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ユニを連れて

 領主の館を出ると、ターロイはユニを引き連れてミシガルの大通りへと繰り出した。


 男として扱うとはいえ、色々女の子として必要なものはあるだろう。幸い昨日グレイが餞別でくれた金があった。服や日用品を買う程度なら十分まかなえる。


「ユニ、ミシガルにはそう頻繁には来れない。必要なものがあるなら今のうちに買っておけ。俺には女の必要なものなんか分からないからな」


「え、でもターロイさん、ボクは男として生活するから、特別なものはいらないですよ。今までも、下着とか全部男物だし……。洗濯した時に女物の下着があったらおかしいでしょ?」


 ……確かに、男物の下着の中に一枚女物の下着が混じっていたら問題かもしれない。だが、彼女が女だと知っているのに男物の下着を着せるのも気になる。


「……洗濯物も含めて魔法掛けられないのか? その、女物を男物に見せる、みたいな」


「ボクの幻惑の魔法の力はすごく弱いんです。自分の認識を少しずらすくらいしかできなくて……ものには適用できないんです、すみません」


「いや、謝らなくていい。そうだよな、封呪輪もついてるしな。……お前はその首輪をつけられる前、どんな魔法を使えたんだ?」


「えっ? ターロイさんはこの首輪のこと何か知ってるんですか? ボク、物心ついた時にはもうこれつけられてて、全然外せないし、よく分からないんです。魔法はこれだけしか使えません」


