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過去の記憶1

 ヤライの村の孤児院に入れられる、さらに前のこと。


 ターロイはファラという小さな村にいた。その頃からもう両親はおらず、引き取られた村長の家で奴隷のように働かされていた。

 まだ七歳程度だったが、農作業、家畜の世話はもちろん、危険な仕事にも使われた。


 その一つが、家主が興行する見世物小屋の獣の世話だった。


 狭い檻に閉じ込められて気が立っている獣には、餌をやるのも一苦労。肉食獣には腕ごと持って行かれそうになることもあるし、草食獣はなかなか餌を食べてくれなくて、痩せさせてしまうとターロイが折檻を喰らった。


 獣たちは皆近くの山から捕まえられた野生のものばかり。言うことなんて聞いてくれるわけがないのだ。


 そんな中、見世物小屋の目玉となっていたのが、銀色の子狼だった。



 この銀狼は大人の前では酷く暴れるが、ターロイには牙を剥くことがなかった。

 もちろん最初の頃はよく噛み付かれたけれど、毎日世話をして話しかけているうちにおとなしくなったのだ。

 そうして唯一その背中や尻尾を触らせてくれる癒やしの存在が、いつしかこの生活の心の支えになっていた。



 しかし、そんな村での生活は、突然終わりを告げた。



 ある夜。


 獣たちがやけに騒いでいた。

 家主にそれを静めてこいと言われて、ターロイはランプを片手に檻の様子を見に行った。


 獣舎の中、明かりに照らされた肉食獣たちは、皆一様に牙を剥き、草食獣たちは怯えたように身を縮こまらせていた。いつも村人に見せるものより激しい威嚇と警戒。

 近くに何か恐ろしい敵を見つけたような。


「ターロイ」


 その様子を見て困惑していたターロイに、声を掛けるものがいた。

 驚いて声のした方を見る。

 すると、銀色の子狼がいるはずの檻の中に、何故か自分と同じくらいの歳の少女が入っていた。


 銀色の髪は肩まで伸び、狼の耳と尻尾が付いている。

 その頃は獣人の存在なんて知らなかったが、ターロイは子供ながらに、この女の子はあの狼だとすぐに気が付いた。


「キミ、人間だったの?」


「ちがう。スバルは獣人」


 少女の名前はどうやらスバルと言うようだ。それだけ告げると、彼女は焦ったようにガタガタと檻の出入り口を揺すった。


「ターロイ、鍵ある? ここ開けて、お前は逃げろ。もうすぐ、キケンが来る」


「危険?」


「武器の音と、足音がいっぱい来る。すごく嫌な気配」


 スバルはカタコトだったが、ことの重大さはしっかりと伝わった。

 彼女は何かがここに攻めてくると言っている。

 その言葉を疑いはしなかった。何故なら、子狼はターロイにとって、この村の誰よりも身近な友達だったから。


「ま、待って、今鍵開ける」


 ターロイが獣舎に来る時はいつも腰に鍵をぶら下げていた。そこからスバルの檻の鍵を抜き取って、躊躇いなく鍵穴に差し込んで解錠する。

 急いで檻を開けると、彼女はすぐに外に出てきた。


「みんなの檻も、開けられる? 森へ逃がす」


「えっ、でも、危なくない?」


 みんなとは、他の獣たちのことだろう。草食獣はいいが、熊やイノシシは怖い。


「平気。みんなスバルの言うこと聞く」


「そうなの? じゃあ、この鍵で開けて。ぼくは大旦那に何かが来ること伝えてくる」


 スバルの言を信じ、ターロイは鍵束を少女に預けて屋敷に戻った。

 屋敷の人間はあまり好きではないけれど、生かしてもらっている恩義がある。自分だけ先に逃げるわけにはいかなかった。


 勝手口からだと遠回りになる。早く危険を伝えなければと玄関から飛び込むと、家主にいきなり怒鳴られた。


「ターロイ! 汚い身なりで玄関を跨ぐんじゃない! この身の程知らずが!」


