獣人スバルとの再会
初めて狂戦病の発作を起こしたのは、獣人スバルを目の前で傷つけられたからだった。彼女はターロイにとって最初の仲間だったのだ。
あの時、手当たり次第に周りの人間を殺していた記憶はあるが、途中で思考を手放してしまったのか、その後のことは覚えていなかった。ゆえに、もしかすると、自分がスバルへのとどめを刺してしまったかもしれないとすら思っていた。
その後、ターロイは目が覚めたらもうヤライの孤児院にいて、ファラの村がどうなったのかも、スバルがどうなったのかも分からなくなっていたのだ。
「……スバル?」
祠の前に現れたのは、昔のあの狼の面影を残した少女だった。
名を呼ぶと、ぱちりとその瞳が瞬く。
「もしかして、ターロイ?」
やはり間違いない。その問い掛けに頷くと、スバルは途端にぱあと表情を明るくして、こちらに飛びついて来た。
「ターロイ! 何か懐かしい匂いがすると思ってたです、無事だったですね!」
「そ、それはこっちの科白だよ」
カタコトだった言葉は随分と流暢になっている。語尾がちょっと気になるけれど。
そしてもちろん、身体も成長している。昔は気にもしなかったその露出の多さにこちらが怯んだ。
ちょ、腕に胸が当たってる。めっちゃ近い。
「生きてたんだな、良かったよ。あの後、一体どうなったんだ?」
言いつつ不自然にならない程度に距離を取る。幸いスバルはそれに気を留めずに、こちらの問いに首を傾げた。
「あの時のことはスバルも良く分からんです。刺されてからの意識がなくて。ただ、目を覚ましたのは森の入り口から少し入った大木のウロの中で、傷は手当てされてたです」
「手当されてた? 一体誰が……。もしかして、俺をヤライに運んでくれた人と一緒かな。俺とスバルは同じ場所にいたんだし」
「ターロイを運んでくれた人って?」
「それも分かんないんだ。俺、村の入り口に置かれてたらしくてさ」
結局当時のことは分からずじまいか。
しかし思わぬ再会。ターロイはスバルの無事を喜びつつも、困惑した。
だって、もう守るべき仲間は作らないと思っていたのに、過去の守りたかった相手が目の前に現れてしまったのだ。
これからのことを考えたら、できる限り距離を置く必要がある。
「それにしてもターロイ、よくここに入れたですね。この結界は彼の許可がないと入れないですよ?」
困るターロイを余所に、スバルの方は何の気負いもなく問い掛けてきた。その内容に目を丸くする。
「彼? スバルはこの結界の術者を知ってるのか?」
「もちろん。彼はスバルに色々言葉を教えてくれた人間なのです。そしてこの祠も守ってくれてるです」
そうか、石碑の通りならこの祠には獣人の王、アカツキが眠っている。スバルの同族だ。ここに彼女がいたのはその関係なのか。
「スバルは、アカツキを起こすためにここに?」
「……!? ……ターロイはこの祠にアカツキ様が眠っていることを、何故知っているですか」
何気なく訊ねたターロイに、スバルは初めて警戒して見せた。
問い返されて、確かに不用意だったと気付く。この祠が何であるか知った上で無断で近付くなんて、敵だと思われてもおかしくない。
好んで寄ってくるのは教団か盗掘者だろう。
しかし、彼女がどういう理由でここにいるか判明しなければ、自分が敵ではないと証明だってできない。
まずはスバルの目的を聞かなくては。
さすがにいきなり敵認定はしないだろうし、ターロイは一つずつスバルと自分の現状をすり合わせることにした。
「俺は、石碑の文字が読めるんだ。アカツキが眠っているのを知ったのは、ここに来てからだ。……スバルは何故ここにアカツキが眠っていると知ってる?」
「スバルはアカツキ様の魂に呼ばれてここに来たですから、知ってて当然です。ターロイは、何でここに来たですか?」
「ここに何かの祠があるって聞いてて、思いつきでちょっと見に来ただけなんだけど」
そう言って肩を竦めて見せると、スバルは警戒を緩めた。
