もう一つの作戦
結局サイを王宮に残したままウェルラントたちは出発し、ターロイたちは国王の護衛に残ることになった。
サイの自室は盗聴されていないことがわかっているから、とりあえずそこに集まる。
一応、ハイザーの行動が漏れ聞こえるかもしれないと考えて、スバルだけハイドの部屋で待機してもらった。敵がこちらの予測通りに動いてくれるといいのだが。
「君は、ウェルラントたちがハイザーを騙しきって倒せると思うか?」
椅子に座ったサイが、ターロイに訊ねる。その言い方は、彼らが騙しきれないだろうと思っているようだった。
そして、それはターロイも同じだ。
「正直俺は難しいと思います。ハイザーは刺客部隊を率いているだけあって、警戒心も猜疑心も強いようです。サイ様が馬車から降りて顔を出したのを見ないかぎり、ウェルラントたちに近付かないのではないかと」
「私……余も、そう思う。あの後何度も余を囮として連れて行けと言ったのだが、ウェルラントとハイドが首を縦に振らなくてな。どうやらハイザーを倒しきれなくても、刺客部隊の戦力を削いで脅威が減ればいいと考えているようだ」
やはり、彼らとこちらの教団に対するスタンスが微妙に違うのだ。
それならば、こちらはこちらで動きたい。
実はターロイの頭の中にはもう一つ、ハイザーをおびき出す策があった。
そしてもちろん、この策にも餌としてサイが必要だ。……今なら、彼を使うのに邪魔は入らない。もちろん本人の承諾はいるけれど。
「……サイ様。俺はハイザーを今日、この機会に討ち取りたいと考えています。そこで、お願いがあるのですが」
あらたまってサイに告げると、何故か彼は機嫌よさげに口角を上げた。
「うむ。ウェルラントが君を余の護衛に残してくれたのは僥倖だった。……余も、あの男はこの機会に排除したいと思っていたのだ。さあ、今ここには過保護な臣下はいない。余は何をすればいい?」
何とも話が早い。ターロイが頼み込むまでもなく、彼は囮になる気満々のようだ。
きっと、仲間を危険に晒しておきながら、自分ばかりが安全なところにいる、ということが性に合わないのだろう。
だったら問題ない。ありがたくサイを作戦の囮に使わせてもらおうじゃないか。
「ウェルラントたちのところから逃げられる前に、ハイザーだけをこちらにおびき出します。サイ様にはその餌になっていただきたい」
「いいだろう。復権したてで自分を『余』というのにもまだ慣れないような状態だが、この国王の肩書きは餌にするだけの価値がある。この利用できるせっかくの肩書きも、使わねば価値がないも同然だ」
力強くサイがターロイの言葉を快諾する。
ちょうどそのとき、扉が開いてスバルが入ってきた。
「ターロイ、予想通り、ウェルラントたちと敵が遭遇したです。戦いが始まったですよ」
「それはちょうどいいな。刺客部隊はウェルラントとハイドの方に差し向けられるだろう。ハヤテの話からして、ハイザーの部隊は後方で様子を見ている。その部隊だけをこっちにおびき出すぞ」
ターロイはサイを伴って、再びハイドの部屋に来た。
稀少なものだからだろうけれど、共鳴石をハイザーがずっと持ち歩いてくれているのがありがたい。
後方で戦いを遠目に見ているのなら、共鳴石から聞こえるここの会話にも気付いてくれるだろう。
二つ目の罠を掛けるため、ターロイは口を開いた。
「サイ様、馬車に身代わりを乗せてご自分は降りてしまうなんて、ウェルラント様とハイド様に気付かれたら怒られますよ」
「いや、考えてもみろ、ターロイ。あの二人が守っているだけで、余が馬車に乗っているのがバレバレだろう。教団に見つかったら襲撃されてしまう。……ミシガルには別ルートで、山を越えて行くつもりだ。護衛を頼む」
共鳴石からサイの声がすれば、きっとハイザーはこちらに意識を向ける。ターロイはそこに更に餌を乗せた。
「随分たくさんの金貨を持って行かれるのですね。護衛は俺の一部隊だけだというのに、大丈夫ですか?」
「ミシガルにいる間、何かと入り用だろう。ウェルラントは負担すると言うだろうが、ジュリアもいることだし、払えるものは払いたい。どうせこの人数で山越えなんて、誰にも気付かれないだろうし、少しくらい大金を持ち歩いても平気だ」
ハイザーはターロイのことを知らない。
無名の一部隊だけでサイを守り、おまけに大量の金貨を持っているなんて、カモがネギを背負っているようにしか見えまい。
そして強欲な男だという話だから、戦利品の分け前が減らないように最低限のお供だけしか連れて来ないだろう。
ハイザーの油断を引き出せれば、サイを守りながらでも、十分に勝てる。
「サイ様、徒歩で行くとなると、急いでここを出なくてはいけません。山で野宿するのも危険ですし、すぐに出ましょう」
「そうだな。準備はできている。急ぎ山へ向かおう」
そこで話を締めて、二人は部屋を出た。
ここからはゆっくりしている暇はない。
ハイザーがこの話を聞いて動き出したら、向こうも徒歩だとしてもいつ追いつかれるか分からないのだ。
すでにディクトたちは外に待機させている。
合流して急いで山道に入らなければ。
「この辺りでいいか」
山道に入ってすぐ、森の入り口で、ターロイは足を止めた。
ハイザーを迎え撃つためだ。
「ハヤテ、サイ様と一緒にいてくれ。状況を見て危険そうなら連れて隠れて」
「……わかった」
戦えない男でも、このビビリによる危険察知能力は十分役に立つ。逃げるのも隠れるのもお手の物なのだから、重要人物を預けるには適役と言えた。
昔仲間を置いて逃げたというのは引っかかるが、余程こちらが不利な状況にでもならない限り大丈夫だろう。
「自分たちは暗い森を背にして、敵は隠れようのない草原側に立たせるのか。良い陣取りだな」
ディクトがそう言って、弓兵のリョウゼンを森の中に隠れさせた。
剣士のソウマはハヤテとサイの手前に置いて、二人を守らせる。
前衛には、ターロイとスバルとディクトが出た。
そこからさらにターロイだけが前に出る。
その配置を確認していると、不意にスバルが何かを見つけて動きを止め、前方を凝視した。
「こちらに誰かが向かってくるですよ、ターロイ。三人です。油と炎の臭いがするですから、ウェルラントたちのところから来た人間に違いないです」
「そうか。しかし三人とは、随分少ないな。全く、見くびられたものだ」
スバルに遅れて、ようやく自身の目でも月明かりの下、こちらに向かってくる黒づくめの三人が見えた。間違いない、真ん中の男はハイザーだ。
男たちは待ち受けていたこちらに気がついて、少し離れたところで足を止めた。マントフードをかぶっていないのは、全員殺すつもりで、バレても関係ないからだろう。
「そこに国王がいるな。ここで消えてもらおう」
暗がりに目をこらし、ハイザーはサイを見つけてニヤと笑った。
どうやらすっかりこっちを追い詰めたつもりでいる。おびき出されたことにはまだ気付いていないようだ。
ジュリアを連れていない時点でこの出立が罠だと察してもいいのだけれど、男の頭の中にはサイ暗殺と金のことしか入っていないに違いない。
ハイザーは自身の優位を確信したまま、言葉を続けた。
「国王を二代続けて殺したとなれば、きっと教皇様もお褒めくださる。今度は妙な薬で蘇生できないほどぐちゃぐちゃに殺してやるぞ」




