第二小隊七人目の男
翌朝、グレイの許可を得て、家の裏庭に転移方陣を設置させてもらった。ここなら転移時に姿を見られる心配が無いから安心だ。
そしてそのついでに、拠点からグレイの私物を持ってくることになった。
「考えてみたら、グレイの私物って騎士団を泊めてる客室棟にあるんだよな……。居住棟なら裏口があるからこっそり入れるけど、あっちは正面から入らなくちゃいけないから、見つかりそうだ」
「いいじゃないですか、見つかっても。一旦荷物を取りに帰ってきたとでも言えば」
「仲間内だけならいいが、騎士団に見られると後々何かあった時に日付の整合性が取れないだろ。手形で正式にインザークに入ったのに、街を出た記録もなく拠点で目撃されるなんて、怪しすぎる。ウェルラントは当然分かるだろうけど、説明のつかない行動は極力避けたいんだ」
そう説明して、共鳴石を取り出した。
とりあえず、今拠点にいて転移方陣の存在を知っているのはディクトとハヤテだ。
二人に荷物を方陣のあるところまで運んできてもらおう。
ディクトに連絡を入れると、すぐに応答した。ちょうど朝食を終えたところだったらしい。
最初は快活に挨拶をしてきた彼だったが、
「今から二人で受け取りに行くから、グレイの荷物を転移方陣の場所まで運んで欲しい」
その言葉に、共鳴石の向こうでたっぷり一分沈黙した。
『……ええと、ハヤテでもいいよな?』
「ハヤテと二人でだ。書物や書類が多くて、一人じゃ運ぶのが大変だからな。……心配しなくても、荷物を受け取ったらすぐインザークに戻るから大丈夫だ」
『本当か? 嘘ついたら泣くぞ』
「泣くのかよ。まあ、何かしようとしたら俺が止めるから」
『……仕方ねえ。分かった』
少し呆れつつ返すと、ディクトは渋々といった様子で請け合った。
とりあえず三十分後に転移方陣のところで待ち合わせることにして、通信を絶つ。
そして隣で話を聞いていたグレイをちらと見た。
「……苛めるなよ?」
「ティムのことでフラストレーション溜まってるから、解消したいんですけど。あの男、精神的にタフすぎて私の方が疲れる始末で……。その点、ディクトは分かりやすく凹んでくれるんで気分が良いんですよねえ」
「ディクト凹まして解消すんな」
何というか、ハヤテといい、グレイといい、ディクトは変な奴に気に入られやすいのだろうか。
「全く、ディクトのことすごく評価してるくせに、何でそんなに苛めるんだか。……やっぱり、あの人好きのするちょっと抜けた性格のせいか。ハヤテもあいつのこと癒やしだとか言ってたし」
「そうですね、あの性格は……。まさかあんなに変わるとは思いもしなかった」
グレイが何かを回顧するように目線を上げて、小さく笑った。
「変わる?」
「元々、私が初めて会った時のディクトは、あんな性格じゃなかったんですよ」
そう言えば、以前ディクト本人が、昔は超厳格でガッチガチだったと言っていたっけ。
「以前のディクトって、厳しかったのか? グレイはその時に剣の稽古受けたんだろ?」
「昔のディクトは無表情で、部下に容赦ない男でした。ただ、その頃から人を育てる能力はあったのでね。すごいスパルタで鬼教官やってましたよ」
「何か、想像つかないんだけど……それがどうしてあんな性格に?」
「ふふ、内緒です。でもおかげでそれ以来、彼は部下に慕われるようになりましてね。いつの間にやら、第二小隊の隊長になってました」
第二小隊。その言葉に、ふと先日の疑問が蘇った。
詮索をするつもりはなかったけれど、グレイが知っているなら訊いてみたい。
「それだけどさ。何でディクトって第二小隊の隊長やってたんだ? 教団の小隊って腕力順だろ? あいつ、そんなに強くないじゃん。なのに隊長って……」