「す、すみません大旦那様。でも、ここに何かが攻めて来てるらしいんです。急いでお知らせしなければと思って……」


「何かが攻めてくる? 誰がそんな馬鹿な嘘を信じるんだ。それどころか今晩は村に教団の司教様方がいらっしゃるというのに」


「……教団の司教様?」


「この村にご神託が下りたのだ。銀の狼を教団に差し出せば、永劫の安息が約束されるとな。今日がその約束の日になる」


「スバルを、差し出す……!?」


 初耳だった。もちろん、家主がわざわざターロイに告げる理由もないのだけれど。

 しかし、スバルは少年にとって唯一の友達。

 これはターロイに敵愾心を抱かせるのに十分だった。


「そうだ、ターロイ、今のうちにあの狼に首輪を掛けておけ。それから、暴れないように麻痺毒の入った餌を……」


「無駄です。さっき狼は檻から出して逃がしました」


「……なっ、何だと!?」


 ターロイが言うと、家主は顔色を変えて少年に迫り、その胸ぐらを掴み上げた。


「ふざけるな、ターロイ! 育ててもらった恩も忘れおって! 今すぐ連れ戻せ! さもないとお前を獣の餌にしてやるぞ!」


「だから、その恩を返すためにここに危険を知らせに来ました」


「見え透いた言い逃れをするんじゃない! このクソガキが……」


 家主がターロイを殴ろうと拳を振り上げる。

 と、その時。


 ゴゥン、と大きな音がして、窓から見える村の一角に炎が上がった。


「な、何だ!?」


 驚いた家主は少年を放り投げて、開いていた玄関から外に出た。

 ターロイもこっそりと覗くと、村の教会が燃えているのが見える。


 スバルが言ったとおり、『危険が来た』のだ。


 家主がそちらに気を取られているうちに、ターロイは今度は勝手口の方から外に出た。

 危険を伝えたことでもう家主に対する役目は終えた。信じるか信じないかは家主次第。今は獣たちが無事に逃げたか確認する方が大事だ。


 ターロイは急いで獣舎に向かった。



**********



 村人がわらわらと外に出て慌てふためく中、村の門の方から教団の人間が歩いて来た。司祭が三人と、僧兵が六人ほど。

 それを見つけたターロイの家主でありこの村の長でもある男は、彼らの元へ急いで走って行った。


「し、司祭様、これは一体何が……」


 自分たちと反対に落ち着き払った司祭に、挨拶も忘れて訊ねる。

 それに司祭の一人が答えた。


「先触れがあったはずである。我々はご神託により、この村に永劫の安息を届けに来た。銀狼は引き取って行くので心配無用だ」


 そう言った司祭の後ろで再び大きな音がして、今度は教会近くの民家が燃え上がった。

 そこから逃げだそうとした村人を、何者かが容赦なく剣でなぎ払う。


 村長が目をこらすと、炎の中から魂のない亡霊のような戦士が現れた。目は落ちくぼみ、肉は削げていて、見るからに恐ろしい。


「ば、化け物……」


 思わず呟いた男に、司祭たちが肩を竦めた。


「不信心なことを言う。あれは守護者ガーディアン。神のご神託を忠実に履行する僕ですぞ」


「守護者!? あれが、村を守る者だと……?」


「お前たちに永劫の安息を与える者である」


 守護者は逃げ惑う村人を切り捨て、近くにある建物を手当たり次第破壊していた。到底、『守護』者とは思えない。


「こ、これのどこが安息だと……!? 約束が違う!」


「永劫の安息、だ。この村を永遠に安らかに眠らせてやろうという、神の救いだ。約束は守る。謹んで受けるがいい」


 そう言って、司祭たちは武器を構えた。


「こんな……こんなことが……」


 この段になって、男は先ほどのターロイの警告が真実だったと知る。

 しかし、もう遅い。

 この村は、消滅させられるのだ。神の意思によって。



**********


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