頭箍(ヘッドフープ)
インザークに戻って、グレイの部屋に荷物を運び込む。
スバルとユニには、ティムの案内で必要な食料などの買い出しに行ってもらっていた。彼女たちが帰って来たらガントに向けて出発だ。
しかしその前に、ターロイはグレイに聞きたいことがあった。
「グレイって、昔から遺跡の回収遺物を研究管理してたんだよな? ロベルトが頭に着けてるっていう輪っか、オリハルコン製ってことはその中のひとつだろ?」
荷解きを手伝いながら訊ねる。
残念ながらそのアイテムに関して、ガイナードの知識はなかった。しかしオリハルコン自体がドワーフ族にしか加工できない魔法鉱石、前時代の魔道具であることは間違いない。
グレイの調査で何か判明しているのなら、ディクトの最後の言葉の意味が分かるはずだ。期待を込めて彼を見る。
するとグレイは少し困ったように首を捻った。
「オリハルコンの輪っかねえ……。実は、後期の遺跡からは結構出るものなんですよ。だからそのうちのどれをロベルトが着けているか、判断は難しいですね」
「それを装備してると問答無用で人殺しちゃうようなインパクトのあるアイテムだぞ? 心当たりないのかよ」
「実は、その輪っか……頭箍というんですが、壊れた物しか見つかっていないんです。だから、人体に正規の術式と違う誤った作用を及ぼしているんですよ。全くそんなもの、一体誰に着けられたのか……」
「魔道具として恩恵があるなら自分で着けたんじゃないのか?」
教皇の孫という利権を使えば、それくらいどうにかなりそうだ。魔道具は手軽に能力を上げることができるし、安易に考える人間なら手を出すこともあり得る。
しかしグレイは首を振った。
「それはないです。ロベルトは自分の力に自信を持っていて、アイテムによる能力上昇には興味を示さなかった。ディクトに譲られた充魂武器だけは使ってましたけど」
「じゃあ、自分から着けないそいつに、魔道具を着けさせて誰が得するっていうんだ?」
「得すると思っていた人間は、かなりいたはずです。そもそも頭箍はそのベースに、着けた人間を意のままに操る術式が組み込まれているんですよ。隷属用魔道具ですので」
「……それって、誰かがロベルトを操ろうとしてたってこと?」
「彼はとんでもなく強い。しかしわがままで教皇の言うことを聞かないし、教団のやりかたに反発していた。それを手っ取り早く従わせようという人間がいてもおかしくないと思います」
確かに、教団ならやりかねない。しかし教皇の孫に、と考えるとすごく不敬な気がするが……ロベルトを持て余していたのなら、教皇自体も了承をしていたのだろうな。
「そのつもりで誰かが頭箍を着けたのか……。壊れてるの知らなかったのかね」
「私は頭箍に関しては全て、損壊により使用不可の報告を上げていたはずです。しかし、術式が壊れているだけで見た目には完品に見える物もあったので、報告を信用しないどっかの馬鹿が使った可能性はありますね」
「魔道具の怖さも知らずに使うなんて、命知らずだな……。それで、その頭箍はどうすれば外れるんだ?」
とりあえずロベルトもこれだけ人格無視の仕打ちを受けていれば、教団に敵愾心を覚えるだろう。頭箍さえ外れれば説得できそうだ。
そう考えて訊ねたターロイに、グレイは肩を竦めた。
「残念ながら、それを外すには殺すか頭箍を壊すしかないです。壊すにしても力尽くで無理矢理いくと精神に異常をきたす鬼仕様。すぐ外れるようでは隷属させられないですからね」
「……それはひどいな」
「これは前時代に人間族が使用していた魔道具ですよ。おそらく他種族の者や、人間でも逆らう者はこれで使役していたのでしょう。壊れて発掘された頭箍の数以上に隷属させられた者がいたはずです」
「……それを考えると、前時代の負の遺産を後世で悪用されないように廃棄・管理する、教団の基本理念も分からないでもないけどな……。しかし当の教団がそれを悪用してるんだから話にならない」
ターロイは大きくため息を吐いた。
「ま、とりあえず、壊すにしても俺が魔道具破壊の能力を取り戻してからだな。それまではディクトが言ったように、接触しない方が良さそうだ」
「そうですね。ガントで大きな事件を起こしていないところを見ると、それなりの自我は残っていそうではありますが。破損した術式がどれだけロベルトの精神に影響を与えているか分かりませんしね」
