会議室で
会議室に着くと、ウェルラントとグレイはそれぞれ互いに円卓の一番遠いところに無言で座った。
自然とターロイは二人の中間に座るしかなくなって、やりづらいったらない。
しかし文句を言ったところでこの二人は聞かないだろうし、言うだけ無駄だと割り切った。
「グレイ、教団で火の手が上がったのは、あんたの仕業なのか?」
まずはグレイに訊ねる。
「あの爆発は事故みたいなものですね。教団の馬鹿どもが薬品の種類も分からないくせにぶち壊して……。私の負った怪我はほぼそれのせいです」
「……とうとう教団がお前の排除に出たか? まあ、今まで放置されていたのが不思議なくらいだったからな。……しかし、ザヴァド様はどうした」
横からウェルラントが知らぬ人の名前を出してきた。それにターロイが訝しむ。
「ザヴァド様って?」
「……大司教様ですよ。ターロイも一度会ったでしょう。……あの方の薬の服用がバレて没収されてしまいましてね。今朝の教団教義の一斉朗読で、あちら側に持って行かれてしまいました」
「……なるほど、お前の排除を阻むものがいなくなったのか」
教団の教義、薬、あちら側。以前に一度聞いたことがある。
ターロイには詳しいことは分からなかったけれど、ウェルラントはそれで事情が飲み込めたようだった。
「ウェルラントも大司教を知ってるのか?」
「ああ。グランルーク教は国教だ。王宮での騎士見習い期間に必ず勉強することになる。私の見習い期間に教義を教えに来ていたのがザヴァド様だ」
「へえ。騎士団や王国軍は完全に教団と分断されてるんだと思ってたよ」
「前王がご存命の時は、教団は今ほど酷い有様ではなかった。……まあ、そのあたりの話は今は必要ないだろう。そいつの話の続きを聞こうじゃないか」
逸れかけた話を、ウェルラントが修正する。確かに、今は教団の状況を知るのが先か。
「私が襲われたのは、何も大司教の後ろ盾がなくなったからではありません。教団では前時代の知識や薬品の知識、危険アイテムの管理など、私にしかできない仕事が重宝されていたので、煙たがられても手を出されなかったのです。……それが、あるアイテムの出現によって状況が変わってしまった」
「あるアイテム?」
「魔剣サーヴァレットです」
「サーヴァレットだと!? 見つからないと思ったら、やはり教団が保有していたのか……!」
その言葉に何故かウェルラントが色めきだった。まるで彼もそれを探していたような口ぶりだ。その実態を知るものなら、到底手に入れたい代物ではないのだが。
「今は一体誰が宿主になっているんだ? あれは普通の人間には扱いきれないはずだが」
「サージという愚物が持っています。普通の人間もいいところのザ・凡人です。……あの功名心や自尊心の高さ、そして愚かさを買われて、教団に適当な生け贄にされたんでしょうね」
「でも、あれがあることとグレイが排除されることに何の関係があるんだよ」
「現在、サーヴァレットを持ったことによって、サージは司祭の立場でありながら周囲に畏怖される存在になっています。逆らうものがいなくなったんです。それに気をよくした彼は、大司教の許可を得ずに前々から気に入らなかった私を潰しに来た……。まあ、サージはアホなので、私の仕事の価値が分からなかったんですね」
グレイはやれやれといった様子で肩を竦めた。
「じゃああれは、サージの仕業?」
「そういうことになります。爆発と火事で貴重な前時代のアイテムや文献を失って、さすがに今回の件は大司教あたりには叱られると思いますよ。力を持ったと言ってもサージは基本的に小心者で、権力のあるものには逆らわないですから」
その顛末にウェルラントが呆れたため息を吐く。
「完全なる内輪もめか。では、とりあえずは王宮の方に影響はなさそうだな。……しかし、サーヴァレットが動き出していたとは……」
「サージの独断で、ってことは、教団の組織から排除されたわけじゃないんだな。だったらグレイはまた教団に戻るのか?」
「どうしましょうね。研究施設も文献も薬品も、全部さっきの爆発でおじゃんになってしまったし、私が趣味で作った毒物が周囲にまき散らされて部屋も酷い有様だったし」
「毒物がまき散らされたって……、グレイよく平気だったな。それほど劇薬はなかったのか」
「いえ、私は状態異常を受け付けないから毒が平気だっただけで。サージが引き連れてきた僧兵はころころ死んでましたよ。そこに爆発が起きたから、あの場にいた人間は私以外ほぼ死んだんじゃないですかね。私も死ぬかと思うくらいでしたから。いやあ本当に、ターロイの転移方陣が無かったらどうなっていたか」
「転移方陣……?」
グレイの言葉にウェルラントがぴくりと反応した。
あ、やばい。内緒だと言われていたのに、グレイの奴、さらりと言いおった。
「今、転移方陣が作れるのはカムイだけだ。……ターロイ、お前、いつの間にそれを作ってもらった? 教団にも設置してあるとなると、結構前じゃないのか?」
「あー……えっと……」
正直に言ったらまたカムイがウェルラントに責められてしまう。それはあまりにも申し訳ない。
思わず口ごもると、グレイが大仰にため息を吐いた。
「ああ全く、あんな貴重な力を持った子を何年も閉じ込めて独り占めしておいて、他のものが少し恩恵を預かっただけで目くじらを立てるなんて……。心の狭い男ですね」
「……貴重だからこそ私が保護しているんだ。せっかく危険が及ばないようにその存在を隠しているのに、自分から外部と連絡を取るなんて、私に対する裏切りだろう」
「ふん、あの彼が本質的に貴様を裏切るわけがないでしょう。なのに貴様は彼が自分の手元から離れるのが怖くて、他人との接触に過敏になっているだけなんですよ」
グレイの指摘にウェルラントがぐっと言葉に詰まる。
よく分からないけれど、グレイは何かを知っているようだ。それに分からないなりにやんわりと便乗する。
「……カムイが俺と接触するのって、そんなに悪いことか? 多分俺がウェルラントと協力して戦うから、方陣をくれたんだと思うけど」
ターロイが告げると、ウェルラントはしばらく唸った後、脱力したように詰まっていた息を吐いた。
「まあ、遅かれ早かれか……。転移方陣は連絡手段としてもあった方がいいのは確かだ。……私がカムイを叱るのを気にしているんだろうが、安心しろ、今回は不問にする。……私だって、別にあいつを怒りたいわけではないんだ」
そう言ってから、彼はちらとターロイを見た。
「……孤児院にいたとき、お前はカムイと仲が良かったのか?」
唐突にそんな質問をされて少し面食らう。
「俺とカムイ? 良かった方だと思うけど。あいつ、いつも寂しそうで放っておけなくてさ」
率直に返すと、ウェルラントは何かを逡巡したようだった。
「……そのうち、でいいんだが、……その頃のあいつの様子を教えてくれないか」
「ああ、それは構わないけど。別に、今でも」
「今は他に話すべき事がある。話がずれすぎた。本題に戻ろう」
そう言ったウェルラントがグレイに視線を向ける。
もしかすると、グレイがいるから今はその話をしたくないのかもしれない。
ターロイもそれ以上は何も言わず、グレイを見た。
「結局グレイは教団には戻るのか?」
「いえ。おそらくあの爆発やら毒やら火事やらで、教団では私は死んだと思われているはず。なので、このままインザークに行こうかと」




