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刺客探し

 ターロイがウェルラントと立てた計画を説明をする。

 どうせサイはずっと仮死状態でやることはないのだが、GOサインは彼に出してもらわないと始まらないのだ。


 葬儀から戴冠式への流れを説明すると、サイは納得して頷いた。


「なるほど、解毒にジュリアを使うのか。いい考えだな。正直、実はずっと元気だったなどと言ったら、ジュリアもハイドも国民も、私に多少の反発を覚えるだろうと思っていた。嘘を真にする演出は、私も乗っかろう」


「……やはりハイドには教えないんですか?」


「ああ。兄弟のように育ったせいで、ハイドは私のことになると嘘がつけない。今だって私が動けないと思っているから食事の世話くらいで済んでいるが、危篤を装いながらここに元気でいたら、本やら運動器具やら持ち込んできて速攻でバレる。表情や態度にもすぐ出るし」


 本当に、徹底している。王宮内でくらいバレてもいいのではと思うけれど、これほどの徹底ぶりだからこそ教団から必要以上に警戒されていないのだろう。


 教団はサイが病弱で先が短く、殺そうと思えばすぐにできると考えている。

 それはまもなく戴冠式で覆されるだろう。


「……しかし、この間と同じ毒薬では、仮死状態だと知られてしまわないか? ハイドあたりはすぐに気付きそうだ」


「グレイは今回の薬は強めに作ったと言ってましたけど。麻痺毒を合わせて、身体の生命活動機能を極限まで止めるらしいです。グレイ曰く、『見破れる人間はいない』と自信満々で」


「はは、怪しいなあ」


 サイは面白そうに笑った。不安そうな様子がないのは、余程グレイを信頼しているのか、肝が据わっているのか。




「ところで、私が薬を飲んでから葬儀を開催するまでに何日掛けるつもりだ?」


「できれば三日から四日でと思っています。ミシガルに早馬を飛ばして一日、そこから騎士団が移動になるので少し掛かりますね」


「そうか。まあ、できるだけ早めで頼む。……ハイドや王宮の部下たちに、あまり長く心痛を掛けたくないからな。まさか後追いをするような人間はいるまいが、ハイドあたりは思い込みが激しいから」


 小さく肩を竦めたサイは、ちょっと苦く笑った。やはり主君想いの部下をあざむくのは気が引けるところがあるのだろう。


「……ウェルラントやグレイは割り切っているが、君はこんなふうに側近まであざむく私をどう思う? やはり私がどこまで本当のことを言っているのか、疑心暗鬼になるだろうか」


 おそらく、彼だって本当は嘘などつきたいわけではないのだ。しかし、国王としての力を取り戻すためにはそんなことを言っていられない。サイは自分の選べる数少なく手堅い最善の手を打っているだけ。


 そう考えると、彼の嘘に嫌な感情は抱かない。


「俺にも嘘を言ってるかもしれないとは思いますが、サイ様の嘘は必要なものだと理解しています。……逆に嘘をつき続けているあなたの心の疲弊の方が心配になります」


 少し物わかりの良すぎる偽善的な回答だったかもしれない。

 しかしサイはターロイの言葉に一瞬目を丸くすると、すぐに柔らかく笑った。


「それは杞憂だ。私はかなり図太い男だからな。……でも、ありがとう。これはできれば信用して欲しいのだが、私がこうして味方を謀るのは、戴冠式が済むまでだ。……これ以上、黙っている気はない」


 そう言ったサイの力強さが頼もしい。

 彼は本当にしたたかで、国王らしい気概があった。

 病弱であったはずの彼が辣腕を振るい始めたら、きっと教団も大きく動揺するだろう。


「その日が楽しみです」


 王国軍が強くなってくれれば、ターロイの悲願である教団の壊滅もぐんと近付く。もちろん簡単なことではないけれど、その一歩としては十分に有効だった。




 不意にサイが大きく伸びをして、ベッドに戻る。そろそろハイドが戻ってくるのだろう。一番近しい者をあざむくのは大変だ。


「サイ様、あの薬はいつ飲むつもりですか?」


 布団の中のサイに訊ねる。


「それだがな。自分で飲んだらさすがにハイドに怪しまれる。空の瓶を捨ててる暇もないし。……ターロイがこっそり薬を盛りに来てくれるとありがたいんだが」


「ハイドの目を盗んでですか? 難しいな……。ここに来るまでは警備がスカスカだから平気ですけど、足音とか消せないですよ? 俺は隠密関係のスキルが無いから、ハイドに気付かれます」


