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祠の解放

 領主の館の裏庭に案内され、そこから山の窪地に向かう。


 その裏庭にある花壇の隅に鉄でできた落とし戸を見つけ、ふと以前のグレイの言葉を思い出したけれど、意識的に視線を逸らした。




 ウェルラントと一緒に正規の道で山に入ったせいか、今度は感知の結界が働くことはない。

 何の問題も無く祠の前まで辿り着いたところで、近くの茂みががさがさと揺れた。


「ターロイ! 待ってたですよ!」


「……待ってた?」


 すぐにひょこりとスバルが顔を出す。それに領主は不可解そうな顔をした。

 あ。まずい、疑われる。スバルの反応が素直すぎる。


「……お前たち、知り合いか? まるでここで待ち合わせをしていたようだな」


「あー、えっと、そうなんだ、彼女とは昔同じ村にいたことがあって。その頃の知り合いなんだ。それで、実は先日、偶然鉢合わせて……」


「スバルは基本的にこの山の結界の中から出ない。……もしかしてお前、この結界内に入ったのか」


 やばい、墓穴掘った。

 ウェルラントがあからさまに不愉快そうな顔をする。

 どう返したものかと考えている間に、スバルが側に寄ってきてターロイの横に立った。


 先日とは違い、彼女は洋服を着て肩からバッグを掛けている。

 明らかなお出掛け仕様だ。


「こんなところでデートの待ち合わせとは、趣味の悪い」


 ウェルラントのイヤミ、しかしスバルには効かなかった。


「デートではなくスバルはこれから仲間を守る旅に出るのです。お前こそいい歳なんですから、妬んでないでデートでもしに行ったらいいです」


「誰が妬むか。私にそんな暇はないし、必要もない」


「まあ、ウェルラントは相手がいないですもんね。全然優しくないですし、女の人も逃げるです」


「お前のようながさつでデリカシーのない女に優しくしないだけだ」


「ふん、優しくないから『彼』にも怖がられてるくせに。ばーか、ばーか」


「……あいつを引き合いに出すな、この小娘が」


「たっ、いたたたっ、放せです!」


 ウェルラントがスバルの鼻を摘まみ上げている。何だか論点がずれて、領主の不機嫌の原因が彼女に移ってしまった。

 何で仲が悪いんだろうこの二人。


「……スバルの時もだが、全く、あいつは勝手なことをする……。まあいい、ターロイ、すでに見ているならこの祠を開けられる見当がついているんだろう。開けてみろ」


 まだ少し苛ついた様子だが、ウェルラントは一つ大きく溜息を吐くと、ターロイを促した。


「……勝手に結界内に入ったことは不問でいいのか?」


「……無断で結界に入ったのに無事だったということは、お前が信用できる相手だと判断されたということだ。私に内緒で祠を開けたりもしなかったようだし、お前の能力に免じて今回は見逃そう」


 とりあえずウェルラントにとっては、ターロイを問い詰めるより、祠を開ける方が重要だということなのだろう。

 それならとっとと開けてしまうに限る。

 彼の望むものが中にあったなら、このやりとりなんてきっと吹っ飛ぶに違いない。


 ターロイは祠の扉に近付くと、その壊れた鍵に手をかざした。


 自分で壊したものではないから、それを構成する破片は不揃いだ。

 しかし最初に全ての破片から構成データを集めてパズルのピースのように外側から中央に向かって欠片をはめ込んでいけば、すぐにそれは元通りになった。


 やはり、この能力を制御できるようになってから、作業が格段に速い。


「よし、直った。……けど、やっぱりこの鍵自体が機関になってるみたいだな。スバル、この鍵穴にお前の持ってる鍵を差し込んでみてくれ」


「ふむ、これですね。ウェルラントが喜ぶのは癪ですが、スバルとターロイのためにも開けるですか」


 摘ままれた鼻の頭を赤くしたスバルが、鞄の中から先日直してやった鍵を取り出した。それは手のひらほどの大きさで、ブレード部分が四枚あり、それぞれ複雑な形状をしている。


