ミシガルから野営地へ
「若い司祭の男がモネに? 単身でってこと?」
「護衛はいたみたいですよ。でも、忍んできたという様子だったとか。どうも、その特徴を聞くと、あの男みたいなんですよね」
教団には司祭は多くいるが、若いと称されるとなると、数はぐっと減る。そして、グレイがターロイに向かって、『あの男』で通じると思っているとなると、一人しか浮かばなかった。
「……サージか」
「おそらく勝手に私を襲撃したことを怒られて、父親である司祭あたりがモネに一旦逃がしたんでしょう。本部にいると、周りのおっさんたちにチクチクいびられますからね」
「過保護……もあるんだろうけど、今は下手に刺激して逆上されると、サーヴァレットが怖いからだな。全員がそのことを知っているわけじゃないだろうし、知らない奴がサージをつついたら大事だ」
だからサイ復活の一連の攻防にサーヴァレットが絡んでこなかったのだ。これはこちらにとって勿怪の幸いだった。
「彼のモネでの評判はすこぶる悪いようです。しかしまあ、街中だと教会と酒場くらいにしか現れないらしいので、そこには近付かないように行きましょう」
「そうだな。サージと事を起こすのは得策じゃない。あいつは不死身も同然だし、相手をするだけ損だ。モネでは物資を補充して一晩泊まるだけで、とっとと通り過ぎよう」
ターロイは言いつつリュックを背負った。
モネに行くには途中で野宿をする必要がある。いくつか野営地があるはずだから、今日はまずそこを目指さなければいけない。
「スバルとユニも、いつまでもはしゃいでないで、行くぞ」
「はいです。水筒も持ったし、レッツゴーです」
「みんなに遅れないよう、頑張るね」
四人で連れ立って、ミシガルの城門を出る。
南西に伸びる街道がモネまで続く道だ。大きな街同士はこうやって全て街道で繋がっているので、道に迷うことはない。
行商人も多く往来している。おかげで街道には盗賊も多いが、途中までは治安の行き届いたミシガル管轄だ。とりあえず、今日の野営はミシガルの領地内で済まそう。
「そういえば、ひよたんは連れているのですか? ユニの肩には乗っていないようですが」
しばらくのんびりと歩いていると、前を行く少女二人を見ながらグレイが訊ねた。
ターロイはいつもユニにひよたんを預けっぱなしなのに、今はそこにいないから気になったようだ。
「今は俺のポーチの中にいる。魔道具だし、外に出して歩くのもどうかと思って」
「ひよたんはぱっと見ちょっと変種のひよこですから大丈夫ですよ。ここでは、外に出しておいた方が役に立ちます。獣人族の文献で色々使い道が判明したんですよ」
「それ、道中でするって言ってた、面白い話のひとつ?」
「そうです。ほら、ひよたん出して」
グレイに急かされてポーチを開くと、ひよたんがひょっこりと出てきた。狭いところに入れていたから少し羽毛にクセがついてしまったのを、撫でて直す。
相変わらずふわふわだ。
ひよたんはターロイの腕を伝って肩に乗ると、そのまま飛んでユニの肩に飛び移った。
それに気付いたユニが、こちらを振り返る。
「あれ、ターロイ。ひよたんはボクが連れてていいの?」
「……あー、うん。そいつはユニのところがいいらしい」
最初にユニを守るように命令したせいだろうか、ひよたんはすぐに彼女のところに行ってしまうようだ。……別にいいんだが、ひよたんは契約者の性格の影響を受けるというから、何となく体裁が悪い。
俺、少女嗜好はないと思うんだけど。
「ひよたんがユニのところに行ってしまうのは仕方がないですよ。エルフ族は人間族に比べて多量のマナを持っていますからね。ひよたんもマナを消費する魔道具。ユニのところにいれば常にフルチャージになれるのです」
「あ、そういうこと」
少し思い悩んでいると、グレイに解説されて安堵した。特に性癖の問題ではないようだ。
「ユニのところにいても、ひよたんの使役者はあなたです。命じればすぐに動きますよ」
「命じるって、何を?」
「ひよたんが使えるのは、形態変化なしの今の状態なら『取ってこい』と『虫採取』『羽毛布団』、形態変化した状態なら『上空からの偵察』『戦闘』『合体』『逆使役』ですね」
つらつらと並べられたけれど、よく分からない単語がある。そして、分かる単語だけれど意味不明なものも。
