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論客グレイ

 グレイを連れだって館の裏から祠のある山の窪地に出る。


 その奥に進もうとすると、グレイが立ち止まった。

 ……いや、立ち止まったのではなく、止められたのだ。感知の結界が作動して、光の輪がグレイをスキャンした。


「これがカムイの結界ですか。なるほど、ここでデータが取られるんですね」


 それが済むとすぐに行動可能になる。

 ターロイはグレイと一緒に祠の前の石碑まで進んだ。


「この石碑、意味深なことが書いてあるんだけどさ。グレイはこの内容の意味するところが分かる?」


「『獣人の王が目を覚ます時、世界は大きな変革を迎えるだろう。覚悟せよ、再生の申し子よ』ですか。仰々しいですねえ。……まあ、アカツキの復活が今後の世界の鍵を握っていることは確かなようです」


「獣人の王が目を覚ます時ってさ、俺がアカツキの隠し部屋を開ける時だろ。つまり、変革が起きるのも起きないのも俺次第ってことじゃないか。この石碑は警告なのか脅しなのか、変革っていうのがどんなものなのか……分からないんだよな」


 分からないというよりも、この変革というものを自分の一存で起こすかもしれない、ということに、後込みしていると言っていい。

 教団を潰す、その気持ちだけでアカツキを起こしていいものだろうか。


 もしそのアカツキがターロイには制御できない暴れ者だったら? グランルークの親友だったよしみで教団の方の味方をしたら?

 こちらにいるスバルだって、王が教団側に付いたらターロイ側で戦うのは難しいだろう。


 考えれば不安要素はいっぱいある。

 難しい顔で石碑を眺めていると、隣にいたグレイはきわめて明るい声であっさりと答えた。


「分からないなら考えなかったらいいじゃないですか」


「……ええ?」


「どうせ鍵がないから今は開けられないんでしょう? だったら開いた時のことを考えるのは無駄です。鍵を手に入れてから考えて下さい。余計な悩みは追い出しておかないと、脳の思考パフォーマンスが落ちてしまう」


 そう言って、自分のこめかみあたりを指先でとんとんと叩く。


「ここにはしたいこと、するべきこと、できることだけを入れておく。我々の脳は優秀すぎてどこまでも思考を広げてしまうが、マルチタスクは苦手なんです。余計なことを考えていると、そちらに容量を取られて肝心なことがおろそかになりますよ」


「……すごい合理的だな。俺には難しいかも」


 ターロイが肩を竦めると、グレイは呆れたように言った。


「難しい事なんてありません。試しに帰ってから紙とペンを用意して、アカツキを復活させるかさせないか、対比しながら考えを書き出してみなさい。書ける事実があまりに少なくて、今から悩んでるのが馬鹿らしくなりますよ」


「あー……確かに、事実に基づく話はなくて、今は『たられば』でしか考えてないな……」


「人間の脳はそうしてきちんと認識しないと、同じことを堂々巡りで考え続けて、もの凄く悩んでいる気になってしまう。だから、今どうにもならないことは頭から追い出すに限るのです。……それに、できることをこなしているうちに、その悩みがどうにかなってしまうこともある」


 グレイの言うことは一理ある。他の能力を回収しているうちに手に入る情報もあるかもしれないし、もしもの時にアカツキに対抗できる力が手に入る可能性もあるだろう。


「そうだな、今はできることを考えるか。とりあえず祠に入って、中を調べよう。今回はランプも持ってきたし」


 先日は何の準備もしていなかったから、カムイの感知の明かりだけが頼りだった。しかし今回は二人でそれぞれランプを持参している。そして一応だが、何かあった時のために充魂武器も持ってきた。グレイにいたっては、教団からくすねてきた魔道具を持ち込む念の入れようだ。