 その鍵を鍵穴に差し込もうとして、スバルは首を傾げた。


「あれ? この鍵穴、入らないです」


「この鍵は機関錠だ。開けるのに順番がある。お前の鍵、ブレードが外れるんだ。まずはその二枚を外して、差し込んで」


 鍵を再生した時点で、ターロイにはその機関の構造が全てインプットされている。スバルに指示をして、一つ一つ機関を動かしては解錠していった。


「なるほど……修復だけでなく内部構造の理解までできないと開けられないのか。『再生の申し子』にしか解放できないのも納得だ」


 後ろで様子を見ていたウェルラントが感心したように言う。すでにさっきの不機嫌はどこかに行ったようだ。


 そうしていくつもの機関を解除すると、ようやくガチン、と一際大きな錠が上がる音がして、石の扉がゆっくりとスライドした。


「開いたです!」


「よし、お前たち、よくやった。とりあえずそのまま待機しろ。今から危険が無いか祠の中を調べさせる」


「調べさせるって、誰に?」


 すぐ後ろにいたウェルラントが待機を命じて、妙なことを言った。

 この三人しかいないというのに、誰に祠の中を調べさせると言うのか。


 ターロイの問いに、彼は少し口ごもった。


「……お前が気にすることじゃない。結界の範囲を、祠の中まで延長させるだけだ。『感知』で罠や隠された仕掛けなどをあぶり出す」


「また彼をこき使ってるです……」


「黙れ小娘」


 ウェルラントの言葉にスバルが口を尖らす。

 どうやら二人の仲が悪いのは、主に間に『彼』を挟んでのことのようだ。

 ……それにしても、その『彼』は、どれだけ特殊な力を持っているのだろう。




 そうこうしているうちに、明かりのないはずの祠の中がふわっと明るくなった。


「感知が終わったようだ。行くぞ」


 ウェルラントがそう言って祠に入っていく。ターロイとスバルもその後から続いた。


 中に入ると広めの空間があって、その壁や床のあちこちが光っている。祠というだけあって、奥まで洞窟が続いていたりということは無さそうだ。


「この明かりは?」


「感知により発見された罠のスイッチ、作動板、射出口を教えてくれている。まずは最初にこれを潰していくぞ。ターロイ、お前は罠の射出口を壊してくれ」


 なるほど、これは便利だな。

 しかし、あれだけ厳重に鍵をかけておいて、まだこれだけ罠を仕掛けているとは。まるで、アカツキを起こさせたくないとでも言うようだ。


 ……そう言えば、石碑にも『覚悟せよ』とあった。

 アカツキが起きると、何が起こるというのだろう。何が起きるにせよ、ここで歩みを止めるつもりはないけれど。




 罠を潰すたびに明かりは消えて、ウェルラントが最後の罠を外すと真っ暗になった。

 しかしすぐに、さっきとは別の場所が光り出す。

 今度は分かりやすい。隠された扉やアイテム、それから石碑だ。


 武器棚や防具掛けには前時代の獣人用のものが置いてあり、スバルが興味深げに近寄っていった。


「こんなものが残っているとは、驚きです! でも残念ながら、狼用の鎧は無いようですね。……ほう、武器には使えそうなのがあるです」


 彼女が手に取ったのはナックル。充魂武器ではないが、何か特殊なもののようだ。前時代の獣人族はアミニズムの傾向が強かったから、何か精霊の力が宿っているのかもしれない。


 そんなスバルを尻目に、ウェルラントは朽ちかけたテーブルの上に置かれた古文書を取りに行った。

 彼の望むものとは、何かの文献だったのだろうか。

 とすると、つまり前時代の何かの知識か。


 そのページをめくる様子は随分と深刻だった。

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