ひよたん
ウェルラントが捲っていた文献は、前時代の軍事研究に関するものだった。
その他に、テーブルの上には獣人に関する本と、創世の神話の本が乗っている。
「あんたの目的のものはあったのか?」
横から覗き込んで訊ねると、男はすぐに文献を閉じてしまった。
「……本来欲しかった情報とは違うが、まあ、無駄ではなかった」
おそらく屋敷に持ち帰るつもりなのだろう、三冊の古文書を束ねて一旦テーブルに置き直す。
それから奥の壁の方に目をやった。
「とりあえず、アカツキとご対面と行こうじゃないか。そこの隠し扉はまた鍵が壊されているようだ。お前にしか開けられないのだろう」
言われてそちらを見れば、確かにまた壊れている鍵らしきものがあった。その隣に小さな石碑がはめ込まれている。
感知によって光っているからどうにか隠し扉があることが分かるが、普通に見るとそこは少し崩れているだけのただの壁だった。
本当に、どれだけ念入りに隠されているのだ、このアカツキという獣人の王は。
「ウェルラントは、アカツキが誰によって、どうしてここに封じられているか、何か知っているのか?」
「いや、知らん。しかし封じたのはアカツキに対して害意のあるものではないだろう。彼は不老でも不死でもない。ここに閉じ込めるだけの力があるなら、殺すことだってできたはずだからな」
確かにそうだ。
と言うことは、わざわざ眠らせることで、アカツキの存在を後世に残したのか。そして、こんなに街の近くに彼を置いたのは、人間族のためなのかもしれない。
大戦時、アカツキは英雄グランルークの戦友で親友だった。
「ふむふむ、この壁向こうに大きな力の気配がびんびんするですよ」
武器を物色し終えたスバルも、隠し扉のところに寄ってくる。やはりこの向こうにアカツキがいるのは間違いなさそうだ。
まずは石碑の魂言を確認する。
「『その資格があれば、相応の扉が開くだろう』か。資格ってのは『再生の申し子』であるってことかな? だったらいけるはず……」
「相応の扉、というのは何だ? 解錠に失敗すると落とし戸が現れて真っ逆さまとか、天井からゴーレムが降ってくるとかじゃあるまいな。その手の魔法罠は感知では見つからないのだ、気を付けろよ」
「ちょ、怖いこと言うなです。魔法生物は獣人とめちゃ相性悪いですから……。ターロイ、ゴーレムだけは勘弁です」
「そう言われてもな……。まあ、とりあえず構造を見ながらこの鍵を直してみるよ」
今の自分に解錠できるかどうかはそれからでも判断できる。
そう思って鍵に手をかざし、ガイナードの核に情報を読み込ませ始めたところで。
向こう側、つまりアカツキのいる部屋側の扉で、魔時計が起動したのに気が付いた。
「……っ、まさかここから解錠作業扱いなのか! おまけに向こう側で魔道具と連動してるとか、罠じゃないか! くそっ」
思わず喚いたターロイにスバルが目を丸くする。
「ど、どうしたですか、ターロイ?」
「この扉の向こう側で、魔時計によるカウントダウンが始まってる。お前らは離れろ。これは魔法金属を使った、今の俺には解錠できない扉だ。タイムアップしたら何が起こるか分からない」
「無理なら、途中で止めることはできないのか?」
「この類いの罠は、途中放棄すると機関が二度と復帰しなくなる。祠自体が崩れることもある。だがタイムアップまで粘れば初期化されるはずだ。即死さえしないなら粘った方がいい」
この祠がロストしたら、ターロイの目的達成への損失はかなり大きい。アカツキの知識も力も、手に入ればかなりの戦力になる。
それに、ガイナードの封印も、ここが唯一の手掛かりだった。
危険を覚悟で集中する。
今できることは、いつか再度トライすることを考えて、鍵の情報を可能な限り収集しておくことだ。
扉の向こうにはターロイにはまだ再生することができない、魔法金属が使われている。その構造を、再生できる部分の欠損範囲から推察する。