「罠はもう解除してあるから、それほど危ないことはないと思うんだけど」


「どうでしょうね。まあ、準備して行くに超したことはないでしょう。あ、おやつのバナナもありますから、おなか空いたらあげますよ」


 前時代の遺跡だからか、グレイはかなりわくわくしている。何だか遠足気分だな……。




 入り口を潜って、罠のあった通路を進むと、アカツキのひよたんと戦った広い空間が現れた。

 あちこちが光っている。……感知の明かりだ。


「ふむ、カムイが我々のために、この中までわざわざ感知の結界を通してくれているようですね。武器棚に防具掛け……全部獣人用ですか。そしてあれが噂の隠し扉」


 ランプであちこちを照らしながら感知で光る場所を巡るグレイは、ターロイをほったらかしてぐるりと一周した後、最後にアカツキの隠し扉の前に来た。


 そこにある小さな石碑に目を通す。


「『その資格があれば、相応の扉が開くだろう』ですか。ふむ。前に来たときは、この扉が修復できなくてひよたんと戦うことになったんでしたね」


「ああ。ほんと、酷い目に遭った。カムイがいなかったら死んでたよ」


「ふふふ、面白い。この底意地の悪い罠の掛け方……相当性格が悪くて頭の良い者の仕業でしょうね」


 その言葉に思わずグレイを見る。その視線に「何ですか?」と問われたけれど、ターロイは黙って首を振った。


「やっぱり他にヒントになりそうなものは無いな……。戻って書庫の方に行ってみよう。ウェルラントが持ってる古文書に何か書いてあるかも……」


「何を言ってるんですか。こんなにあからさまに怪しいものがあるじゃないですか」


 グレイがそう言って、石碑を指さした。


「『その資格があれば、相応の扉が開くだろう』とあります。あなたは魔道具再生の能力のない状態で挑戦し、相応の扉としてひよたんの出入り口が開いた。では、魔道具再生能力を持った上で挑戦すれば、何の扉が開くのでしょう?」


「鍵がないからアカツキの扉は開かない。……何か別の罠が発動するだけじゃないのか? ひよたんよりすごい敵が現れそうだな」


「色々試して見なくちゃ分からない。ここでトライアル&エラーですよ!」


 グレイが力強く親指を立てた。ものすごいやる気だ。……もしかして最初からそのつもりで、あんなに魔道具とバナナを持ち込んでたのか……。


「いや、待ってくれよ。二人で? ひよたんでも相当苦戦したのに? また魔道具か魔法生物現れたら面倒なんだけど。俺、魔道具破壊はまだできないからな?」


「充魂武器があるし、敵に再生能力がなければどうにかなります。私も色々仕込んでますし」


 確かに、前と比べたら準備は万端だ。しかし、こんな軽いノリで罠だと分かっているものを発動してもいいのだろうか。

 しばし決断できずに思い悩んでいると、グレイが説得を始めた。


「もしも私がこの祠の仕組みを作った者だったらどうするか、と考えたのですが。ひよたんからガイナードの欠片を引っぺがした時点で、あなたがそれを切り抜ける力や仲間を持っていると見なし、合格にすると思うんです」


「合格?」


「ガイナードの能力を返すに値するということです。だって考えてもごらんなさい。あなたの能力を測る目的でもなければ、こんな祠の仕掛けを作る意味が無い」


「……いや、もし合格だったとして、何でもう一回罠を発動させる必要があるのさ」


 訊ねると、グレイは一つ頷き、腕を組んで答えた。


「ヒントがないからです」


 ……ええと。


「本当に試しでやってみるだけってこと?」


「もう少し思考を広げなさい、ターロイ。ここでヒントがない。となるとまずは他の未発掘の遺跡を探したり、アカツキの隠し部屋の失われた鍵を探したりしますよね?」


「……まあそうなるよな」


「でも遺跡など、分かるところはもうほぼ掘り尽くされている。人類が未踏の地に探しに行っていたら何年あっても足りない。ヒントもなくアイテムを探すのも同様、砂漠の中で小粒のダイヤを探すようなものです」


「…………まあ、そうなる、よな」


「こんなの無理! もう一度最初からヒントを探してみよう! さあ、再び戻ってくるのはここです。久しぶりに入ってきた祠はこのままの状態。ああ、何も変わらん! アカツキの隠し扉さえ開けばヒントがあるかもしれないのに!」


「…………あー……なりそう……。他にやりようがないし、試しに開かないかどうか隠し扉に挑戦するかも……」


「まあ、それで何が起こるかはもちろん分からないんですけど。とにかく、私はその間の無駄な時間を省け、と言っているわけです。まずは試してみて、ヒントが手に入らなかったら他の手を探せばいいでしょう」


 なんとも合理的。思わず納得してしまう。


「ひよたんで苦戦させることで、すぐに再び鍵開けにトライする意欲を削ぐのもきっと計算ずくでしょうね。だから私としては、次に現れる敵は大したことないとふんでいます。本当に、人の悪い罠だ」


「……この祠の仕掛け作ったの、グレイの先祖だったりして……」


「かもしれませんね。この見事な陥れっぷり、シンパシーを感じます」


 ターロイの呟きに、グレイは特に気を悪くした様子はなかった。逆にこの仕事っぷりに感服して、血縁を疑われることに喜んですらいるようだ。さすがというか、なんというか。



 ターロイはとりあえず扉の正面に立って、壊れている鍵を眺めた。


「トライアル&エラーか……。試してみるしかないな」


「あ、ターロイ、言っておきますが……」


「分かってる。決断を他人に委ねるな。説得されて、納得したら自己責任、だろ」


「分かっているならよろしい。自分の決断で試すのが筋です。他人の言葉を参考にしても、鵜呑みにしてはいけない。従うだけの責任のない行動は逃げと判断ミスを誘います」


 これは昔からのグレイの教えだ。彼はこうして自分で考え、自分の責任で動くことを説く。この考え方も、ターロイが納得した上で受け入れた。


「あんたも、俺を説得した責任は自分でとれよ」


「当然です」


 あのときと同じように、再び鍵の上に手をかざす。


 扉の向こうの魔時計が音を立てて、カウントダウンを開始した。


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