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力の制御

 ここが月明かりしかない暗い場所で助かった。


 ブーストを受けたターロイの身体は、明るいところでは目立つけれど、夜目ですぐに分かるほど大きな変化ではない。ユニに気付かれることはないだろう。


 それよりも、能力が上がりすぎて、力の制御が難しい。


 さっきまでゆっくりだった再生はそんなに音も立たなかったが、突如暴走にも近い情報のやりとりが始まって、持ち上がる瓦礫同士が擦れて大きな音を立てだした。


「くっ……情報を制御して、速さと精度を上げられるか……」


 大量に処理された情報を元に多くの瓦礫が一度に動き出すのが問題だ。それを抑え、ソートして秩序立て、処理の速さと瓦礫の動きの円滑さを優先する。


 今までしたことのないアプローチ、しかしこれは思わぬ良い経験かもしれない。

 ターロイは過去にガイナードの核とここまで綿密な疎通をしたことがなかった。するのが必要なほどの力量をまだ持っていなかったからだ。


 だが今こうして力を御する感覚を覚えて、自分が思いの外、力を使いこなしていなかったのだと実感する。

 もっと修練が必要だ。


 破壊と再生、これを完璧に連携させることができたら、きっと多様に使える力になるに違いない。




 少し力の制御に慣れてきたところで、ユニの歌が終わった。

 途端にがくりと塔の再生スピードが落ちる。

 どうやらブーストは彼女が歌っている間しか効き目がないようだ。


 身体能力が上がる際の高揚感が収まり、身体も元に戻る。

 しかしブーストの感覚はしっかりと残っていた。ターロイはそれを脳内で何度も反芻する。


 そうして黙したままでいると、ユニが伺うように声を掛けてきた。


「ボク、少しは役に立った?」


 あれだけの歌を披露しておきながら、何とも気弱な言葉。

 ターロイはそれに小さく笑った。


「少しどころか、大いに役に立った。塔を見ろ、もう三分の二は直ってる。俺だけなら後三時間は掛かるところだった。ありがとな」


 何よりも、あのブーストの感覚を味わわせてくれたのが大きい。

 もちろん狂戦病の発作もブーストする点では同じだが、あれは発動している間は思考が正常ではないし、その後は力を使い果たして気を失うからどちらにしろ反芻する余裕もないのだ。


「もう一回歌えれば良いんだけど……。同じ歌は一日一回しか歌えないんだ」


 残念そうに言うユニ。

 まあ、確かにこの歌が連発できるようなら、エルフが滅ぶことはなかっただろう。『魔』歌と言うからには魔力を消費するんだろうし、無理はさせられない。


「いや、十分だ。……でも、その歌にはそんな決まりがあるのか」


「決まりっていうんじゃないけど。今まで何度か歌ってみても、二回目になると何も起こらなかったの。歌から力が抜けちゃうみたい」


 エルフの力にも色々法則があるようだ。今度ミシガルに行ったら、エルフの文献も見せてもらおう。何か分かるかもしれない。


「ユニは、他にも歌える歌があるのか?」


「あと一つ歌えるよ。傷とか疲れを癒やす歌」


 癒やしの歌『ヒール』か。

 エルフの歌の種類はもう少しあったはずだが、問題ない。とりあえず彼女が歌える歌は、どれも十分使い勝手がいい。


「歌おうか?」


「大丈夫だ。お前のおかげで塔の方の修復はもう終わる。もう一つの方もすぐに再生できるだろう。水を運んできてもらう必要も無さそうだよ。ユニ、お前はもう部屋に戻って寝ろ」


 魔歌がどれだけの消耗をもたらすのか分からないし、今日はもう休ませよう。新しいことが多くて気が高ぶっているのだろうが、ユニだってもう随分疲れているはずなのだ。


 そう思って告げると、一応は役に立てたと自負したらしい彼女は、素直に頷いて目を擦った。やはり眠かったようだ。


「ターロイも早く戻ってきてね?」


「ああ、日付が変わる前に戻れそうだ。ユニのおかげで助かった」


 もう一度礼を言うと、ユニは嬉しそうに笑って、それからおやすみを告げて戻っていった。




 程なくして塔は再生し、ターロイは厩のある方へ移動した。

 こちらは塔に比べれば小さく、一人で再生してもそれほど掛からない。失敗してもすぐにリカバリーが利く。


 ターロイはここでさっきのガイナードの核の制御を試みることにした。


 残っている厩の壁に手を付き、最初から再生を始めるのではなく情報をある程度取り込み、先にソートを済ませる。

 今までは手当たり次第にピースを選んで組もうとしていたパズルのようなものだった。それを、土台に合うピースから選んで順序立てて、組み上げていくようにする。


 すると瓦礫の戻りがスムーズになり、ただ能力を使っていただけの時よりも格段に処理が静かで速くなった。情報が整理されたおかげでできた余力を速度に回せるからだ。


 何となく今まではガイナードの核を力と知識の入れ物みたいに思っていたけれど、制御してみて分かる、これは紛れもなく自分の一部なのだ。

 身体と融合しているだけでなく、意識とも連携している。


(……しかし、そもそもガイナードの核って何なんだよ)


 その能力を使役しながら、ターロイには基本的な疑問が湧く。ガイナードが前時代に実在した再生師だということは知っている。だけど、人間の『核』って何なんだろう。心臓ではないし。


 この石に、ガイナードの知識と能力だけを抽出して封じ込めた?

 だとしたら、元々の彼は一体どうなった? ガイナードに関しては、死亡記録も何もないのだ。いつの間にか歴史から消えている。

 書かなかったのか、書けなかったのか、それとも。


 ……まあ、考えても仕方ないことだ。その答えを知るものがいない以上、推察しても無駄なこと。昔から何度も浮かんでは消しているその疑問を、ターロイは今度もすぐに頭から追い払った。


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