言、一生懸命聞いてること。
平井の一言で笑顔になること。
俺はどうして気付かなかったのだろう?
こんなにもわかりやすかったのに。
……否、気づいてたんだ。俺は。
ただ、見ないふり、気づかないふりをしていただけだ。
平井と話しているときが一番楽しそうにしていたことをわかっていた。
気づきたくなかった。わかりたくなかった。
だってわかってしまったら、俺が失恋したことを意味するから。
「おーい。藤堂君!!」
有泉は俺に向かって手を振っている。
俺もそれに答えるように手を振る。
「遅いよ。藤堂君」
「悪い」
有泉に軽く謝る。時計を見てみると9時54分。
集合時間の10時より早く来たはずなのになぜか怒られた。
以外に厳しいのか?
デートの定番というと「遊園地」と有泉が言うので遊園地になった。
…主役の二人はまだ来ていないみたいだ。
主役である真吾と、平井はマイペースな奴だからきっと遅れてくるだろう。
――10時。
「おぉ悪い悪い」
真吾と平井は一緒に来た。
「ううん。待ってないよ」
照れくさそうに笑う有泉。本当に嬉しそうだ。
「それじゃ行くか!!」
ゴーカートに、ジェットコースター。お化け屋敷に……っといろいろなもので遊んだ。
真吾がジェットコースターにハマり、5回も乗った。
さすがに5回も乗ると酔った。
お化け屋敷では、怖いものが嫌いらしい有泉は叫びまくってた。
で、最後にたどりついたのが……観覧車。
デートの定番である。
「二人で乗ってきなよ」
有泉は言う。
真吾と平井はうんうんと頷いて、二人一緒に乗って行った。
その姿を俺たちは見守る。
「楽しそうだね。二人とも」
ぽつぽつと呟いた有泉。それに俺は。
「あぁ。そうだな」
と相槌をうつ。
有泉の顔を見てみると、泣きそうな顔をしていた。
俺は有泉を無理矢理、観覧車に乗せた。
この姿を誰にも見せたくなかったから。
「ねぇ。藤堂君」
有泉は静かな声で俺を呼ぶ。
有泉とは向かい合わせに座っている。
「うん?」
俺も静かに答えた。
「知ってた?」
「何を?」
「僕が、タツのこと好きって言うこと」
俺は肯定も否定もできず黙り込んでしまった。
知っていた。
そんなことをいったら有泉がどんな思いをするだろう?
そう思ったら答えることができなかった。
「知らなかったというより、もしかして僕のこと軽蔑した?」
「するわけないだろう!!」
俺は席を反射的に立ってそう言った。
それに驚いたらしい有泉は目を瞠っている。
軽蔑なんかしない。だって俺は……。
「どうしてそんなふうに言うんだ!!」
それに言い返すように、有泉も立った。
「だって、普通そう思うだろう!?男と男なんて!!」
「そんなこと思わない」
「どうして!?」
――だって俺も男が好きだから。有泉のことが好きだから。
それが本心だ。でもそれは言えない。
「……もし俺が有泉を軽蔑するなら、真吾と平井のことも軽蔑するはずだ」
それを聞いた有泉は落ち着いたのか、また椅子に座った。
有泉は目をこすりながら、ぽつぽつと語り始める。
「僕がタツを好きになったのは、今年の春のこと。友達の作り方を知らなかった僕に声をかけてくれたのがタツだった。いつもタツが僕の所に来てくれるようになった。ただ単に嬉しかった」
でも…、っと話を続ける。
「……ある時タツが誰かと喋ってるところを見たとき、なんか心がね痛くなったんだ」
有泉は自分の胸を抑えつけた。
「これが恋ってその時自覚したんだ。初めてこんな気持ちになったから動揺した」
俺も。
俺もそうだ、と心の中で頷いた。
初めての恋でどうすればいいのかわからず動揺した。
「それに、この気持ちに気づいた時にはもう、タツと宮沢君は付き合っていたんだ」
そうだったのか。だから有泉は平井に自分の気持ちを言わなかったんだ。
「心が苦しくなっていくばかりだった。いっそタツのことを嫌いになれればいいのに、って思ったこともある」
俺は頷きながら有泉の話を聞いていた。
口挟んではいけないと思ったから。
「でも、やっぱりタツのことが好き。この気持ちはまだ消えてくれない」
あれ……?
何か憶えがある……今の言葉。
「辛い。僕はタツのことが好きなのに。タツは宮沢君が好き。宮沢君もタツが好きで、両想い。辛いよ。見てるだけは辛いよ」
有泉の手が震える。涙が今にも落ちそうだ。
……この言葉も憶えがある。
全部俺が思っていたこと同じだ。
有泉への気持ちが消えてしまった方が楽だろうなって思ったことがある。
有泉が平井のことが好きって気づいた時はとても辛かった。
そうなんだ。
俺と有泉は同じことを悩み、苦しんでいたんだ。
――本当に俺は馬鹿だ。
自分だけが辛いと思っていた。自分だけが苦しいと思っていた。
有泉も同じだった。
有泉も辛くて苦しんでいたんだ。
「好きだよ。タツのことが。どうすればいいのかな?この気持ちをどうすればいいのかな?」
有泉の頬には、きれいに輝くものが流れていた。
どうすればいいのかわからなくて俺に訪ねてくる声がとても切なく愛しくて。
「えぇ?どうしたの藤堂君」
俺は無意識に有泉を抱きしめていた。
有泉は俺の中でもがく。
大丈夫だって。俺も同じだからって言いたくて。
俺は強く抱きしめた。
すると突然有泉が大人しくなった。
有泉の顔を覗くと、有泉はなぜかうっすら笑っていた。
「ありがとね、藤堂君。いろいろ言ったら何かすっきりした」
なにも言わないでくれ。
お願いだから。
これ以上話さないでくれ。
言ってしまいたくなる。俺の気持ちを。
「藤堂君?」
不思議そうに俺を見る。
「なんで藤堂君が泣いてるの?」
「えぇ……?」
有泉が俺の頬に手を伸ばし何かを拭いた。
それは俺の涙。
いつの間に涙がこぼれたのだろう。
「なにかあったの?藤堂君も」
そう言われると、俺も話したくなった。俺が恋をしていること。
そして……。
「失恋したんだ」
っということを。
「えぇ?」
有泉は目を見開いた。
「失恋したんだ、俺もついさっき。……だからお前の気持ちがよくわかる」
そう言った瞬間、有泉が俺の背中に手をまわした。
暖かく抱きしめてくれる手がとても気持ち良くても、また涙がこぼれた。
「そっか。藤堂君も辛かったんだね」
うん、っと俺は頷いた。
――俺たちは観覧車が一周するまで、泣きながら言葉を交わさず、ずっと抱きしめあっていた。