「魔法金属はどうやらシリンダー部分を構成しているらしい。くそ、ここもスバルが持っていたような鍵が必要みたいだ。再生できたとしても結局開けられない」
「鍵だと? でももうこの祠の中にそれらしいアイテムはなさそうだが……。もし他の場所に隠されているとなると、かなり難儀だな」
「あれ? な、何か扉の向こうから変な音がしてるです」
カチン、カチン、と大きな秒針のような音がしてきた。魔時計の音だ。
「あと数秒で制限時間だ、注意しろ。……三,二,一」
ビィィィ! と耳障りな音が祠に響き渡る。
即座にターロイはかざしていた手を離して扉から距離を取った。
どうやらいきなり落とし穴に落とされたりはしないようだ。ただ、外に繋がる退路に鉄格子が下りた。
「と、閉じ込められたです!」
「となると、勝つまで出られない系の罠か。相手がゴーレムや魔法動物だと少し厄介だな。武器が不十分だ」
言いつつウェルラントが腰から抜いた剣は充魂武器だ。先日ターロイが渡したのとは別のものだった。
ターロイはスレッジハンマーのみ。スバルはさっき手に入れたナックル。これで対応できる相手ならいいのだが。
三人で身構えていると、隠し扉の一部にぽこんとこぶし大の穴が開いた。
「……あれがターロイに相応の扉か? 随分小さいな」
「え、今の俺の力ではあの穴程度ってこと? ……何かへこむな……」
「二人とも、見ろです。穴から何か出てきたですよ」
スバルに促されて目をこらす。明かりの少ない祠の中では、彼女ほど目が利かないのだ。
あの穴から出てくる敵となると、蛇とか大量のサソリとか……。
と思っていたら、穴からひょっこりと顔を出したのは、丸っこいヒヨコのような生き物だった。
手の中に収まるくらいの大きさで、めっちゃ可愛い。
「な……、何だあの持ち帰りたいくらい可愛い生き物は」
それを見たウェルラントは何だかすごく前のめりだった。もしかして見た目に似合わぬ可愛いもの好きか。
しかし正体不明の物体であることに変わりない。さすがに彼も飛びつくような軽率なマネはしなかった。
代わりに飛びついたのは、スバルだった。
「ひよたん!」
「ひよたん?」
どうやら彼女はこれの正体を知っているみたいだ。ターロイとウェルラントは聞いたことのない名前に首を傾げた。
「スバル、それのこと知ってるのか?」
訊ねると、スバルはひよたんを手のひらに乗せてこちらを振り返った。
「ひよたんは獣人族の英雄が使う魔道具です。アカツキ様の……ではなさそうですね。この子はマーキングされてないです」
「魔道具って、こいつは生き物じゃないのか?」
「ひよたんは依り代に精霊の力を宿したもの。賢いし自我のようなものもあるですが、厳密に言うと生き物ではないです」
「このひよたんはマーキングされていないと言ったな。どう使うものか知らないが、獣人のスバルがマーキングすれば連れて帰れるのか?」
ウェルラントが何か乗り気だ。使い道も分からないのに連れて帰りたがってる。
「いや、ひよたんは特定の……」
それに答えようとしたスバルが、はたと何かに気が付いて後ろを振り返った。
ひよたんが出てきた穴の奥から、もう一匹、何かが現れたのだ。
闇に赤い瞳が光っている。
「……ひよたんがもう一匹?」
現れたのは、今度もひよたんだった。
しかし最初のひよたんとは雰囲気がまるで違う。見た目は可愛いくせに、まとう殺気が尋常じゃない。
「……アカツキ様のひよたん……。どうも様子がおかしいです。アカツキ様が眠っているのに、独断で変身しようとしている……。二人とも、下がるです」
スバルに促されて距離を取った時、アカツキのひよたんが甲高い声で鳴いた。そして、一瞬火花のように光ったと思うと、穴から飛び出してバサリと大きく羽根を広げる。
何だこれは。
つい今し方まで手のひらに乗る大きさだったひよたんが、優に三メートルを超える猛禽類に変身していた。