「そういや、隷属術式は効いてないのかな。効いてれば教団に戻ってるはずだろ?」
「ロベルトを使役していた人間がすでに死んでいるのかもしれませんね。頭箍を着けさせた人間がそのまま使役者になるので、本来隷属術式が効いていれば必ずその人間の元に行きます。これはベースの術式なので魔道具として機能している限り影響があるはずですが、使役者が死んでいれば発動されませんからね」
「使役者がいなければ、自由になれるのか」
「いいえ。ロベルトは破損した頭箍を着けているから時折自我が戻るのかもしれませんが、正規の頭箍を着けていたら使役者がいなくなった時点で停止します。頭箍が着けられると、身体と一体化して全身が魔道具になったも同然なんです」
文字通り、隷属させられた者は道具扱いなのか。胸くそ悪い話だ。
外すこともできないなら後はそのまま死ぬしかない。
「……最初はあんまり興味なかったんだが、俄然ロベルトを捜したくなってきた」
「捜すなら、彼を救える手立てを得てからにしてください。ロベルトはバカ強い上に、充魂武器を持っていますから」
「分かってる。あくまでガントに行く俺の目的はガイナードの封印解放だからな」
ターロイはそう言いながらも、ガントで少しだけ時間を割いてロベルトを捜してみたいと思った。
自分と同じように教団に道具のように扱われた彼に、心のどこかで同情しているのかもしれない。
スバルとユニが帰ってきて、出立の準備は整った。
ティムにハヤテから託された石を渡し、グレイに挨拶をしてインザークを出る。
時刻は昼を回ったところだ。少し急がないと次の宿駅に着くのが夜になってしまう。
幸いスバルもユニもティムの食事のおかげか元気いっぱいで、あまり休憩を入れなくて良さそうなのがありがたかった。
「次のガントが目的地ですよね? そこから何をするですか?」
スバルが意気揚々と訊いてくる。
「近くに多分アカツキの祠みたいな前時代の遺跡があるはずなんだ。それを探しに行く。スバルはユニと一緒にガントの街に残ってくれ。その方が安心できる」
「ええ? 遊びに行くんじゃないと言ったのはターロイですよ? ここにきて街見物してどうすんだって話ですよ」
「ボクだって、何かできることがあるよ!」
そう意気込まれても困る。二人に何か危険が及ぶ方が、自分にとっては問題なのだ。
利用するだけと割り切れれば良かったのに、ちょっと周囲の仲間に恵まれすぎた。
「お前たちに怪我をされると困るんだよ、いろいろと」
「スバルはそう簡単に怪我なんぞしませんです。ユニだって後衛にいれば問題ないです」
「ターロイが一人で危ないところに行ったら、ボクたちだって心配だよ?」
そんなことを可愛らしく小首を傾げて言われても駄目だ。万が一狂戦病の発作が発動したら、とんでもないことになる。
「未発掘の遺跡じゃ何が起こるか分からないんだ。おとなしく街で待っててくれ」
「だから~、もう、話の分からんターロイですね! それこそ一人で対応できないこともあるかもしれないですよ! 少しはこっちを頼れです! スバルたちだって街にいても通り魔に遭うかもしれないですし、見えるところにいた方が絶対安心ですよ!?」
どうしても納得してくれないらしい。
ターロイは大きくため息を吐くと、仕方なく本当の理由を白状することにした。今後もこうして揉めるのはどう考えたって時間の無駄だ。だったら先に言ってしまった方がいい。
「連れて行きたいのはやまやまだが、俺は狂戦病という病気持ちなんだ。だから、あきらめてくれ」
「狂戦病?」
「ターロイが病気……? それはどんな病ですか?」
当然だが二人とも狂戦病のことを知らないようだ。これについて語ることはあまり好きではないのだが、ターロイは渋々と口を開いた。
「発作を起こすと、暴走して周りにいる者を敵味方関係なく襲って殺してしまう厄介な病気だ。そして力を使い果たすか、気絶するまで止まらない。……近くにいるとお前たちのことも殺してしまう可能性がある」
「発作……。それって、どうなると起こるの?」
「仲間が死んだり、瀕死の重傷を負った時だ」
「え?」
ユニの問いかけに素直に答えると、なぜかスバルがぱちくりと目を瞬いた。
「それ病気です? アカツキ様が同じようなスキルを持ってるですが」
「え?」
彼女の言葉に、今度はターロイが目を瞬いた。




