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ウェルラントとカムイ

 祠から出ると、ターロイはウェルラントに報告をしに領主の屋敷の執務室に向かった。


 当然だがグレイは同行しない。さっさと一人で雑貨屋に地図を買いに行ったようだ。忘れないうちに封印場所を書き写しておくつもりなのだろう。




「ガイナードの能力の封印場所が分かった? それは朗報だな」


 ウェルラントはターロイの報告を歓迎した。


「お前が強くなればその分我々は有利になる。残りの能力はあと六つと言ったな。有用な能力は早めに回収してもらいたいが」


「教団と戦うためには俺も急ぎたい。しかし、その前にサイ様の葬儀兼戴冠式だ。グレイの薬も材料が揃ったから二・三日でできると言っていたし、しばらくはそっちに集中するよ」


「そうか。……そうなると、一つ頼みがあるんだがいいだろうか」


「頼み?」


 少し声を潜めたウェルラントに聞き返す。

 すると彼は人払いをしてあるにも関わらず、扉の向こうを気にするようにさらに小声で言った。


「できあがった毒薬をサイ様に届けて飲ませてもらいたい」


「……ああ、そういうことか」


 君主に毒薬を、なんて。サイの為であっても聞かれたくないだろう。特にジュリアの耳にでも入ったら大事だ。

 さらにそれを配下の騎士に運ばせるのは危険この上ない。教団にバレたら、それこそ不忠者と見なされてミシガル討伐の口実を与えかねない。


 その点で言えば、ターロイは最適だった。

 城壁に穴を開けて抜けてしまえば、誰にも知られず王都に入り、王宮に忍び込める。そしてサイやハイドと面識もある。


「俺は構わないよ。そもそも、そういう騎士団では大っぴらにできない仕事をさせるために、俺たちと協力関係結んだんだろ?」


「まあ、そうだな。どうしても騎士団は動くと目立ってしまう。だからお前たちのような存在はありがたい。……ところで転移方陣で飛ぶのか? そうすると教団内にでてしまうだろう?」


「いや、転移方陣は危ないから今回は徒歩で行く。この間の爆発で方陣自体が壊れてる可能性もあるし、もし無事でも出た先には毒がばらまかれてるらしいからな……。そういや、ウェルラントは転移方陣持ってないのか? 王宮に置いておけば、何かと役に立つだろ」


 ウェルラントが転移できれば、王宮の様子なんてこそっと行ってすぐに把握できるだろう。何かあったらすぐに駆けつけられるし。


 そう思ったけれど、彼は首を振った。


「私は対外的に動きを見せないといけない存在だ。国民に分かるように行動しないと、不審を与えることになる。転移ではなく隊列を組んで正門から出入りしないと意味がないのだ。それに、面が割れているものがそういう隠れた行動をしようとしても、隠しきれるものではない」


「あー、なるほど。それは分かる気がする。一般人がこそこそ身を隠しているあんたを見つけたら、何か悪いことしてるのか? って思うよな。評判も落ちそう」


「公人である以上、恥ずべき行動をするべきではないし、そう国民に勘違いさせる行動をしてもいけない。国民の税で街を運営しているからには、これは最低限、彼らに対する礼儀だと思っている」


