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街道の不穏な気配

 空は少し曇っているが、遮るもののない道を歩く者にはありがたい。


 ターロイはフードを目深に被って、昼下がりの街道を足早に歩いていた。


 すでに一度賊に遭遇していたが、問題なく返り討ちにして、ほとんど時間をロスしてはいない。けれど一人旅というのは奴らにとってはカモ。ここから先にも襲撃を受ける可能性は高い。

 日が落ちる前に宿駅に到着するためには、それも考慮に入れて動く必要があった。


(見晴らしのいいこのあたりには規模の大きい賊はいない。いるとしたら、あの林を突っ切る道と、前後を塞ぎやすい吊り橋のところか)


 こういう知識は、グレイの街村巡回診療についていった時に教えられている。少しだけ意識をそちらに向けた。

 林道の入り口、あそこに斥候がいるなら、ターロイに気付いて報告に動き出すはず。だとしたら、手前の枝に留まっている鳥が飛び立つに違いない。


 視線をそこに向けたまま、近付いていく。


 しかし、ターロイの予想に反して、大量の鳥が飛び立ったのは林の奥の方だった。


(……どうやら、俺の前に襲われてる旅人がいるらしいな)


 一度にあれだけの鳥が飛び立つということは、もう賊は隠れていない。戦闘になっているのだ。

 林に近付いていくと風に乗って、多数の怒声と金属のぶつかる音が聞こえてくる。それから、一つだけ少女の悲鳴も。


(子供連れ? ……まあ通りかかったついでだ、加勢するか)


 どうせこのまま横を素通りするわけにもいかない。

 ターロイは背負っていたハンマーを手にした。






 林道を進むとすでに辺りには血の臭いが漂っていた。

 そして、道ばたに人がぽつぽつと倒れている。そのほとんどが追い剥ぎの仲間だが、そこに二人ほど上等な鎧を着た兵士がいて目を瞠った。


 王国軍の近衛兵だ。


 何でこんなところに。

 思わぬ異常事態に気を締める。これは、ただの追い剥ぎではない。

 山賊ごときに精鋭である近衛兵がやられるわけがないのだ。

 ターロイは足音を消して、さらに進んだ。





「ふ、不届き者! わたくしを誰だと思っているのですか!」


 ようやく木々の向こうに賊共の背中が見える。

 そこに聞こえてきたのは、少女の震える声だった。

 もうその周囲で戦っている様子はない。護衛は全員やられたのだ。


 味方がいない中、それでも気丈なその声に、ターロイは聞き覚えがあった。


(ジュリア姫……何でここに?)


 彼女は国王サイの妹だ。こんなところに居ていい人物ではない。一体王宮で何があった?


「お前が誰かなんて知らねえな。さあ観念しろ。身ぐるみ剥いで売り飛ばしてやる」


 賊のリーダーだろうか、髭面の大男が彼女の正面で下卑た笑みを浮かべている。そこにいる全ての視線と意識が少女に向かっている隙に、ターロイは道から外れ、木々の合間を通ってジュリアのそばに近付いた。


「おかしら、こいつは殺せっていう依頼でしたぜ」

「なに、売っちまえば分かりゃしねえよ。どこの偉いとこのガキか知らないが、せっかく良い金取れそうな面してんだ、このまま剣で切り捨てんのはもったいねえだろ」


 依頼、と言ったか。

 確かに、ただの追い剥ぎでこの大人数は集めまい。相応の金を出して、賊共に彼女らを襲わせた奴がいるのだ。

 ジュリアが国王の妹ということを考えれば、教団の仕業と考えるのが妥当だろう。


 ターロイは賊のリーダーと、その他の何人かが持っている武器を見て、自分の考えが間違っていないことを確信する。


 奴らの持つ妙な光を帯びた武器は、前時代の遺物……教団が管理しているはずの、充魂武器だった。

 道理で腕の立つ近衛兵が、数が多いとは言えこんなごろつき共にやられたわけだ。


 充魂武器とは前時代でも貴重だったオリハルコンで作られた武器だ。ドワーフ族が作った特殊な魔法武器で、魂のエネルギーをチャージして使う。

 威力は使用者の力量によるが、それでも普通の武器や鎧ではそうそう太刀打ちできない。さすがに近衛兵も初見では対応できまい。


 ……しかし、俺なら。


 前時代からの充魂武器の知識と、破壊点を見る力でどうにかできる。持っているハンマーはただの鉄製、オリハルコンを砕くことはできないが、それでも十分勝てる。

 あんな危険なもの、こんな阿呆共の手に渡しておくわけにはいかない。


(これを依頼した人物を訊いたところで、どうせこいつらは知らないだろう。ターゲットが王女なのも分かってないようだし)


 するべきことは、王女の救出。充魂武器の回収。それだけだ。


(……全員殺しても問題ないな)


 しかし一応マントのフードを深めに被り直す。万が一離れたところで、この動向を見張っている教団の人間がいると厄介だ。

 グレイの付き人だとバレると、彼に迷惑が掛かってしまう。教団にいる時とは表情も雰囲気も違うから、ぱっと見くらいではバレないが。


「とりあえず、この高そうなペンダントから頂くか」

「きゃっ! やめて、返して! それは母様の形見の……」


 大男が少女に近付いて、その首に下がっていたペンダントを無造作に取り上げる。細い鎖はあっけなくちぎれて破片が落ちた。


「白銀と宝石か。これは高く売れるぜ。ん? この紋章は……」


 リーダーの男はすっかり仕事を終えたつもりで気を抜いているようだ。地面に充魂武器を刺し、両手でペンダントを眺め始めた。


 他の人間とリーダーの間に距離が空き、武器を放したタイミングを、ターロイが逃すはずもない。独りで戦っていくのなら、リーダーを最初に潰すのは鉄則だ。躊躇はいらない。


 頓着のない一歩を踏み出して姿を現したターロイに、一瞬その場にいた誰もが動きを止めた。


 ターロイはその隙に大男が光にかざしていたペンダントを奪い取る。そして逆の手に持ったハンマーで、男の腹部を軽鎧の上から強めに打ち付けた。


「砕破」

「ぐぎゃっ……!」


 鎧が砕け、リーダーの男は白目をむいて仰向けにひっくり返り、そのまま泡を吹いて動かなくなった。


 その展開に驚き、誰も声を発しない。突然現れた男に頭を倒された賊共は、半ば呆然とその視線を死体に向けている。


 その間に、ターロイはジュリアに奪い返したペンダントを投げ、


「後ろを向いて、耳を塞いでろ」


 と指示をした。

 一度ぽかんとこちらを見上げた彼女だったが、すぐに慌てて従う。それを確認して、ターロイは王女を背中に庇うように賊の方を向いた。


「いつまで呆けているんだ、ゴミ共。全員殺してやるから掛かってこい」


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