ティムの研究
夕食はティムのお手製ハンバーグだった。
もちろん拠点のカジタには劣るが、家庭料理としては十分に美味しい。
みんながそれを完食すると、彼は満足げな笑みを浮かべた。
「ごちそうさま。美味かった」
「お粗末様でした。俺、料理って実験の延長みたいで好きなんだよね。分量を微調整して、いろんなスパイスやハーブを試してみたりしてさ。それがはまったときの快感と言ったら!」
そう楽しそうに語るティムは、さっきまでグレイに絞られて半泣き状態だった男とは思えない。
切り替えが早いのか全くめげてないし、むしろグレイの方がお疲れ気味だ。
ティムがデザートを用意しにキッチンに行ったところで、ターロイはグレイに話しかけた。
「俺、グレイが感情的に怒鳴んの初めて聞いた。俺にあんなふうに怒ったことないよな」
「叱って理解できる人間には怒鳴りません。ティムはちょっと叱ったくらいじゃ響かないんですよ。頭はとてもいいんですが、アホなので」
「アホ……」
うん、なんかそんな雰囲気出てる。
「今回は、しばらくここに来なかったら、いつの間にか彼の部屋に溶鉱炉ができてましてね。レンガ造りの家とはいえ、民家の二階にですよ。ベッドと並べておいてあるとか、非常識にもほどがある。木造だったら今頃消し炭です」
「溶鉱炉……それはすごいな」
アホのレベルが常人と違う。せめて一階、民家ならできれば庭に、屋根をつけておいておくべきだろう。
それをベッドのある自室に置くとは、すごい感覚だ。熱くないのだろうか。
「……まあ、これからはグレイが一緒に住むんだし、そんなことはなくなるんじゃない?」
「どうでしょうね。おそらくまだまだ私に隠し立てしている物がたくさんありますから。あと数回は怒鳴ることになるでしょう」
グレイが少々うんざりとした顔をしたところで、デザートを持ったティムが現れた。
「女の子に会わせて、イチゴのムースを作ってみたよ。どうぞ」
「わあ! 美味しそう!」
「甘くていい匂いがするですね」
スバルとユニが喜んで飛びつく。見た目にピンクで可愛らしいそれを、ターロイたちも受け取った。
香りに惹かれて一口。
うん、美味い。ほどよい酸味が絶妙だ。上にかかったベリーソースもいい。
グレイの今後の食生活は安泰だろう。
「アホでさえなければ、役に立つ男なのに……」
「ん? 何ですか?」
ぼそりとグレイが呟いた言葉を聞き逃して、ティムはにこにことムースを頬張った。
「結局、ティムって何を研究してるんだ?」
夜、興味があって彼の部屋の溶鉱炉を見にやってきた。
周囲をレンガや石で覆っているが、本当に溶鉱炉だ。今は火が入っていないからなんともないけれど、使用した日はものすごい熱さだろうに、どうやって寝てるんだろう。
「俺は罠の研究をしてるんだ。もちろん自作もするよ。もうさあ、釣り天井とか動く壁とかたまらなくいいよね! ここに付けるとグレイに怒られるからしないけど。基本はトラバサミとか括り罠とか、狩猟用の罠の捕獲効率を上げる研究が多いかな」
「……うん、釣り天井は付けない方がいいと思う。狩猟用の研究ってことは、あんた元々狩人か何か?」
「いや、ただの道具屋の息子だったんだけど、昔から罠の改良するのが好きでさ。以前は農作物を荒らしに来る動物を捕まえたり、泥棒を撃退したりしてたんだ。だって何て言うかもう、俺の思惑に獲物がはまった時の快感と言ったらなくて!」
……うーん、グレイをかなりの変人だと思っていたけれど、ティムを見てるとまだマシな気がするな。
しかし、泥棒撃退の罠は少し興味がある。
今後、拠点の周囲もいくらか警戒しなくてはいけなくなるだろうし、対人用で目の届かないところに設置できる罠があったら、使ってみたい。
「泥棒を撃退する罠って、どんなもの? 使えそうなら俺のところで買いたいんだけど」