 どうやら、ユニは自分のことについて何も知らないようだ。彼女の正体を知っているのは、彼女に首輪を掛けた人間か。

 それが誰なのか気になるけれど、この街中で訊くことでもない。

 ターロイは「そうか」と軽く請け合って、話を戻した。


「とにかく、せめて下着だけは女物を買え。洗濯は自分でして、どこかに隠して干せ」


「わかりました。ありがとうターロイさん。買ってきます」


 さすがに一緒に店に入って買ってやるのは体裁が悪い。ユニに銀貨を五枚ほど渡して、ターロイは店の前で待つことにした。


 その間に、拠点に戻ってから彼女に与える仕事を考える。


 あの細腕に力仕事は難しい。だとすれば料理や家事の手伝いあたりか。もしエルフの薬学知識があるのなら薬師にしてもいいが、さすがにその教育は受けていないだろう。

 ……やはり、ディクトに相談してみるか。


 あの封呪輪を外してやればエルフの能力が目覚めるかもしれないが、残念ながら今のターロイには壊せない。魔道具を破壊する力は封印されているのだ。


 この、再生師の能力の封印も、急ぎ解かなくてはいけない。

 ゆくゆくは必ず、サージとサーヴァレットの相手をする時が来る。

 その前に、力を取り戻さなくては。


 この能力が、サーヴァレットから抽出された忌むべき力だったとしても。




「お待たせしました」


 しばらくして、小さな紙袋を抱えたユニが店から出てきた。

 ……女の子の下着って、こんな小さな袋に収まるサイズなのか。


「他に何がいるんだ?」


 女の子と関わったこと自体がほとんどないから、よく分からない。

 ジュリアの世話をしたのも一晩だけだったし。

 そして、ユニの方も遠慮して「もう大丈夫」と言うので困った。


 ……駄目だ、俺では。

 ディクトに助けを求めよう。


 そう決めて、ターロイは少女を引き連れて転移方陣に向かった。






 ユニの手を引いて拠点に転移をする。

 突然変わった景色に、彼女は驚きで目を丸くした。


「ターロイさん、これは……?」


「魔法を使えるのはユニだけじゃないってことだ」


 そう告げてやると、少女はぱあと表情を明るくした。不思議な力を持つ孤独があったユニには、同様にこんな不思議な力を平然と使っているターロイが嬉しかったのだろう。


 そんなわかりやすい彼女に小さく笑って、ターロイは歩き出した。


「ここが俺たちの拠点だ。まだ修繕の必要があるが、生活するには困らない。他の奴らに会うから、魔法掛けとけよ」


「はい、ターロイさん」


「ここからはその『さん』付けと敬語もいらない。そんなかしこまった部隊じゃないからな」


「は……うん」


 素直に頷いて、ユニはターロイの後をついてきた。


 途中、それぞれの作業をしている手下の何人かと会うたびにユニを紹介して、その足でディクトの元に向かう。

 目当ての男はちょうど剣の修練を終え、一息ついているところだった。


「お帰り、ターロイ。随分可愛い連れがいるな」


 子供を見たディクトはこちらに寄ってきて、にこりと笑った。


「こいつをウチに置くことになった。お前にちょっと面倒を見て欲しいんだ」


「ユニです。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げた彼女に、男も軽く頭を下げる。


「俺はディクトだ。よろしくな。あ-、こういう生意気じゃない礼儀正しい少年は何とも新鮮だわ」


「ディクト、ユニに何か良い仕事を割り当てて欲しい。できればお前の目の届く範囲のものがいいな。この子はちょっと訳ありなんだ。……ユニ、こいつの魔法は解いて」


「あ、うん」


 ターロイが指示をすると、ユニが何かを呟き、それに目の前のディクトが目を瞬いた。


「……ん? あれ……? 女の子……?」


 魔法が解かれ、認識を変えられた男が困惑する。まあ、そうなるよな。


「ユニは特殊な力があって、周りに自分を男だと認識させることができるんだ。ここで女の子一人だと色々問題があるだろう。俺とお前以外はみんなユニが男に見えるようにしてある」


「マジか……すげえな。俺もたった今まで男だと思ってたわ」


 とりあえず元教団所属だったせいか、特殊能力への違和感はないようだ。その反応に、ユニもほっとしたようだった。


「それで、この子をちょっと気に掛けてやって欲しい。ユニも、何か困ったことがあったらすぐにディクトを頼れ」


「……え? ターロイ、は?」


 横から子供に少し不安げに見上げられる。

 やめてくれ、その子犬みたいな眼差し。


「……俺がいるときは対応してやってもいいが、俺はここにいないことも多い。基本はディクトに何でも相談しろ」


「……うん」


 ちょっと寂しげに頷かれて、困る。

 教団にいた時は必要のなかった感情が、引っ張り出されそうになるのだ。子供の頃はよく感じた、あの日から封印したはずの感情が。


 ターロイが困っていると、その沈黙をディクトが回収してユニに話しかけた。


「ユニ、何か得意なことはあるか? 力仕事は置いといて、料理とか洗濯とか何でも良いが」


「あ、作物を育てるのは得意。ボクの育てた野菜は高く売れるって、村でよく言われてたの」


「あー、農作業か。結構体力が必要だが、まだウチの畑も小さいし、手伝いに入れてもいいかもな。ちょっと見に行ってみるか?」


 そうディクトに訊ねられたユニが、何故かこちらを見た。

 明らかな俺待ち。


「……見に行くか」


「うん!」


 ここでディクトに引き継ぐつもりだったのに……。仕方なく歩き出すと、彼女は嬉しそうについてきた。ぶんぶんと振った尻尾が見えるようだ。


 それを見たディクトがニヤニヤと近付いて来た。


「随分懐いてるじゃん。ワンコみたいで可愛いねえ」


「……からかうな。ぶん殴るぞ」


 何で俺に懐くんだ。特に何をした覚えも無いのに。


「照れるなよ。美少女に懐かれるなんて嬉しいだろ?」


「……本当に殴られたいらしいな」


 ターロイが静かに指をポキポキと鳴らすと、ディクトがビクッとして黙った。こちらの本気を感じたようだ。

 男は話を逸らすように、少し後ろを歩くユニに声を掛ける。


「そう言えば、ユニは動物は平気か?」


「うん、手懐けるの得意だよ」


 まあ、エルフは森の守護者だ。その血が入っているのなら動物の扱いは容易いだろう。


「畑の隣には山羊と羊がいるんだ。今は餌やりを当番制にしてるんだが忘れる奴がいてな。動物が可哀相だから餌やりも頼むわ」


「わかった」


 普通に仕事をもらって、ユニはどこか嬉しそうだ。

 きっと今まではこんなふうに扱われていなかったのだろう。

 幻惑は文字通り人を惑わす魔法。村でそれを知られていたなら、奇異な目で見られ、何か問題が起きれば冤罪を掛けられていたに違いない。


 ……昔、ヤライ村に行く前のあの村にいた、あの子のように。

 少し苦い記憶を思い出して、ターロイは眉を顰めた。


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