村について
モネを出ると、その近くの人目につかない場所に転移方陣を設置した。
特に拠点などに戻る用事もないので、そのままインザークに向かって出発することにする。
早朝に食事も取らずに出たのは、このモネとインザーク間が一番距離があるからだ。普通に歩いて三日かかる。
とりあえず間に一軒だけ宿駅があるので、今日はそこを目指して行こう。
「ユニ、疲れてないか?」
グレイとスバルは体力的に心配していないけれど、ユニは別だ。これから三日間歩き詰めになることを考えて、彼女の体調を訊ねる。
しかしマントをかぶったユニの表情は、思いの外明るかった。
「ボクは平気。馬車に乗るより歩く方が好きだし」
「スバルと同じですね。人間は速度や便利さを重視する者が多いですが、スバルは大地や草木のエネルギーみたいなものを感じながら歩く方が好きです」
「なるほど、きっとあなたたちは自然界のマナの恩恵を受けやすいんでしょうね」
そう言えば獣人族もエルフも、乗り物を使った移動はあまりしない。使っても馬などの動物に乗るのがせいぜいだ。
おそらくそれは、マナによる回復があるおかげで、歩くことがそれほど苦にならないからなのだろう。
それに比べて人間は、マナを上手く取り込めない。ゆえに疲れやすく、移動はできるだけ楽に早くと考えるのだ。
見た目はそれほど変わらないのに、この種族間の違いは何なのか。時々不思議に思う。
しかしそれを知るには創世の神話まで遡る必要があり、今こんなところで考えても詮無いことだった。
「まあ、ユニが平気なら問題ないか。じゃあこのまま進むぞ。朝食はあの遠くに見える橋の向こう、大木の下で取ろう」
ターロイはすぐに思考を切り替えて、前方の大木を指差した。
確かあそこの下には何人かで座るにちょうどいい石がある。子供の頃の記憶はあまりないけれど、そこは昔グレイと村の巡回をするときに必ず休憩していた場所で、うっすらと覚えがあった。
「ここに来るのは久しぶりですねえ」
グレイが少し懐かしそうに言う。
「この辺は何となく覚えてるな。グレイと暮らし始めた頃の記憶はおぼろげなんだけど」
「あの頃のあなたはガイナードの核との融合のせいか、記憶の整合性が保てずに時々混乱していましたからね。そのすり合わせに関わらない記憶は残る余地がなかったのでしょう」
「ガイナードの知識の方が俺の記憶より重くて鮮明だったからな」
今はなくなったが、昔は自分の記憶なのか、ガイナードの知識なのか、分からずに困惑することが多々あった。おかげで当時の記憶は不確かで曖昧だ。
もちろんインパクトのある出来事ははっきりと記憶にある。しかしグレイに庇護されている間はそんなことはあまりなくて、結局何度か通っていた村のことも思い出せないありさまだった。
「そう言えば、モネとインザークの間にひとつ村があるって言ってたよな。なんていう村? 見れば少しは何かを思い出すかも」
「アルブス村です。村は街道を外れたところにありますから、行こうと思ったら遠回りすることになりますよ」
「……アルブス村に寄るの?」
グレイとの話に、不意にユニが入ってきた。
振り返ると、眉尻を下げて何だか困ったような顔をしている。
……この様子はもしかして。
「もしかして、ユニが以前暮らしてたのってアルブス村なのか?」
「……うん……」
ということは、村にはユニを虐げていた人間や、彼女を人買いに売った人間がいるってことか。
……そして、ユニに首輪をはめた人間も。
当然、その目的が気にはなる。けれど、彼女はどう見ても行きたくなさそうだ。
ターロイは今回はこのまま真っ直ぐインザークに行く選択をすることにした。
「心配するな、ユニ。今日は予定通り宿駅に向かう」
「ほんと? 良かった……」
少女が見るからに安堵する。
今回はこれでいい。
どうせ後々、あの近くにある封印を解きに行かなくてはいけないのだ。寄るのはそのときでいい。次は、ユニを連れてこないように気を付けよう。
この日は特に問題もなく、四人は何度か休憩を挟みながら日暮れには宿駅に着いた。
早々に食事を済ませ、部屋もどうにか二つ確保して、男女で分かれて休む。明日も早いのだ。
ターロイは早めの時間にベッドに潜り込んだ。
「……なあグレイ、アルブス村ってどんなとこ?」
しかし何となくユニのさっきの様子が気になって、隣のベッドの上で日記を書いているグレイに訊ねる。
「普通の村ですよ。農業と狩猟が主な産業で、少し寂れて疲弊していて、保守的で排他的。異端なものは何でも忌み嫌い、排除しようとする。ユニのような特殊な能力を持った者には生きづらい場所でしょうね」
確かに、どこの村も同じようなものか。
ターロイは閉口した。
ファラやヤライでも、村人は冒険者が来ただけで警戒していた。自分の見知らぬものに対しての恐れが大きく、それを敵意に変換しがちなのだ。
ユニも同様に、異能を持つがゆえに恐れられ、敵意を向けられていた。それはきっと、どこの村でも同じ結果になる。
そのくせ、彼らは教団などの権威のあるものには平気でおもねるのが不思議で仕方がない。奴らの方が余程悪人だというのに。
「彼らを責めても仕方がありません。大体、頭が固くて声の大きい年長者がそうだと決めれば、誰も逆らえないんです。逆らえば村という塊から自分が外され、攻撃対象になってしまう。そうして従っているうちに、いつの間にかその思考に慣らされてしまう」
「……つまらない話だな。反発しようって奴もいても良さそうなのに」
「余程力と地位があって、カリスマ性があって、賛同してくれる仲間が多いというならどうにかなるでしょうけど。一人二人で反抗したところで無駄ですよ。人間は変化を恐れる生き物。自分がしていることに後ろめたさを感じている人間がいたとしても、変化を伴う改革に手を上げはしないんです。変わらない方が安心できますからね」
そこまで話を聞いて、つい、嫌な考えが湧いてしまったターロイは顔を顰めた。
それに気付いたグレイが、片眉を上げて意地悪な笑みを浮かべる。
「何を考えました?」
「……別に」
問いかけに素気なく返したけれど、彼はこちらの思考を見通していた。
「そんな面倒臭い村、一度潰して作り直した方が良くないか? ……なーんて、思ったでしょう」
「……そんな、教団みたいなこと考えてない」
認めたくなくて否定する。
するとグレイはしたり顔をした。
「……今、『教団みたいなこと』って言いましたよね?」
そう返されて、今自分が言った言葉を反芻する。
グレイは何が言いたいんだ。
俺はただ単に、村を潰そうなんて考えてないと……。
そこではたと目を瞠る。
「一度潰して、作り直す……。もしかして、教団が村を潰してるのって、そういうことなのか……?」
「さあ、どうでしょう?」
そこまで言っておきながら、グレイは答えをはぐらかした。
「何だよそれ。ただのグレイの推論?」
「まあ、そうですね、推論です」
「ふざけんな。あんなの、『ご神託』を口実にした教団の略奪祭りじゃないか」
「教団の司教以下のアホどもはそう思ってるでしょうね。……しかし、あの『ご神託』は本当に教皇に下っているらしいのです」




