『英雄』というスキル
三人は日暮れを過ぎた頃に宿駅にたどり着いた。宿泊の手配をして、建物の一階にある酒場で食事をとる。
それから二階の部屋に行くと、ターロイは早速スバルをテーブルの向かいに座らせて、自分も椅子に座った。
「昼間の話の続きを詳しく聞かせてくれ」
昼間の話とは、アカツキがターロイの狂戦病と同じようなスキルを持っているという話だ。
歩きながらするにはターロイにとって重要すぎる話。
その時は一旦切り上げて、宿駅で詳しく聞くことにしていた。
「狂戦病が、病気ではなくスキルだと言ってたな。どういうことだ?」
「スバルもアカツキ様と直接会ったことがあるわけではなく、一方的に送られてくる思念を読み取っているだけですから、それほど詳しくはないのですが」
スバルは一度そう断ってから、話を続けた。
「アカツキ様は仲間をとても大事にする方で、獣人族の『英雄』のスキルを持っていたです。ターロイが病気だと言った、その条件で発動するスキルですよ」
「英雄?」
こんな無差別に周囲の者を殺すような症状が、そんな大層な名称を持つスキルのはずがない。つい怪訝な顔をすると、スバルは少し考え事をしたようだった。
「でも、そうですね。ターロイのはまだスキル解放前のようです。アカツキ様のスキルは、仲間が倒されると全能力が跳ね上がり、体力が尽きるまで敵を殲滅するもの。代わりに思考が物理攻撃に特化して、特殊能力などは一切使えなくなるですが、すごい強さを誇るです」
「……スキル解放前って言うか、俺の狂戦病と似てるだけで、違うものなんじゃないのか? 俺は発作が出ている間、敵と味方の区別をすること自体ができない。そもそも、それって獣人族のスキルだろ? 俺に当てはまるとは思えないけど」
「確かにこれは獣人族のスキルですが、『英雄』スキルは過去に人間が持ったこともあるです。経緯は不明ですが人間族には発現しないというわけではないですよ」
スバルはそう言って、ベッドに座ってこちらの話が終わるのを待っているユニの方を見た。
実際はその肩の上にいる、ひよたんをだ。
「今考えれば、ひよたんがターロイと契約をしたのも、おそらく『英雄』持ちだからです。そうでなかったら獣人族の稀少な魔道具が、人間族のターロイと自ら契約するわけがないです」
「ひよたんが俺と契約したのが、そのスキルのせいだって?」
「確定ではないですが、高い確率でそうだと思うです。ひよたんには『英雄』スキルを補助する能力が備わっているですから、きっと元々そのために作られたのですよ」
そう言えば以前グレイが、ひよたんはある能力の持ち主にしか使役できないと言っていた。あの時は話が長くなるからとはぐらかされたけれど、もしかしてこのことを知っていたんだろうか。
……狂戦病は状況と考え方によっては最強のスキル。
そうだ、グレイはこれをスキルだと言っていた。
「でも何にせよ、今の段階では俺の狂戦病が危険なことには変わりない。これがもしその『英雄』スキルだとしても、能力解放できなきゃ俺はただの無差別の人殺しだ」
「むう、残念ながらスバルもスキル解放の条件などはわからんですが……。しかしひよたんがいれば大丈夫なはずです」
「……なんだそのふわっとしたお墨付きは」
具体的な理由もなく大丈夫なはずと言われても。
「とにかく、現時点ではやはりガントの遺跡にお前たちを連れて行くわけにはいかない。あきらめてくれ」
「いやです。来るなと言われても勝手について行くです。撒こうとしても匂いで辿れるから無駄ですよ。ターロイこそあきらめて最初から連れて行くです」
何とも強情だ。そしてその言葉は脅しでも何でもなく、明日行う事実のみを告げている。ターロイは呆れたようにため息を吐いた。
「……わかったよ。見えないところで危ない目に遭われるのも面倒だ。一緒に行こう。……ただし、もし何かと戦う羽目になったら、俺が行く。スバルはユニを守ることに専念して、危険そうなら離脱してくれ」
「うむ、緊急事態でない限り、そのくらいの条件なら飲むです」
こちらが譲歩をすると、スバルもそこで手打ちにした。
とりあえず、彼女たちが戦闘に参加しなければそれほど問題ではない。スバルの鼻や耳は探し物をするのに頼りになるし、ユニは回復やバーストが頼りになる。
前向きに考えよう。
後はガントの近くにある封印の遺跡が、アカツキの祠のように面倒なものでないことを祈るばかりだ。
翌日の早朝に宿駅を出て、夕方には問題なくガントに到着した。
ガントは鍛冶やアクセサリーなどの細工品が主な産業で、武器屋と装飾小物の店が目立つ。
ここは近くの山から宝石が採れる上に、その宝石には微量ながら魔力がこもっているので、特殊な能力の付いたアイテムも売られていた。
もちろんめちゃくちゃ高い。
三人はそれを眺めるだけにして、城門近くの宿屋に部屋を取った。
明日はさっそく封印の遺跡探しだ。
ターロイは食事を終えるとスバルとユニを部屋に戻し、一人で情報収集を始めた。
「この辺に、あんまり人が行かない場所ってあるかな。クエストで稀少な植物探してて、なるべく人の手が入ってないところに行きたいんだよね。少しくらい危険でもいいんだけど」
冒険者を装って、宿屋の主人に訊ねる。
教団に発見されているならば立ち入り禁止になっているはずだし、発見されていないならそもそも人が行かないところにあるはずだ。
参考程度にでも答えがもらえればいい。
「人の手が入っていないところ? 難しいな、この辺は宝石が産出するから、山から谷から川から、あちこちを採掘業者が引っかき回してる。……まあ、強いて言えば山の中腹にある教団管轄の立ち入り禁止区域だけど」
おっと、いきなりビンゴだ。教団に発見されている遺跡か。
「立ち入り禁止か。教団の僧兵が見回ってるのかな」
どうせ誰も開けることができないだろうが、見張りが立っている可能性はある。大した人数でないなら、正面から行ってしまおう。
そう考えながら訊ねると、主人は少し声を潜めた。
「それが、見張りはいないんだ。だから、立ち入り禁止の縄が張ってあるとはいえ、実質入れてしまうんだけどね。……ただ、何人もの採掘人や冒険者が入って行ったけれど、なぜか奥まで到達して戻ってきた者はいないんだよ。行くにしても、入り口あたりでやめておいた方がいいよ」
「へえ。奥ってことは、それって洞窟か何か?」
「入ってすぐは木が生い茂る森だよ。しばらく行くと洞窟があるらしい。そこの手前で引き返せば大丈夫だそうだ」
洞窟の奥に何か罠があるということか? 教団が見張りを置いていないということは、教団が遺跡を開けさせないために何かを仕掛けているのかもしれない。
「……教団の僧兵しか奥まで入れないってことか」
ターロイが独りごちると、それに主人が首を振った。
「それが、教団の人間も戻ってこないんだよ」
「……え? 教団の人間も?」
予想外の話に目を丸くする。
つまりそこには、教団と関係ない別の何かがいるということだ。
「随分前の話だけど、見たことのない男がその立ち入り禁止の洞窟から出てきて、ガントに来たことがあった。すぐに戻って行ってしまったんだが、それを見ていた者が教団に通報してな。それから何人かの僧兵が洞窟に入っていったんだが、一人も戻ってこなかったんだ」
「その男って……」
もしかしてロベルトか。
捜したいとは思っていたが、まさかこんな形で封印の前に立ちふさがるとは。