「形態変化する時は主に戦闘だよな。そっちは置いておいて、変化なしの時の命令について詳しく頼む」
「基本的に字面通りですよ。『取ってこい』は、手の届かないところにある物なんかを取ってこさせる。『虫採取』は虫を採取。『羽毛布団』は羽毛布団になります」
「虫を採取……。何だろう、それを使って釣りでもしろってことか?」
「そうかもしれませんね。獣人族は釣りが上手いらしいですし。人間族と違って農業をしませんから、彼らは狩りか釣りをして、木の実山菜を採るというのが普通だったようです」
「『虫採取』……、役に立つような立たないような……。それで、『羽毛布団』っていうのは?」
「ひよたんが羽毛布団になるんですよ。それ以上説明のしようがありません」
「うーん、ある意味一番実用性がある、のか……? まあ、今晩の野営で使ってみるか……」
少し拍子抜けする能力だ。でも、アカツキが持っているくらいだし、やはりひよたんは戦闘向きのアイテムなのかもしれない。
「それから、ひよたんは学習能力があるようです。使えば使うほど、あなたの戦い方の癖や傾向を覚えていき、的確なフォローをしてくれるようになるらしいですよ」
「へえ、それはすごいな。そんな獣人族の稀少アイテムが、よく人間の俺と契約なんかしてくれたな……」
何とはなしに呟くと、隣のグレイが一瞬だけ黙った。
「……まあ、その辺もね。物事には因果があるので。次第に判明していくでしょう」
「……何? 何か知ってんの?」
「まだ私の中でも仮説状態です。実地検証とトライアル&エラーが必要ですので、今は内緒です。はっきりしたら教えてあげますよ」
グレイがそう言って口を閉ざし、結局この話はここで終いになってしまった。
その日の夕暮れを過ぎた頃、四人は目的の野営地に到着した。
他に旅人はいないようだ。前の使用者が残していった焚き火跡と石かまどをきれいにして、火をおこす。
そしてテントを立てると、その中に荷物を置いてから、外で調理を始めた。
「ターロイがご飯を作るですか?」
「ああ。簡単な物しかできないがな。他に誰か料理できればいいんだけど……スバルはどう?」
「スバルは焼き魚しかできないです。基本は生肉、生魚、木の実と山菜もそのまま頂く野生派ですから。食料調達なら得意ですけどね」
ですよね。
「ユニは?」
「お料理、勉強中です。拠点の厨房で、カジタさんに教えてもらってるとこ。でも、まだ包丁持たせてもらえなくて……卵焼きと目玉焼きしかできないの」
「そうか。じゃあこれからだな」
そして言うまでもなく、グレイも駄目だ。薬品の分量なんかはきっちり管理できるくせに、調味料の計量ができない。武器でナイフを上手く扱うくせに、食材はボロボロにする。わざとやってるのかと思うレベルだ。
結局自分がやるしかない。
ターロイは手際よく干し肉をナイフでカットしてスープに入れた。
ミシガルで買ってきたキャベツなどを入れて煮込み、その傍らでソーセージとチーズを焼き、パンに挟む。
それにリンゴを切って付ければ、今日の夕食のできあがりだ。
「美味しい! スープに干し肉のダシが出てていいお味です~」
「ホントだ、美味しい。ターロイって料理もできるんだね」
「こういう旅の料理だけな。本格的なのはしない」
「旅の料理だけ?」
首を傾げたユニに、ターロイの代わりにグレイが答えた。
「昔、私が医療術士としてあちこちの村を月に一回程度巡回してた事がありましてね。それに連れ歩いてたら、いつの間にかターロイの旅料理スキルが上達してたんですよ」
「……だってグレイの飯、酷かったからな……。俺がやらないと味覚障害おこしそうなレベルだった」
その頃を思い起こすと今でも胸焼けがする。グレイは一人で回っていた時、よくあれで平気だったな。
そう回顧して、ふとターロイは疑問を抱いた。
「そういや、いつの間にか巡回行かなくなったよな。何で?」
その質問に、グレイが少し困ったように視線を逸らす。
その様子が何故かとてもターロイの胸をざわつかせた。
「……行く場所がなくなってしまったからです」
その言葉から至った自身の推論に、思わず閉口する。
食事の席で、ユニたちの前で、それを確認するのがはばかられたのだ。
行く場所がなくなった。それはつまり。
あの頃巡回していた村が、ヤライの村のように全部燃えてなくなったということか、なんて。