「ああ、そのことですか。……まあ、これくらいは私が教えても良いでしょう。実は教官をしていた彼を、無理矢理第二小隊に引き込んだ男がいましてね」
「無理矢理引き込んだ?」
「元々は第一小隊の一人だった男です。その男が独立した小隊を作り、その隊長にディクトを据えた。そして第二小隊を名乗ったのです。……男は第一小隊にしたかったようですが、ディクトが断固拒否したと聞いています」
何か、一人の男が無茶しすぎじゃないか。
あの教団でそれが許されるというのが信じられない。
「……元々あった第二小隊は?」
「第一小隊に繰り上がりました。……実はその男が、第一小隊を抜ける時に他の隊員をぼこぼこにして、使い物にならなくしてしまいましてね。そもそも第一小隊って隊員同士の仲が最悪だったようで」
「その男、第一小隊の他の隊員全部伸したのかよ!? すげえ強いんじゃないか……」
そういや、ウェルラントが第二小隊にとんでもなく強い男が一人いたと言っていた。それがそいつか。
「結局第二小隊は、ディクトとその男と、それからディクトの選んだ腕力だけじゃない素質のある人間で構成され、かなり有能な部隊になったのです」
「……なんか、すごいな。その男、何者だよ。よく教団が許したな……。強くて誰も逆らえなかったとか?」
「まあ、いろんな意味で強くて誰も逆らえませんでしたね。だってその男、教皇様の孫ですから」
「……教皇の孫!?」
思わぬ事実に素っ頓狂な声を上げてしまった。
力も権力もある男、そりゃ逆らえない。
つうかディクトって、そんな男にまで見込まれた奴なのか。
「あれ、でもちょっと待って。教皇の孫が、一般墓地に埋められてるってどういうこと?」
ディクトの第二小隊は、ウチにいる二人を除いた四人がすでに死んで、一般墓地に入っているはず。
しかしいくら何でも、あんな寂れた状態で置いておかれる地位ではない。
不思議に思って訊ねると、グレイは何を言っているんだと言わんばかりの顔をした。
「何の話ですか? 教皇様の孫……ロベルトは死んでませんよ」
「死んでない? でも、ディクトとハヤテと、あと四人分の墓があって……。教団の小隊って基本六人編成だろ?」
「確かに普通は六人編成ですが、ハヤテは後からディクトが引き抜いて追加した隊員です。第二小隊は七人いるんですよ」
「あ、そうか、ハヤテは最初の編成には入ってないもんな。……てことは、七人目のそいつはまだ教団にいるのか?」
第二小隊にまだ生き残りがいたとは。でもそれだけ強いなら、そうそう死ぬはずがないか。おまけに教皇の孫、立場だって安泰だ。
そう思ったけれど、しかしグレイの答えは予想外だった。
「いいえ。彼は行方不明になってます」
「……行方不明って?」
「文字通り、行方が分からないのです。どこかに潜んでいるのか、誰かに囚われているのか……。しかし、教団にいる時、ほんの少しですがガントで彼を見かけたという情報が入ることがありました。私はあの辺りに間違いなく生きて潜伏していると見ています」
「ガントか……。これから行くけど、どうせ俺が見ても分かんないしな。でも、何で潜伏? それって教団から隠れてるってこと、だよな?」
「教団に戻りたくないってことでしょう。……ロベルトをこっちに引き入れられれば、かなり強力な手札になりますが、あの男は御しがたい人間ですからねえ……」
教皇の孫を引き入れる? ちょっと難しい話ではなかろうか。
我々はこれから教団を潰そうとする人間だ。教団に戻りたくないとは言え、祖父と戦うこちら側と相容れるとも思えない。
「まあ、縁があれば会えるかもしれません。この話、少し頭の片隅に入れておいて下さい。……さて、もう三十分経ちますね。ディクトをからかいに行きましょうか、ターロイ」




