行動開始
朝食を食べ終わると、ターロイは単身でミシガルに向かった。
今日の昼前には王都からの早馬が来るはずだ。表立った準備はまだできないが、ここからは綿密な行動配分が必要になる。
騎士団が午後にミシガルを出れば、今晩には拠点に到着し、うちの宿駅も忙しくなるだろう。
「昨日の夜、サイ様に毒を飲んでいただいた。もうすぐ王都から連絡が来ると思う」
いつものように人払いをした執務室でウェルラントに報告をすると、彼はもともと端正な表情をさらに引き締めた。
「そうか、よくやってくれた、礼を言う。教団もなかなか死なないサイ様にいらいらしていただろうから、そこから解放された分、こちらの多少無理な葬儀日程にも付き合ってくれるだろう。ここからが勝負だな」
ウェルラントが自分に言い聞かせるように頷いている。
「それから、サイ様の希望で、今回の服毒は侵入者による暗殺に見せかけてある。ハイドあたりが無茶をしないか気に掛けてやってくれ」
「わかった。……しかしハイドには悪いが、これで構図がすっきりして、やりやすくなる。『教団がサイ様を殺した』これが教団と王宮の共通認識になったわけだからな。我々を除いて誰も嘘を吐いていないのだから、バレるリスクはもうない」
そう言ってウェルラントは一枚の紙を取り出した。
そこには人の名前とタイムラインを紐付けた指示が書いてあった。
「今日、王都からの早馬が着いたら早速この五人をお前たちの宿駅に向かわせる。明日は、葬儀の準備のために十五人。明後日にジュリア様と私を含めた十人。我々が王都に着いたその日のうちに葬儀を……戴冠式を、強行するつもりだ」
「了解。……しかし、国王の葬儀だし、他の街の領主も参列させるんだろう? そいつらには連絡間に合うのか?」
グラン王国には王都、ミシガル、インザークの他に、モネとガントという大きな街がある。そしてその周りに小さな村が点在していた。
さすがに急いで村長まで呼ぶ必要はないだろうが、街の領主は来るだろう。
そう思って訊いたのだが、ウェルラントは首を振った。
「前王が亡くなって以来、各街の領主はほぼ教団の息の掛かった者に取って代わられた。領主や街の名士に一応通知は出すが、どうせ理由を付けて来ない。待ってるだけ無駄だ」
「……それだけ国王の権威が落ちてるってことか」
「悪いことばかりではない。こういうときこそ義を重んじる人間を見分けるのに役に立つ。時間的に、通知を受けてすぐに準備をして出立しないと間に合わない日程だ。それでも駆けつける人間は信用できる」
確かに、現在の王宮の状態はどん底と言っていい。それでも国王を敬うという義心ある人間でなけれは、わざわざ現れないだろう。
まあ、教団側の人間が少ない分には問題ない。
「あんたたちが王都に行くときは俺も行くつもりだが、式に何か手助けは必要か?」
「式が終わるまでは必要ない。どちらかと言えば大変なのはその後だ。無理矢理権力を返上させられた教団が黙ってはいないだろう。……お前にはそこから臨機応変に動いて欲しい。私は基本的にサイ様とジュリア様の護衛に付きっきりで、動けなくなるからな」
「そうか、わかった。……教団も、さすがに即日兵を挙げて攻めてくるような愚行はしないだろうが、刺客を差し向けてくることは十分にあり得るもんな。できるだけそっちに辿り着く前に俺が仕留めるよ」
「頼む。とりあえずサイ様の動ける体制を整えてしまえば教団も容易には手を出せなくなるから、それまでの辛抱だ」
ウェルラントは戴冠式どころか、すでにサイが統治を始める体制まで周到に考えているようだ。
前王を暗殺された無念を知っているこの男は、今度こそ国王を護りきるために力を尽くしているのだろう。
これならきっと上手くいく。
「ところでターロイ、王都には他に誰を連れてくるつもりだ?」
「え? 一人で来るつもりだけど」
「それじゃ交代で休みも取れないだろう。一日二日で帰れる任務じゃないぞ。私と一緒に王都に入るなら手形も必要ないから、誰か仲間を連れてこい。できればスバル、それからディクトたちも」
「ディクトたちも?」
スバルは分かるとして、彼らも連れてこいとは。以前は山賊をミシガルの街に入れることを渋っていたくらいだったのに。
疑問に思っていると、ウェルラントは背もたれに身体を預けて腕を組んだ。
「最近、彼らは安価でミシガルからの行商隊の護衛をしているらしいじゃないか。行商人たちの間でとても評判が良い。戦力もなかなかのものだとか」
「でもまだできたばかりの部隊だ。前線に出すのは難しい。それにスバルも……。あんたも分かってるだろう。俺は狂戦病持ちだ。仲間に何かあったら、いつ発作が起きて周囲を皆殺しにするか分からないんだぞ」
脅しではなく真面目にそう言ったが、ウェルラントは平然と返した。
「その点は心配ない。応戦のためというよりは、警戒のために人員が欲しいだけだからな。スバルがいれば離れたところからでも音や臭いで敵の接近を察知できるから危険も少ない。ディクトたちには敵の牽制を兼ねて、敷地内の見回りをしてもらうだけだ」
それならまあ、確かに戦う可能性は低いかもしれない。
それに今後のことを考えると、王国軍に部下たちの顔と恩を売れるのは大きい。
そうだな、多少のイレギュラーが起こっても、自分が対応すればいい話か。
それだけ連れ出すと拠点の守りが薄くなってしまうけれど、今はグレイがいるから大丈夫だろう。
「……分かった。あいつらも連れていこう」
「ありがとう。助かる」
そうして話がまとまったところで、屋敷の外から馬の駆る音といななきが聞こえてきた。
それに二人で窓の外に目をやる。
間違いない、王都からの早馬だ。
「……来たか。では行動に入るぞ」
「了解」
ターロイは早馬の報告が来る前に執務室を出た。
できる準備は全部しておかなくてはいけない。ディクトたちにも出立の用意をさせなくては。
屋敷を出る前に、グレイに頼まれた古文書を書庫から五冊借り出してから、ターロイは転移方陣に向かった。
「俺たちも王都に?」
王宮警備の話をすると、ディクトは少し困った顔をした。
「前も言ったと思うけど、俺王都で顔バレしてんだよ。あんまり昼間に動きたくないんだよなあ」
「王宮の敷地内しか歩き回らないから、一般の住民に見られることはないだろう。気になるならマントをかぶっていればいい」
「マント……それしかないか、仕方ないな。それで、王都には部隊の五人とも連れて行くのか?」
現在ディクトの下で練兵しているのは剣士が二人、槍・斧・弓使いがそれぞれ一人。見回り警備だと考えると、全員は要らないかもしれない。
「スバルもいるし、ディクトと、剣士のどっちかと弓兵の三人でいいだろう。他はここの守りに残していく。出立は三日後。ウェルラントたちに従軍する予定だ。部下にも伝えて支度をしておいてくれ。頼んだぞ」
それだけ告げて、次はスバルに話をしなければと踵を返す。と、不意にディクトに呼び止められた。
「ターロイ、警備ならあいつも連れて行ったら?」
「あいつ?」
「ハヤテだよ。多分、俺たちより役に立つぞ」




