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見張り塔修復

 ユニをターロイの部屋に置くというディクトの提案を、どうにか却下しようと反論する。


「お、俺の部屋に入れるって、それだって特別扱いに入るんじゃないのか?」


「ボスの身の回りの世話をする役割でも与えてやれば、みんな納得するだろ。多分、ウチの手下にその役割をズルい、うらやましい、と思う奴はいない。最初の印象があるから、あいつらにとってターロイは『頼もしいけど激怖いボス』だからな」


「しかし……」


 できることなら側に置きたくない。子供、それもユニのように庇護欲を刺激される相手は特に、情が移ってしまう。

 守るべき人間を作りたくない自分にとっては、極力距離を取りたいところなのだ。


「……ターロイが嫌なら、ボク普通に他の人と一緒の部屋で大丈夫だよ?」


 そんなターロイの様子に気を遣って言うユニを見て、ディクトが口を尖らせた。


「いやいやいや、そもそも他の奴と一緒の部屋にユニを入れたくないとターロイが言ったんだろが。渋る意味が分からん。あれか、女の子相手に理性が利かなくなる野獣タイプ? 一緒だとユニが危ない?」


「そんなわけあるか!」


 そこは即座に否定する。


「他の人と一緒なのも気になるなら、ボク一人で納屋かどこかで寝るよ。そういうところで動物と一緒に寝ることもあったし。ここに連れてきてもらえただけで十分。雨風もしのげるから問題ないよ」


「えー、ターロイはユニをそんなとこに追いやっちゃうの? ひどくね? 自分は広い部屋を使うのにさあー」


「くっ……」


 ディクトのムカつく突っ込みは置いておいて、ユニがすごく申し訳なさそうに譲歩をするのが辛い。

 決して嫌なわけではないのだ。困るだけで。

 要は自分の情の問題。


 俺が自分を律し、この子に情を移さなければいい話か……。


「……分かった。ユニを俺の部屋に置くことにしよう……」


 この判断を下すこと自体がすでに彼女に情を移しかけていることに他ならないのだけれど、ターロイはそれに気付かなかった。







 ディクトがターロイ用として残していた上階の部屋は、ありがたいことに入ってすぐの執務室と、左奥の寝室の二部屋あった。


 ターロイはそのうちの寝室をそのままユニの部屋に当てて、自分は執務室の一角を使うことにした。

 どうせここで机に座って執務をするなどということはないし、問題は無い。




 夜になり、皆で夕飯を済ませてそれぞれが各々の部屋に戻る。

 ターロイもユニを引き連れて自室である執務室に入った。


「ユニ、部屋に入ったら自由にしてていいぞ。俺はちょっと外に出てくる」


 ユニに声を掛け、自分はマントを羽織る。


「どこに行くの?」


「本当に外に出るだけだ。すぐそこだよ」


 首を傾げる少女にターロイは窓の外を見て答えた。


「じゃあ、すぐ戻ってくる?」


「いや、戻るのはおそらく深夜になる。お前は先に寝ていろ」


 ターロイは外に誰もいない夜のうちに、崩れたままだった見張り塔と厩の再生をするつもりだった。昼間に手下のいる前で能力を使うのは憚られるからだ。

 朝には一時騒ぎになるだろうが、どうとでもごまかそう。


 そう考えながら部屋を出ようとすると、ユニも何故かマントを持ってきた。


「ボクも行っちゃ駄目?」


「は? 来ても楽しいこと何もないぞ」


 散歩に出るつもりだとでも思っているのだろうか。諭すように言ったターロイに、しかしユニは首を振った。


「何かお仕事しに行くんでしょ? ボクもターロイの役に立ちたい。何かできることがあるかもしれないし。喉渇いたらお水持ってくるとか、お世話係としてでも」


 何と言うか、律儀な子供だ。

 少しでも恩返しがしたいということか。


 正直、手伝いは不要、なのだが。


「……じゃあ、ついてこい。でも遅い時間になる前に戻れよ」


「うん!」


 与えられたものに報いたいという心は尊重すべきだと思う。それがどんなに小さなことでも、ユニが真っ直ぐ育つ糧になるはずだ。

 常人にない能力を持つ人間はなおさら、正しく育てないといけない。……俺はちょっと歪んでしまったからな。


 それに、転移方陣を使うのみならず、自分にも不思議な力があることを見せた方が、彼女も疎外感を持たずに済むだろう。



 ターロイはそのままユニを連れ立って居住区を出て、月明かりを頼りに広場奥で崩れたままの見張り塔に行った。

 この塔が元通りになれば、最上の展望台から王都の様子を覗くことができるのだ。もちろん細かい動きまでは分からないが、万が一戦火が上がった場合、すぐに把握できるようになる。


「ユニ、とりあえずそこで見ていろ。足下の瓦礫を踏まないように気を付けろよ」


 ターロイはそう言うと、崩れていない土台の部分に手を当てた。

 すぐにガイナードの核が物質との交信を始めて、瓦礫がゆっくりと積み上がり、元の状態に巻き戻っていく。


 それを見ていたユニは、あんぐりと口を開けていた。


「壊れた建物が、直ってく……」


「俺の能力の一つだ」


「すごい、こんな力もあるんだね」


 自分の特殊能力しか知らなかった彼女は、ターロイの能力に興味津々のようだ。すごい、すごいと連呼している。


「でも、これ疲れない? 見てると重労働みたい」


「能力で瓦礫を持ち上げてるわけじゃない。物質に元の形の情報を与えることで、瓦礫が自分から戻っていくんだ。一番面倒なのは、これが戻りきるまで時間がかかることだな」


「時間かあ。ボクにできること、何かあるかな?」


「さっき言ったみたいに、途中で水でも運んできてくれれば良い。今の俺の能力では、見張り塔だけで直すのに日付を超えるまでかかるからな」


 その後に厩も直すつもりだから、まだまだ先は長い。

 こうして短い時間でも話し相手がいることは、少しありがたいかもしれない。

 あまり馴れ合いたくはないけれど、まあ、こんな時くらいは。


「そんなにしてたら、ターロイ寝る時間なくなっちゃわない?」


「ま、ここを直しきるまでの数日の我慢だ。お前は俺に付き合う必要はないからな。昼間に仕事があるんだから、ちゃんと寝ろ」


 そう言うと、ユニは少し不満げに唸った。


「ボクも役に立ちたいのに……」


「この暇な時間を解消してくれてるだけでも十分役立ってるさ。適当にしゃべっててくれ」


「適当にって言われても」


 考え込むように首を捻った少女は、次の瞬間、はたと顔を上げた。



「じゃあ、歌う!」


「歌?」


 ユニの提案にターロイが目を丸くする。


「頑張って欲しい人に捧げる歌があるの」


 もしかして、この子はグロウ以外にもいくつか魔歌を持っているのか? だとしたら、ユニにはとんでもない価値がある。特に強欲な人間には、金の塊に見えるだろう。


 彼女が少し控えめな声量で歌い出したのは、やはり魔歌だった。


 それを聞いた途端にターロイの身体に異変が起こった。両手の爪が尖り、牙が生え、首筋の毛がちりちりと逆立つ。これは、狂戦病の発作の時に感じる、腹の底から力が湧いてくる感覚だった。

 物質とガイナードの核も、まるで太いバイパスが通ったように大量に情報の交換を始める。


 全能力の底上げ、『ブースト』の歌だ。

 ターロイが理性を持ったままこの感覚を味わうのは、初めてのことだった。


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