「ホント!? 今もがっつり研究してるから、買ってもらえると嬉しいなあ。今までの稼ぎを溶鉱炉につぎ込んじゃって、他のもの何も買えなかったんだよね。次は何を設置しようかなあ」
「……ちゃんとグレイに相談してから買えよ? でないと金を出した俺が怒られる」
ティムに金を払って大丈夫だろうか。不安しかないんだけど。
金を出した時は、一応グレイにも伝えておこう。
「罠は大型、中型、小型、投擲型があるけど、どれがいい? もちろん大型が一番威力があるよ。値段も高い。壁に内蔵して、踏み板を踏むとボウガンの矢が飛んできたりするやつとかね」
「そんなダンジョンの罠みたいなのがあるのか。……でもウチの拠点は出入りが多いからな。誤って作動すると困るし、ちょっとハードすぎる。中型は?」
「中型は簡易設置型。小部屋に見せかけた檻に誘い込んで閉じ込めたり、意図的に敵を追い込んで、網で捕まえたり。落とし穴もあるんだけど、あれ埋め戻すのが面倒だし、再設置も大変だから俺は勧めてない」
「檻とかは良さそうだな。小型はもっと簡易なのか」
「小型は簡易だし範囲も小さいよ。括り罠の応用とかで、一人しか捕まえられないようなやつ。縄だと対人では切られちゃうけど、鎖使ったり、自作の人間用トラバサミを使ったりして作ってる」
罠も随分と多岐にわたるようだ。どこに何を置くか、事前にしっかり考える必要がある。
手下たちならまだいいが、騎士を罠に掛けたら後々問題になりそうだし。
「最後は投擲型。これは、敵に向かって投げるタイプ。罠というより攻撃補助アイテムだけど。網をぶっ放すのとか、あとはペイント弾や胡椒弾で敵を怯ませるのもある。コントロールに自信があるなら結構有効だよ」
「へえ! それはいいな。ちょっと見せてくれる?」
ターロイは罠と別の理由で投擲型に興味を引かれた。
ティムが持ってきたそれは、手のひらに乗るくらいの大きさの玉で、少し重い。ゴムのような材質でできていて、中に薬剤か何かが入っているようだった。
「この外側のゴムのカプセルみたいなのって、ティムの自作?」
「そうだよ。ちょうど握りやすい大きさに作ってあるんだ。それに手元では簡単に壊れず、対象物に当たった時に割れるように計算してある」
ティムの自作、となると、多少の無理は利きそうだ。
ターロイは罠のことは一旦置いておいて、そちらの交渉を始めた。
「あのさ、ティム。頼みがあるんだけど」
「ん? 何?」
「この玉、サイズをもっと小さくして作ってくれないかな」
「小さく? 構わないけど……そうするとコントロールが利きにくくなるよ?」
「いいんだ。俺はこれを指弾の弾として使いたい」
そう、これはハヤテの指弾用にちょうどいい。中に詰めるものはこちらで指示ができるし、上手くすれば回復弾も作れる。
「指弾??」
「こう、指で弾いて相手にぶつけるものだ。そうだな、弾の大きさはだいたい親指の第一関節程度でいい。……もし良い物ができれば、継続的に取引したい」
そう告げると、ティムは目を輝かせた。
「継続取引……! 良い言葉だ! それがあれば研究者ローンが組める……!」
……また何か大物を買う算段をしているようだ。
「できるか?」
「もちろん! いくつか試作を作ってみるよ。ええと……ターロイたちは、明日インザークを出るんだっけ? だったら、用事が終わったあとまた立ち寄ってよ。試作品を渡すから」
「わかった。それから、罠の方はちょっと拠点に帰って相談してからにするよ。そっちも多分いくつか頼むと思う」
「毎度!」
ティムは思いの外あっさりと改良を請け合ってくれた。
その手軽さが天然なのか本当の自信からくるものなのかは判然としない。
まあ、急ぐ仕事でもないのだ。まずはお手並み拝見といこうではないか。




