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拠点で宿駅を

 スバルと再会した二日後、拠点にミシガルからの早馬がやって来た。


 王都から帰ったウェルラントが、ターロイを呼びに寄越したのだ。

 もしかすると王都で何かあったのかもしれない。


 すでに拠点の外壁などの修繕も終えて次の展開を考えていたところだったターロイは、その呼び出しにすぐに応じることにした。






「サイ様がお亡くなりになるのも時間の問題ということで、ご葬儀の準備を行うことになった」


 相対したウェルラントは、向かいのソファで腕を組んで告げた。


「サイ様の葬儀?」


 それに驚いて訊き返すと、領主が僅かに口端を上げる。


「名目上の話だ。こちらもそろそろ本格的な準備が必要だからな」


「……ああ。そういうこと」


 彼の態度ですぐにそれがフェイクなのだと知れた。

 つまり葬儀の準備というのは表向きで、実際は戴冠式の準備を始めるということだ。相変わらずサイは瀕死状態を装っているんだろう。


「私たちと側近の数人以外は、皆本当に葬儀だと思って準備を始める。教団も大体は騙されてくれるだろう。お前もバラさないように気を付けてくれ」


「……ジュリア様には?」


「心苦しいが、王女にもサイ様が瀕死だと言ってある。次の王位継承者なのだから、一人で行動するような軽挙妄動は控えるようにとお伝えしているが、少し心配ではあるな」


「サイ様は唯一の肉親だしな。会いに行きたがるかもしれない」


「その懸念が大きい。……まあ、こちらでもジュリア様からは目を離さないようにする」


「……それで、俺たちは何をすればいい?」


 サイに問題はないようだし、葬儀名目の戴冠式の準備も王都とミシガルでやるだろう。だとしたら、ターロイを呼んだ理由が別にあるはずだ。


 こちらも腕を組んで訊ねると、ウェルラントは一つ頷いた。


「それなんだが、葬儀では合わせて、ジュリア様への王位移譲の儀式も執り行われる。その時は王女を再び王都に連れて行かなければならなくなるんだ。……その道中で気になるのが」


「吊り橋か」


 ターロイが以前襲撃を受けた、宿駅とミシガルの間にある吊り橋。

 あそこに要人や王族を通らせるのはリスクが大きい。

 幅は二人通れるほどしかないし、一度に橋に乗れる人数も限られる。おまけに、移動を想定される日時が大体教団側に知れるのもまずい。


 万が一、あそこで橋を落とされたら取り返しがつかない。


「できることなら私たちは吊り橋を通らずに王都に行きたい。そこで」


「俺たちの拠点を通過させろってことだな」


「そういうことだ。元々あの砦はミシガルから王都に渡る騎士がよく利用していたんだ。山道がネックではあるが、あそこを通れば山を迂回せずに最短距離で王都に行けるからな」


「それはちょうど良かった。こっちも準備が終わったところでさ。この話を持ちかけようと思ってたんだ」


 これは渡りに船だ。

 ターロイはずっと考えていた。あの拠点で商売をするには、ミシガルの騎士を相手にするのが一番手堅く手っ取り早いと。


「実は俺たちは、あの拠点をミシガルの騎士団専用の宿駅にしようと考えている」


「宿駅に? なるほど、そう来たか……。確かに、あそこで休めるのは助かる。お前たちがいてくれればこちらで管理する手間も人員も省けるし、騎士団専用なら間者が入ることもないしな」


