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ハヤテ

 その日の夜、ターロイはディクトを伴って転移方陣を使った。

 彼はそれに驚いたようだったが、元教団員だけあって、方陣の存在自体は知識として知っていたらしい。

 しきりに感心して便利がった。


「しかし、何でこの方陣、王宮の敷地内にあんの? 勝手に置いてて怒られない?」


「ここは人目につかなくて便利なんだよ。どうせ俺が近付かないと発動しないから、普通の人間は気付かないし」


 小声で会話をしながら、王宮を囲む塀の一部に穴を開ける。そこからこっそりと二人で外に出ると、壁は一旦きれいに再生した。

 再生の能力の方は拠点の細かい修繕ですでに何度か見せたから、さすがにもう驚きもない。


「さて、ハヤテの家の場所はグレイに聞いてきたから分かってるし、先に墓参りに行くか? せっかく花も持ってきたし」


「そうだな、そうさせてもらう。花束持ってハヤテの家に行ったら悪目立ちしそうだしな。……それに、もう長いこと来てなかったから、早めに挨拶したい」


 辺りは真っ暗だが、それでも用心してマントフードをかぶったディクトは、まっすぐに墓地へと足を向けた。


 彼は明言していないが、ハヤテも来ていることを考えると、あの墓に眠っているのはディクトの元仲間なのだろう。……教団側の墓地に入っていないことを考えると、きっとこれも訳ありだ。

 もちろん詮索するつもりはないけれど、ディクトの抱える過去は存外に重そうだった。


 墓地に入り、ディクトは迷い無く一番奥の壊れた墓に辿り着く。

 その殺風景で石塊のみが転がる有様に一瞬黙り込んだものの、すぐにそれぞれの墓のあった場所に花を供えて手を合わせた。


「……聞いて分かっちゃいたけど、ここまで見事に壊れてるとはなあ」


「何だったら、直してやるけど」


「いや、……今はいい」


 簡潔に断って、ディクトはしばし墓の残骸を眺めていた。

 少しだけ、彼のまとう雰囲気が違う。どこか冷えた視線と表情。多分ディクトの中にある、安易に触れてはいけない部分だ。


 ターロイは彼に付き合って、しばらく黙っていた。




「……あんた、本当に花を手向けに来たんだな」


 すると唐突に後ろから話しかけられて、驚き振り返る。


 見ればすぐ近くに、ハヤテがいた。またこんなに接近するまで気配に気付かなかった。家に行く手間は省けたけれど、心臓に悪い。

 その手にはまた酒瓶。


「あんたこそ、今日も来たのか。……もしかして、毎日?」


「ああ、まあ大体……。あれ、連れがいるのか?」


 こちらに背を向けているディクトに気付いて、ハヤテが首を傾げる。マントフードをかぶっているせいで、そこにいるのが彼だと分かっていないようだ。


 ……俺がディクトの正体を明かしていいものだろうか。


 ターロイがちらりとディクトを見ると、


「ターロイ! 逃げないようにハヤテを捕まえろ!」


「へ? お、おう!」


 唐突に指示されて、訳も分からずハヤテの腕を捕まえた。

 当然、ハヤテも驚き慌て出す。


「え? な、何だよいきなり!? ……そ、それに今の声……!?」


 ターロイの腕を振り払おうとしているようだが、見た目の貧弱さ通りすごく弱い。

 問題なく捕まえていると、近寄ってきたディクトが彼の前で足を止め、月の明かりの下、マントのフードを取った。


「……久しぶりだな、ハヤテ」


「や、やっぱりディクトさん……!」


 愕然としたハヤテの身体が、ガタガタと震えるのが伝わってくる。マジビビリしているようだ。

 その様子にディクトは苦笑した。


「そんなにビビんじゃねえよ。……ま、とりあえず生きてて良かった。また痩せたんじゃねえか? ちゃんと飯食ってんのか?」


 まるで子供にするように、その頭をわしゃわしゃと撫でる。するとそれだけでハヤテの震えが止まった。何だか久しぶりに再会した親子のようだ。


 そう言えばハヤテはかなり若いうちから刺客部隊に選抜され、以来苛められていたというし、こういう愛情ある育て方はされてこなかったのだろう。だとすれば、ディクトこそが育ての親のようなものなのかもしれない。


「……デ、ディクトさん、俺のこと恨んでないんですか……? 俺、最低で……一人だけあそこから逃げたのに……」


「恨んだりしねえよ。あの時の事情では仕方なかったし、正直お前が逃げてくれて良かった。……まあ、その話はお互いに横に置いておこうぜ。それより、ちょっと話があるんだ」