 そう言うウェルラントの言葉はとても真摯だ。

 この領主が信頼され、慕われている理由が分かる。



 ……これでカムイのことさえなければ超尊敬するんだけど。


 この真面目で方正な男が、どうして彼に対してだけ、あんなにキツく当たるのだろう。誰にも会わせず社会から隔離して、地下に閉じ込めておくのだろう。


「……そういやあんた、カムイの孤児院にいた頃の話、聞きたいって言ってたよな」


 ふと思い出して口にすると、虚を衝かれたようにウェルラントが目を丸くした。


「……唐突だな。……そんなことを言ったか、そういえば」


 途端に彼は落ち着きなく視線を逸らす。

 どうもカムイのことになると様子がおかしくなるようだ。

 昔の話を聞きたいというくらいだから、彼を嫌っているわけじゃないと思うけれど。


「何なら時間あるから今話してもいいけど。どうする?」


「今……」


 ウェルラントは視線をさまよわせたまま逡巡し、それからちらりとこちらを見た。


「ターロイ、お前はあいつの稀少性を知っているのか……?」


「ああ、もちろん。子供の頃は知らなかったけどな。孤児院の大人が『忌み子』だって言ってて、どういう意味だろうと思ってた」


 カムイのように赤い瞳と赤い髪を持つ子供は、昔からごく稀に産まれ、『忌み子』と呼ばれていた。

 災いを引き寄せる子供だとされ、文字通り忌み嫌われていたのだ。

 まさかウェルラントまでそれを信じてカムイに辛く当たっているわけではないだろうが。


「……その言い方は過去に教団が自分たちの都合で付けて広めたものだ。……全く、嫌な響きだ」


 ウェルラントは吐き捨てるように言った。

 やっぱりそうか。ガイナードの知識では、昔は彼らを『忌み子』などと呼んでいなかった。


「カムイは『コネクター』だろ? 人間族特有の魂術が使える、今では絶滅に近い能力の持ち主だ」


 前時代にいた七つの種族には、それぞれ特有の魂術があった。人間族以外の種族はそのほとんどが専用の魂術を使えるが、人間族だけは数が増えすぎて能力が薄まり、大戦の頃からすでに魂術を使える者が数えるほどしかいなかったのだ。

 その魂術『コネクト』が使える人間を、『コネクター』という。


 ちなみに、大戦でグランルークが魂方陣を使っていたのは、その魂術不足を補うためだった。だから魂方陣を使うのは人間だけなのだ。


「そう。あいつは『コネクター』だ。そのせいで教団に目を付けられてしまった」


「教団に?」


「お前は知らなかっただろうが、お前たちがいたヤライの孤児院は、教団が実験体用の子供を入れておく施設だった」


「えっ……俺たちは最初から実験体だったのか!? ……そういえば、孤児院にはよく教団のローブを着た人間が来てた。……グレイも、よく俺たちの診察をしに」


「それは当然だ。あの男も研究員だったからな」


 そう言ってから、ウェルラントは小さく唸って顔を顰め、頭をガリガリと掻いた。


「……まさか、あんなことになっているなんて思いもしなかった」


 あんなこと、とは何を指しているのだろう。


「実験で何者かの能力を埋め込まれたことか? ……カムイの前時代や魂方陣の知識って、コネクターの能力とは全く関係ないよな。あいつ、一体何を移植されたんだ?」


 訊ねたターロイを、ウェルラントはじろりと睨んだ。

 どうやら訊いて欲しくないことみたいだ。


「……あんなもの、絶対に追い出してやる。方法さえ分かれば……」


 方法さえ分かれば。

 その言葉だけで、彼が何故アカツキの祠を開けたがり、一番に文献を確認したのかが分かった。

 ウェルラントは、カムイからその何かの能力を切り離す方法を探しているのだ。


 でもどうしてだ? まだ色々判然としないことが多すぎる。

 正直、カムイの助力があれば今後の展開が大分楽になると思うのに。

 やはりウェルラントには、もう少し詳しく話してもらわねば。


「……俺、これから能力の封印を解除しにあちこち行くんだけどさ。多分未解錠のところばかりだから、重要な文献とかあると思うんだ。……カムイのこともう少し詳しく話してくれるなら、あんたが欲しいそういう書物、探してきてもいいけど?」


「未解錠の場所の、重要な文献……」


 よし、キーワードが効いたようだ。

 ターロイの言葉にウェルラントが考え込む。カムイの秘密と文献を天秤に掛けているのだろう。


 黙ってその天秤がどちらかに傾くのを待つこと数分。

 すると、ようやくウェルラントはあきらめたように細く長い息を吐いた。


「……仕方ない、話してやる。だが、あまり楽しい話じゃないぞ」

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