ディクトの部隊
「指弾……って、石礫とか鉄の玉とかを指で飛ばして攻撃する、あれか?」
「そう、それ。ハイザーと戦うときさ、指弾ってほぼモーションが無いから、使われたら面倒だと思ってたんだよ。逆に考えれば、味方にいると役に立つんだ。お前、自分の身体を細部まで思い通りに動かせるだろ。コツを掴めばすぐに覚えられると思うんだけど」
「……俺、無理だよ。あれって結構威力あって、使い方によっては人も殺せるんだぞ。臆病な俺なんかにできるわけないじゃん」
おっと、出た卑屈虫。しかし、攻撃ばかりが目的じゃない。
「武器としては無理だろうが、補助的な使い方ならできるだろ。例えば敵の手を狙って持ってる武器を落とさせるとか、辛子やわさびで作った目潰し弾や胡椒弾を使って敵を怯ませるとか」
「ああ、まあそれくらいなら……」
「コントロールと力の制御ができるなら、少し離れたところにいる味方に、敵の間を縫って回復薬なんかを渡すのにも使える。お前でも積極的にみんなの役に立てるぞ」
これだけできれば結構すごいことなのだが、持ち上げても反発するのは分かっているから、何でもない端仕事のように言う。
「やる気があるのなら、拠点に戻った後、ディクトたちの練兵組に入って特訓してもらう。どうだ?」
「はい。やります」
だめ押しにディクトの名前を出すと、ハヤテは即頷いた。こういう点では本当に扱いやすくてありがたい。
「さすがにディクトも指弾術を教える事はできないだろうから、お前の我流で構わない。まずは味方にアイテムが正確に渡せるだけのコントロールを重要視してくれ。威力とモーションの低減は後回しでいい」
「はい、了解」
指示を了承したハヤテは、それからわずかな時間で今日の日誌を書き上げると、ノートを閉じた。そして、再度立ち上がる。
「おい、しれっと移動すんな。ノート書き終わったんならそのまま寝ろ。俺も寝支度をしたらすぐに灯りを消すからな」
「ちっ……了解」
ターロイは再びディクトの方に行こうとしたハヤテを牽制した。それに渋々と従った彼が、ベッドに入るのをしっかりと見届ける。
……もう寝ている周囲に気を遣ったのか、ベッドの軋みどころか布団に潜るのに衣擦れの音すらしないのが見事だ。
……これ、夜中に起き出して移動されても、絶対気付けないな。
翌朝、目の下にクマを作っていながらも妙に上機嫌なハヤテに、ターロイは敢えて突っ込みは入れなかった。
午前から王宮の警備をしていると、続々と元兵士と思われる人間がやって来た。
ターロイたちは王宮の外の敷地を見回っているから中の様子は分からないが、きっと旧知の者たちが再会を喜び合っているのだろう。
王宮内は今までにないほど活気に満ちていた。
「この分なら、今日明日中に俺たちはお役御免かもな」
「いいんじゃね? 俺は王都にいると落ち着かなくてなあ。早く拠点に帰りたいわ」
ディクトとハヤテはマントのフードをかぶっている。昼間は特に街の人の目が気になるのだろう。それに元教団員。王宮にいるのも場違いな気がするのかもしれない。
それからしばらく警備を続け、順番に二人ずつ昼休憩を取る。
まずソウマとリョウゼンが、次にディクトとハヤテが休憩を取って、最後にターロイとスバルが軽い食事をしに王宮に入った。
兵士用の厨房にはまだ調理人がいないから、王宮の厨房で作ってもらった軽食を大食堂の片隅で頂く。
昨日までは閑散としたものだったが、今は王国軍の鎧を着けた人間であふれていた。
「王国軍の人間が随分集まってきたですね」
「これからは街中の巡回警備や検問なんかも王宮の仕事になるからな。相応の人数が必要なんだろう。……ただ、王都に戦力が結集すると、教団とぶつかってしまいそうなのが心配だが」