 ディクトは昔の話を早々に切り上げた。ハヤテへの気遣いからか、それとも彼自身がその話をしたくなかったからか、もしくはその両方かもしれない。


 自身の懸念を逸らされたハヤテは、突然心の重しを取り上げられて、目を瞬いた。


「俺に話? 何ですか?」


「それがな……ああターロイ、もう腕放していいぞ」


 言われて捕まえていた腕を放すと、ディクトはターロイを引っ張って自分の隣に立たせた。


「こいつが、お前を仲間に欲しいんだってよ」


「え? ……こいつ俺より年下ですよね? ディクトさんの部下でしょ? その下につけってこと?」


 まあ、確かに年齢的に見ればそうだし、さっき反射的にディクトの指示に従ってしまったから、そう思われても仕方がないか。

 特に反論もせずにいると、代わりにディクトが大きく首を振った。


「逆だよ、逆。こいつ、俺の今のボスなの。確かに歳はずっと下だけどさ、頼りになるんだぜ」


「あんたが、ディクトさんのボス!?」


 ハヤテが目を丸くしてターロイを見る。

 ボス、という呼び名は未だに納得していないけれど、訂正するほどのことではない。ターロイは素直に頷いた。


「ああ、ディクトは俺の配下だ。今日はあんたのことをディクトに聞いて、仲間にしたいと思ってきたんだ。あんたにその気があればだけど」


「こいつは教団の唐変木どもとは違う。優良物件だぞ。馬鹿みたいに強えし、部下の生活考えてくれるし、下の者の話も聞いてくれる。オススメするぜ」


 言いつつディクトがさっきハヤテにしたように、ターロイの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 すると、何故かハヤテが機嫌を損ねたようだった。


「……俺は、全然駄目な人間なんだよ。以前は上司がディクトさんだから何とか頑張っただけで。今更、他の人間の傘下に入ったって、やる気もないし何の役にも……」


「だったらまたディクトの部下になってくれればいい。その方が俺としてもありがたい。仕事の依頼は全てディクト経由ですればいい話だしな」


「俺の下? まあ、俺は構わないけど。……でも色々あった後で、ハヤテは俺とじゃあ精神的にやりづらいんじゃないか? ターロイの下になった方が……」


「え!? 待って、ディクトさんが許してくれるなら、またディクトさんの下で働きたいです!」


 ディクトの言葉に、間髪入れずにハヤテが突っ込んできた。

 この男、余程ディクトに懐いているのだろう。まあ、教団にいたときは、それこそ地獄に仏だったんだろうしな。



「そうか。じゃあ俺と一緒に来い。このターロイならお前の才能を有効に使ってくれるだろうし、欠点にも寛容だ。安心していいぞ」


「……ディクトさん、随分こいつを買ってるんですね」


 にこりと笑ってターロイの肩に手を回したディクトに、ハヤテがまた気分を下げたようだった。


「そりゃあそうよ。俺と手下を真っ当な道に引き戻してもらったし、やってることに筋が通ってるし、結構素直だし。ちょっとサドっ気が気になるけど」


「サドっ気は余計だ」


 べちんと肩に回されたディクトの手を叩く。

 それにハヤテが分かりやすくムッとした顔をした。


 ……こいつ、結構分かりやすいな。

 どうやらハヤテはディクトが自分以外の人間を褒めたり、自分より他人と仲良さそうにしているのが気に入らないようだ。

 まるで子供の独占欲。


 ディクトはこの男を卑屈で面倒臭いと称したが、思いの外扱いやすい人間かもしれない。



「じゃあ改めてまたよろしく頼むよ、ハヤテ。ほら、ターロイにも挨拶しな」


 促されたが、ハヤテは少し拗ねた様子で挨拶を渋った。多分ターロイより七・八歳年上なのに、中身はガキだ。その分かりやすさについ吹き出しそうになったけれど、どうにか堪える。


「よろしく、ハヤテ。俺はターロイだ。あんたの隠密スキルはすごいってディクトから聞いている。あんたの働きが良ければディクトの株も上がるから、頑張ってくれよ」


 代わりにこちらから先に挨拶をする。

 そこにディクトが褒めていたこと、働き次第でディクトに喜ばれることを含めれば、ハヤテは表情を明るくして即座に反応した。


「そ、そうか、わかった。ディクトさんのために頑張る。……よろしく」


 本当に、分かりやすくてありがたい。

 変に小賢しくないところも使いやすそうだ。


 これでサイの部屋に忍び込む件は何とかなるだろう。


 ターロイは二人でハヤテの出立の準備をするように言い残すと、その足で一人再びサイに会いに行き、今後の話を固めた。


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