「サイ様が国王に返り咲けば、王都との行き来ももっと頻繁になるだろ? こっちとしても仕事が増えるからありがたい」


 どうやら話に乗ってくれそうだ。頻繁に接触があればミシガルとの連携も取りやすいし、互いに得がある。


「基本は素泊まりなのか? 少し値段が上がっても構わないから、待遇ベースを上げてくれ。士気に関わるからな」


「宿泊と食事と馬の世話はできる。他に要望があれば今のうちに言っておいてくれ。準備する」


「できれば武器防具を手入れする道具とスペースが欲しい。ゆくゆくは医術師が欲しくなると思うが、さすがに難しいか」


 医術師か。とりあえずユニがヒールの歌を歌えばどうにかなるが、それは他に手がない時の手段。あちこち探してどこかから連れてくるしかない。

 グレイが来てくれればいいのだが、まあ、それは無理だろう。


「医術師の方は追い追い探してみるよ」


「ああ、頼む」


 よし、まずは商売として成立しそうだ。拠点の手下たちも、真っ当に働いて給金をもらえるようになれば、やりがいも出てくるだろう。

 給仕ができる人間も何人か作っておかなくては。




「ところで、あそこには一度に何人くらい泊まれそうだ?」


「十五人程度かな。雑魚寝ありで良ければもう少しいける。ただ、事前に言ってもらわないと食材が足りなくなるからな。五人以上になる時は先に言ってくれ」


 ウェルラントの質問にあっさりと答えると、彼は何故か怪訝な顔をした。


「あの砦は随分崩れているだろう。お前たちの生活もあるのに、そんなに宿泊できるスペースなんてあるのか?」


 ああ、そう言えば彼は砦が崩れた状態しか知らないのだった。ターロイの能力も明かしていなかったし、不思議がるのも無理はない。

 どうせ力のことは言おうと思っていたから、ちょうどいい。


「砦は全部修復した。今は見張り塔も立ってるよ」


「見張り塔が!? あれは素人に組み立てられる物じゃないぞ!」


「ああ。実は俺、特殊な力があってさ」


 とりあえず、裏の祠が開けられるなんてことは、自分から言わない方がいいだろう。忍び込んだことがバレると面倒だ。


「俺は物を破壊する力と、破壊された物を再生する力を持ってるんだ。ウェルラントくらい前時代のことを調べてるなら、ガイナードって聞いたことないか?」


「ガイナード……って、古代の再生師か」


「その能力を俺は引き継いでる。まあ、ほとんどの能力は封印されてるんだけどな」


 そう告白すると、ウェルラントは驚きに目を瞠った。


「何と……お前の能力は、狂戦病だと聞いていたが……」


「……え? それを誰に?」


 彼の呟きにターロイも目を丸くする。するとウェルラントは一瞬しまったという顔をして、しかしすぐに白状した。


「……グレイだ。随分前、あのクソ野郎がターロイを保護した時に聞いた。しかし、ガイナードの破壊と再生の能力まで持っていたとは」


 なるほど、グレイが漏らしたのなら問題ない。彼は性格は悪いが余計なことはしない。おそらく必要があってウェルラントに告げたのだ。そもそも、ミシガルとこんなにあっさりと共闘関係を結べたのは、ウェルラントがその情報からターロイに何かの価値を感じたからだろう。


「とにかく、『再生』の力でもう拠点は直してあるんだ。だから問題ない」


 再生、という言葉を少し押し出してみる。

 すると、ウェルラントがしばし逡巡した。おそらく彼の脳裏にあの祠が浮かんでいるのだろう。スバルの話では彼は祠を開けたがっていたというし、石碑の言葉を読んでいるならターロイの能力を試したいと思っているはずだ。


 その後押しをするように、ターロイはウェルラントに話を振った。


「そうだ、ウェルラントなら何か知らないか? 俺の能力の封印に関係ありそうな物や場所。手掛かりが何もなくてさ。可能性があるなら何でも試してみたいんだけど」


 少しわざとらしかったかもしれない。

 しかし、彼にとってそれは些末ごとだったようだ。じろりとこちらを見た後、呆れたように息を吐いた。


「……お前、ミシガルに未発掘の遺跡があることを知っているな? ……まあいい、あまり部外者を入れたくない場所なんだが、背に腹は代えられん。もしかするとお前の能力が封印されているかもしれないし、……私の望むものも、あるかもしれない。来い」


「え、今?」


 突然すっくと立ち上がったウェルラントに面食らう。


 それほど乗り気でなさそうな顔をしておきながら、おそらくスバルが言ったように、彼は祠を早く開けたいのだ。

 一体、ウェルラントは祠に何を望んでいるのだろう。


 すたすたと扉に向かうウェルラントに、ターロイも慌てて立ち上がった。

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