「……まあ、彼が結界内の通行を許したのだし、ターロイが悪者のわけがないですか」
「……その彼って、どんな奴?」
「内緒です。言うとスバルも彼もウェルラントに怒られるです、面倒臭い」
驚いたことに、スバルはウェルラントとも面識があるようだ。
彼女は口を尖らせて領主への悪態を吐いた。
「ウェルラントは彼のことになると短気で困るです。祠が開かないからってスバルと彼に文句を言うですし、気分転換に彼を外に連れ出したら超怒られたですし」
彼とは、以前グレイが言った、ヤライから連れ出されたもう一人の子供、だろうと思う。
気にはなるが知ってはいけない。
ターロイは意識的に思考を逸らした。
「ウェルラントは祠を開けたいみたいだけど、スバルは?」
「アカツキ様の復活は獣人族の悲願。当然開きたいです。しかし、まだ目覚める時期じゃないとアカツキ様の魂が言ってます。だからその時を待ってるです」
アカツキの魂って、その辺に漂ってるんだろうか。とりあえずスバルには声が聞こえるらしい。
よく分からないけれどとにかく、祠を開けることに問題はなさそうだ。
「あのさ、俺、多分この祠を開けられるんだけど」
「……は?」
ターロイの言葉を咀嚼し損ねて、スバルが怪訝な声を上げた。もしくは質の悪い冗談だと思ったのかもしれない。
なので、もう一度言う。
「俺が、この石碑にある『再生の申し子』って奴だと思う。多分あの扉の鍵を再生できるよ。まあ、開けるとしてもウェルラントに話をしてからだけど」
「まさか、ターロイがメギド・トリガー……!?」
スバルは愕然とした様子だった。そして呟かれた聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「メギド・トリガーって?」
問うた言葉に、彼女は答えなかった。ただ眉根を寄せて、何かを考え込んでいる。何なんだ、一体。
「……昔、スバルといた時にはそんな力持ってなかったですよね?」
「え? ああ、色々あって、あの後に手に入れた能力だ」
「まさかターロイに寄生するなんて……。でも、アカツキ様が目を覚ませば、知恵を頂けるかも……」
ぶつぶつと独りごちたスバルは、何かを思い立ったようにどこからともなく妙な形の砕けた金属片を取り出した。
それをこちらに向かって差し出す。
「……アカツキ様の祠の鍵は、実は扉を直すだけでは開かないのです。この別鍵をはめ込まないと。……これ、再生できるですか?」
「真鍮製か。これなら直る。ちょっと待って」
ターロイは破片を受け取るとそれを両手で緩く挟んで、ものの一分ほどで元通りにして見せた。それをスバルに返す。
「……この能力、本当に……」
受け取った鍵を見た彼女はそう呟くと、ぱっと顔を上げた。
「分かった。こうなったら今度こそターロイのことはスバルが守るので、安心するです」
「……は?」
さっきとは逆に、今度はターロイがスバルの言葉を咀嚼できずに怪訝な声を上げてしまった。
え? どういうこと?
全くもって話の繋がりが分からない。
「ウェルラントが帰ってきたら、さっそく祠を開けるですよ。スバルもそれまでに出立の準備をしておくです。あ、時々街に出る時用に、ウェルラントに買ってもらった服があるですから、バレる心配も無用です!」
「ちょ、ちょっと待ってスバル、俺を守るって何? 心配してもらわなくても俺今は結構強いから」
「水くさいですよ、ターロイ。遠慮するもんじゃないです。スバルは昔に比べてとんでもなく強く成長しているのですから、どーんと頼るといいですよ!」
「いや、遠慮じゃなくて……」
駄目だ、聞く耳持ってない。
スバルは言いたいことを言い切ると、そのままターロイに向かって手を上げた。敬礼をするみたいに、すちゃっと額に手をかざす。
「じゃあ、またです、ターロイ! 祠を開けに来れば匂いで分かるですから、いつでも来るがいいですよ! 準備万端にしておくです!」
すごくきりりとした笑顔で宣言し、彼女は森の奥に帰ってしまった。
……何なんだ、一体。