今までの王国軍は多勢に無勢、勝ち目がなくておとなしくなりを潜めていたけれど、これだけの戦力を持つとなると状況は変わるだろう。
教団も好戦的になるだろうし、おそらく小競り合いは今までより格段に増える。
王国兵も、今までの鬱憤が溜まっているだろうから尚更だ。
その小さな火種でも大規模戦争の引き金にならないとも限らないのだから、サイの冷静な判断力が肝となるに違いなかった。
「お前たちも今食事か。周囲の警備を任せっきりですまないな」
そこにウェルラントが現れた。彼もこれから遅い昼食のようだ。
厨房からプレートを受け取ると、そのままこちらに来て、近くの席に腰掛けた。
「これだけ兵士が増えれば、もう俺たちお役御免じゃないのか?」
ターロイがスープを口に運ぶウェルラントに訊ねる。
彼はその最初の一口をじっくり味わって嚥下して、それから口を開いた。
「まあな。だがその前に一つやってもらいたいことがある」
「やってもらいたいこと?」
「お前たちにはずっと敷地内を回ってもらっていただろう。そこで気付いた警備の穴を教えて欲しい」
「ええ? 警備の穴って言われてもな。そんなの、王国兵の方が毎日見てるだろうに、何で俺たち?」
不思議に思って訊ねると、ウェルラントは少し声を潜めた。
「そっちに防衛のスペシャリストがいるからだ」
「防衛のスペシャリストって、誰が? ……あ、もしかして危機回避能力のあるハヤテのことか? ディクトが警備に連れて行くならあいつが役に立つって言ってたし」
「彼もそうだ。でも彼だけじゃない。……お前が先日言っただろう。ディクトとハヤテが元教団員だって」
ああ、確かハイザーに関する話を聞くのに、ウェルラントに二人の前職を教えたっけ。
「それが?」
「気になって彼らの事を調べさせてもらった。……そしたらディクトは、ソードマン部隊の第二小隊隊長をしていたというじゃないか」
「第二小隊……」
「ん? それって強いのですか? ディクトってすごく強いってイメージじゃないですけど」
確かに、ディクト自身の強さは、並の上程度だ。しかし彼は部下に恵まれていたと言っていた。だからそれを育成し、まとめる力を持っているのだとは思っていたけれど。
「教団の小隊は何十個もある。その中でも、第一から第五までの小隊は別格だと言われているのだ。彼はその第二隊長だった。……お前も知らなかったのか」
「ディクトは昔のことあんまり話したがらないからな……。しかしまさか、そんな上位の隊を率いてた男だとは」
拠点のマスコットになるとか言ってるような男が。
ターロイが少し戸惑っていると、ウェルラントがさらに声を小さくして続けた。
「……実は昔、まだアカツキの祠に結界を張っていなかった頃、教団が忍び込んできたことがあってな」
あれ、その話、聞いたことがある。確かディクトが参戦していたと……。
「忍び込んできた部隊は、第一小隊と第二小隊による、少数精鋭の混成部隊だった。指揮を取っていたのは第一小隊の隊長だったらしい」
「ディクトは第一小隊隊長の指揮下だったってことか」
「基本、教団のランクは腕力の強さで決まる。賢い奴は上が扱いづらいからだ。例に漏れず第一小隊の隊長は、力は強いが脳筋だった。普段は大隊で動くから司令官が別にいるのだろうが、その日はそいつの指揮で、まあ、相手をした私が言うのも何だがお粗末な采配だった。個々の戦闘力は高かったのだがな」
ウェルラントが肩を竦める。
「第一小隊はほぼ壊滅させた。……が、第二小隊は途中で速やかに撤退戦に入った。そして、かろうじて第一小隊の隊長を回収したあと、そのまま逃げおおせたのだ。私があそこで侵入者を逃がしたのは、後にも先にもその一度だけだった。……それがあいつらだ」




