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宿探し

 モネに辿り着いたのは夕刻前だった。


 リングムたちに会った後は特に問題もなく、二度ほど休憩を挟むことができた。

 おかげでユニも比較的元気で、今日のうちに食材や水を買い足す余裕がある。これなら明日はモネを早くに出ることができるだろう。


 そう考えてモネの中を四人で買い物をして回っていると、不意にスバルが近くに寄ってきた。


「……ターロイ、知らん男が三人ほど、ずっとスバルたちをつけて来ているです」


「お前も気付いてたか。ま、十中八九、教団員だ」


 さすがに人数までは分からなかったが、誰かがつけてきていることには気付いていた。街の門を入ってすぐの時からだ。

 もちろんグレイも分かっているようで、努めて大通りの人混みに紛れて歩いている。


「モネはまだ検問が教団管轄だからな。国王権限の特別手形を持ってる俺を警戒してるんだろう。モネの人間には俺の名前からグレイのことがバレたりはしないだろうが……あいつに知られたら面倒だな」


 教団にいた頃のターロイの名前をちゃんと知っている人間はあまりいない。グレイの使用人としてしか認識されていないし、他の教団員との接点はほとんどなかったからだ。

 モネの教会に、ターロイの顔も名前も知っている人間がいるとは思えない。


 しかし昔、再生師の肩書き欲しさに乗り込んできた時から、サージだけはターロイを個人として認識し、目の敵にしていた。そして今までのことでこちらを酷く憎んでもいる。

 もしあの男がここにいて、自分の名前が伝わったら厄介だ。


「スバルがちょちょっと行って倒して来てもいいですが」


「後々余計に面倒なことになるからやめてくれ。おそらく、何か密命を受けて来たとでも思っているんだろう。特に目立ったことをせずに街から出て行けば、あっちも何もしてこないさ」


 モネでサージが真面目に教団の仕事をしているとは思えない。

 元々、モネにはここをまとめる司祭がいるはずだ。話題に上るようなことさえしなければ、あいつに報告されたりはしないだろう。


 サージとやり合うのは労力の無駄だというのもあるが、街中でサーヴァレットを発動されたら住民に大きな被害が出るというのが一番問題だ。

 余計なことは一切せずに出て行くのが最善なのだ。


「買い物を済ませたら真っ直ぐ宿屋に行くぞ。スバルはユニから目を離さないでくれ。ユニが何かをしでかすことはないだろうが、質の悪い男に目を付けられて、騒ぎになることもある」


「了解です」


 ターロイの指示に頷いたスバルは、すぐにユニの近くに歩いて行った。スバルも並ぶと余計に目を引くが、彼女なら誘いもあっさりぶった切るし、力尽くで連れて行かれることもないので問題ない。




 そうして尾行にも少し気を配りつつあらかたの買い物を済ませた頃には、周囲は大分暗くなっていた。


「そろそろ宿屋に行きますか。念のため、酒場が併設されていないところがいいですね」


 グレイがぐるりと周囲を見回す。

 宿屋の数はそこそこあるが、質はピンキリだ。鍵が壊れてシーツもよれよれのところから、食事もついて各部屋に暖炉があるようなところもある。


 その中で、宿屋は大体、ピンでもキリでもないその中庸の部屋から埋まっていく。だから早めに抑えないと、ちょうどいい部屋がなくなるのだ。

 時間的にはそれほど遅くはない。

 四人も中庸の宿屋を狙って、大通りを探し始めた。





「ここも部屋が埋まってるの?」


 五軒目の宿屋に断られたと告げると、ユニがへにゃんと眉尻を下げた。


「最近王都に向かう行商人や冒険者が増えて、手頃な部屋はすぐに埋まってしまうらしい。この時間に部屋が空いてるのは、最低ランクと最高ランクのどっちかの宿しかないってさ」


「最低ランクは絶対駄目ですね。朝起きて金品がなくなっているなんてざらですし、女の子がいるとなると寝ずの番が必要になる」


「かと言って、最高ランクは金が掛かりすぎて……」


「そうですねえ……」


 街中でテントを張って野宿するわけにもいかない。宿が見つからない冒険者などは酒場で一夜を明かしたりするが、ユニたちがいるのにそんなことはできないし、そもそも酒場は近寄らない方がいい。


 どうすべきかと悩んでいると、グレイがひとつため息を吐いた。


「……仕方がない、彼に助けてもらいますか」


「彼?」


「一人、モネに知り合いがいるんです。ついてきて下さい」


 そう言ってグレイがやにわに一人で歩き出す。

 残された三人は顔を見合わせて、すぐに彼の後を追った。




「知り合いって?」


「まあ、昔なじみみたいなものです」


 グレイは端的に告げて大通りをそのまま進む。

 そしてしばらく歩いたところの、ある店舗の前で立ち止まった。かなり大きく立派な店だ。

 その看板には、金貸し業の文字。


「……金貸し?」


「高利貸しの店ですよ。以前より店舗が大きくなっているところを見ると、大分儲けているようですね」


 一度店を見上げてから、グレイはその扉を潜った。





「今日はもう閉店だ、帰ってくれ」


 入った途端、中にいた男がこちらも見ずに言い放った。何をしているのかと思ったら、金を数えているようだ。


「……相変わらずですね、イリウ」


 グレイが呆れたように声を掛けると、そこでやっと男はこちらに目を向けた。歳はグレイと同じくらいだろうか。細い狐目が特徴的だ。


「おお、久しぶりだな、グレイ! 何その恰好。冒険者に転向したのか?」


「私にも色々事情があるんですよ」


「まあ、そうだろうな。聞いたぜ? お前教団本部で爆死したらしいな」


「そういうことになってますねえ」


「お前のこと分かってる奴は、誰もそんなの信じてなかったがな」


 イリウはそう言って笑うと、手元にあった金貨を箱にしまってこちらに向き直る。

 そしてターロイたちを見て、興味深そうに腕を組んだ。


「グレイの連れか。『金貸しのミチバ』にようこそ。そんで、何の用だ? 金の借り入れ?」


「え? えーと……」


 まさかグレイはここで金を借りて、最高ランクの宿屋に泊まるつもりじゃないよな……?


「違います。ちょっと一晩泊めてもらえないかと思いまして」


 ああ、そっちか。

 しかし、突然来た人間を泊めてくれるだろうか。グレイ一人ならまだしも、こちらは四人だ。女の子もいる。

 断られるかもしれない。


「泊める? まあいいけど。いくらで?」


 けれどターロイの心配を余所に、イリウはあっさりと頷いた。……そしてしれっと対価を要求してきた。

 さすが金貸し、金銭にシビアだ。


「金ではなく、情報でお支払いします」


 返すグレイもしれっとしている。え、いいの、それ?


「相変わらずだな。わかった、それでいい」


 あ、いいんだ。


 昔なじみと言うだけあって、互いの価値観を分かり合っているのかもしれない。


 すぐに話がつき、イリウは金貨が入った箱を金庫にしまった。


「じゃあこっち来な。相応の情報を落としてもらうぜ?」


 彼は立ち上がってターロイたちを奥に招き入れると、建物の二階へと上がっていった。

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