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引き続き食堂で

 ターロイが話を聞いてくれる人間だと分かったイアンは、次々と提案をした。

 客用のカトラリーを揃えるなどの小さいことから、独立した受付窓口を作る、騎士団が使えるロビーや会議室を設置するなど大きいことまで。


 そのほとんどがターロイが納得できるもので、気付けば宿駅以上の施設の骨子ができていた。


「これを全部設置しようと思うと、かなりの出費があるな」


「最初は肝となる部分だけ作って、後は運営しながら追々揃えていけばいいかと。いつから受け入れを始めるつもりですか?」


「決めてはいないが、できるだけ早めがいい。回してみないと改善点も分からないからな。とりあえず最初に何人かを無料で泊めて、意見を言ってもらうのも良いかもしれない」


「それは良い考えですね。じゃあ揃えるべきものと金額をリストにして後で提出します」


「ああ、頼む」


「……あの-、俺、聞いてても意味なくね? 離脱していい?」


 イアンとターロイで話しを進めていると、ディクトがお伺いを立ててきた。こういう細かい話は本当に苦手らしい。

 しかし。


「馬鹿を言うな。ここからがお前の出番だぞ」


 ターロイがディクトに目を向けると、イアンも彼を見た。


「そうですね。どちらかというと、そちらの方が重要です」


「え? 何? 俺の出番って、ミシガルに買い出しに行って、どれだけ値切れるかが重要ってこと?」


「違う。人事だ、人事」


「ディクトさんの采配の見せ所ってことですよ」


 言うと、イアンが書類の中から手下の名前と年齢と前職・特技の書かれた紙を、ターロイとディクトの間に差し出した。


「この中から、給仕に向いてそうな奴をまずは三人、馬の管理をできそうな奴を二人、それから受付を一人選んでくれ」


「ええ……唐突だな……。まあ、受付はイアンだろ。帳簿に間違いがないし、敬語も使えるし、説明もうまい。それから、人の顔を覚えるのも早いしな」


「そうですね。受付なら事前に客の要望も聞けるし、データをとるにはもってこいです。俺は構いませんよ」


「給仕は可愛い女の子使いたいけど、スバルは向いてないよなあ」


「ああ、間違いなく向いてない」


「うーん……人好きのする奴を何人か候補考えて当たってみるわ。馬の世話できそうなのもいるし、何とかなるだろ」


「では俺は最低限のマニュアルを作っておきます。さすがにディクトさんも接客の育成は無理でしょうから」


「そうだな、頼むわ」


「では、今話し合うのはひとまずここまでだな」


 そこでようやく三人で一息吐いて、それぞれの冷めかけた朝食を食べ始めた。


「それにしても、ボスって年下な気がしないですね。正直、ディクトさんより年上みたいだ。貫禄があるというか頼りがいがあるというか」


 向かいでイアンがちぎったパンにジャムを塗りながら言う。その隣でディクトがニヤニヤとした。


「ターロイ、俺よりおっさん臭いってよ」


「安心してください。見た目はディクトさんの方がちゃんとおっさんですよ」


「何だよ、ちゃんとおっさんて……」


 おっさんが口を尖らせている。


「単にディクトが歳のわりに子供じみてるから、対比で俺が年上に見えるだけじゃないか?」


「まあ、それもあるかもしれません」


 イアンが笑った。


「でも本当に、ボスのおかげで拠点ができて、それぞれに特技を生かす仕事を与えられて、みんな感謝してるんです。ここにいるのは、行き場がなくて仕方がなく盗賊になったような人間ばかりですから」


「……感謝なんて必要ない。俺はお前たちを自分都合で利用しているだけだ。俺だって生きるには食事も寝床も金もいるからな」


「あー、駄目駄目、ターロイ」


 ターロイがイアンの言葉に素気なく返すと、途端にディクトにまじめな顔で駄目出しされた。


「感謝ってのは言われたお前のもんじゃないのよ。感謝っつーのはされる方じゃなく、する方のためのものなんだ。勘違いして拒否すんな。その心を育んでやれ。部下が感謝する心を持っていることを喜べ」


「……そういうものなのか?」


「……ターロイが聞いたことねえってことは、今の教団にこういう教えをする奴はもういねえんだな。全く……」


 ディクトは独りごちて顔を顰めたが、それからすぐにころっと話題を変えた。




「ところでターロイ、今更だけどスバルとユニは?」


「……部屋に置いてきた。そういえばまだ食堂に来ないな。またスバルが妙なことをしていなければいいが」


 昨晩のことを思い出して少しげんなりする。

 朝は二人が着替えのために自分たちの部屋に戻った隙に出てきてしまったが、どうしているだろう。


「そういえばスバルという子には仕事の割り当てをしていませんが、どうしますか」


 イアンが仕事の当番表を捲って訊ねてきた。

 仲間になるのだから、当然仕事は必要だ。しかし獣人であることを隠しながらとなると、あまり多人数と組ませたくはなかった。


「あいつは細かい仕事よりも力仕事か戦闘系の仕事がいい。……あと、できれば単独でできるのがいいな」


「彼女は強いみたいだから、狩りでいいんじゃね?」


「女の子一人でですか?」


 ディクトの提案にイアンは目を丸くしたけれど、ターロイは適任だと頷く。

 スバルは獣の頂点だし、熊相手だって負ける要素がない。獲物は肉も皮も重宝する上に、金にもなる。彼女は鼻も利くから、山菜やきのこの採集もできるかも。


「スバルはそれでいいだろう」


「スバルが何ですか?」


 書類をのぞき込んでいると、いつの間にかスバルとユニがそばに来ていた。


 あ、良かった。二人とも普通だ。ユニは怯えたりしてなかったようだし、スバルもやけに落ち着いている。


「遅かったな。何してたんだ」


「ターロイの部屋を通ったらひよたんが床を歩いてて、それをユニに見せてたです」


「ふあふあで可愛かった……」


 ユニがその手触りを思い出したようにうっとりとしている。


「ひよたんを見たユニは、ユニを見たスバルの反応に近かったです。その姿を客観的に見て、スバルは少し自重を覚えたです」


「……それは良かった」


 俺がいない間にそんなことが。ひよたん、ありがとう。



 二人が隣の席で朝食を食べ始めたのを横目に、ターロイたちは食事を終えて引き上げることにした。


 今日もやることがいっぱいある。

 とにかく急ぐは宿駅の整備と戴冠式。またミシガルに飛ばねばなるまい。

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