 さすがに国王の近衛兵をしている男だけあって、その能力は優秀なのだ。さっきここに来たときも、部屋の外での足音でターロイが来たことを分かっていたふうだった。


「事故扱いとかに見せかけられませんか。少し身体が動くようになったと見せかけて、ハイドがいない間にベッドから落ちて打ち所悪く、みたいな……」


「間抜けっぽくて面白いな。でも駄目だ。その手の事故を装うと、ハイドが防げなかった自分を責めてしまう。どこの誰か分からない人間に殺されたなら、犯人を見つけるまでハイドも自暴自棄にはならないだろうから……。誰かいい人材はいないか?」


 隠密・暗殺系に特化した人間は、残念ながら自分が知る中にはいない。ウェルラントに相談しても、おそらく騎士団の対極であるそれ系は知り合いにいないだろう。


 だとすると、望みがありそうなのはグレイくらいか。


「……わかりました。拠点に戻ってちょっと探してみます。報告のために後でもう一度ここに来ますね」


「悪いな。できるだけ早めで頼む」


「了解しました」


 王宮の敷地内に転移方陣を書いておけば、すぐに戻ってこれる。

 ターロイは墓地に花を手向けるディクトとの約束は一旦横に置くことにして、戻ってきたハイドの淹れてくれたお茶を飲み終えると、拠点に戻ることにした。






 深夜ではあるが、グレイならきっとまだ起きている。

 ターロイは気にせず彼の部屋の扉を叩いた。


 拠点でのグレイは、客室棟の個室に入っている。今はきっとミシガルから借りてきた本を読みあさっているところだろう。


「グレイ。入るぞ」


「はい、どうぞ」


 すんなりと返事が返ってくる。それを受けてドアを開けると、思った通り、ランプを机の上に置いてこちらに背を向け、古文書を眺めていた。

 床の上には本の内容を訳して自分なりにまとめたらしい紙が散乱している。まあ、いつものことだ。


「王都で何か問題でもありました?」


 ペンを置いたグレイが身体を捩って振り返る。そしてついでみたいに一つあくびをした。


「……こんな時間に来ておいてなんだけどさ、ちゃんと寝ろよ。研究所にいたときは俺が指摘してたけど、これからは自分で生活管理しないと」


「はいはい、分かった分かった、用件をどうぞ」


 生返事で言う彼は、とっとと本の解読に戻りたいのだろう。

 それにちょっと呆れながら、それでも無視はしないグレイにほんの少しだけ感謝した。


「あのさ、隠密か暗殺系の知り合いいない?」


「……面白いこと訊きますね。私は教団で研究内容を盗みに来る隠密などと戦っていたので、そういう人間を知ってはいますが全員敵です」


 ……そう言えば、グレイは教団内に友達なんていなかった。


「そうか……。誰か、他に心当たりありそうな人いないかな」


「一体どうしました? 何でそんな者を探してるんですか?」


 訊ねられて、先ほどのサイとのやりとりをグレイに話す。

 すると彼は少し考え込んだ。


「……とりあえず、暗殺の方のスキルは無くても問題ないんですね。だとしたら、ディクトに相談した方がいいかもしれません」


「ディクトに? 手下の中から素質ある奴を選んでもらうのか?」


「それでもいいでしょうけど。盗人程度でいいのでしたら」


 グレイの言い方だと、他にもっといい人間がいるみたいだ。


「ディクトに、他に伝手が?」


「失敗できない侵入なら、きちんと指導・訓練を受けた者の方が間違いないでしょう。確かそういう人間が、ディクトの知り合いにいたはずです」


 指導・訓練を受けた者、ということは、組織立ったところの人間ということか。しかし、そんな組織は確か教団にしか存在しない。以前、ジュリアを送るとき襲ってきた刺客たちがそうだ。

 人を殺すことをなんとも思っていない集団。


 そんな人間とディクトが知り合いだというのはちょっと意外だった。


「今からディクトを叩き起こしてきましょうか」


 グレイが嬉々として立ち上がる。

 いやいや、さすがにこの時間に引っ張り出すのは可哀想だ。ターロイは慌ててグレイを止めた。


「呼びに行かなくていいから。今日は一旦休んで、明日の朝に自分で聞きに行くよ。グレイは本の解読に戻ってくれ」


 彼の意識を本の方に戻す。するとグレイはすんなり椅子に座った。


「ああ、そうでした。ディクトに構っている場合じゃないです」


 とりあえず、ディクトを苛めるよりも本を解読する方が楽しいようだ。やはり、ここにいる間はミシガルから借りてきた古文書を与えておくのが一番平和らしい。研究熱心でいいことだ、が。


「でも、ちゃんと寝ろよ」


「はいはい、分かった分かった」


 駄目だ、聞いてない。腹が立つような生返事。

 ターロイは無駄な説得を早々にあきらめて、短い睡眠を取るために自室に戻ることにした。


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