キメラ・ベース
ターロイはサーヴァレットとサージの死体をそのままに、拠点に向かって山を登り始めた。
魔剣を持ち帰ったところで、深夜になると宿主は必ず剣の側に召喚・復活させられる。わざわざ手元に置いてもリスクになるだけだ。
それに、どうせサーヴァレットは宿主以外には使えない。今は捨てておくしかなかった。
(……大戦時、サーヴァレットの大いなる力はずっと研究対象だった。その能力を抽出して武器、術式、魔法生物が創り出され、多くの種族がそれぞれに生み出した壊滅的な力で、互いを滅ぼした……)
サーヴァレットの研究に関する詳しい知識は、残念ながらガイナードの核の中には無かった。しかし、ターロイの心はざわめく。
能力をブーストし、敵味方関係なく襲いかかるサーヴァレットと、同じような発作を持つ狂戦病。
そして、魔剣の持つ破壊力と再生成能力は、ガイナードの再生師の能力に繋がる。
(もしかして俺の中にあるのは、サーヴァレットから取り出された忌むべき力じゃないのか……? だとすると、まさか、グレイは……)
今更ながら、八年前、グレイがターロイを助けに来た理由が気に掛かった。
確か狂戦病が珍しいからと言っていたけれど。その為にあの死地に自ら飛び込んだなんて、いくら研究オタクのグレイとはいえ、理由が弱い。
ガイナードの能力のことも知っていたようだし、……彼は最初から、サーヴァレット関連の研究をしていた?
だとすると、前時代のことをよく知っているのも納得がいく。
そして、ターロイを危険を冒してでも救った理由も。
おそらくグレイは、ターロイを『キメラ・ベース』だと知っていたのだ。
『キメラ・ベース』とは、前時代の研究者の間で使われていた、特殊な能力を持った人間を指す言葉だ。
普通の人間は別の生物の能力を移植すると適合できずに拒絶・発狂して死んでしまうが、『キメラ・ベース』はいくつかの能力を取り込むことができる、文字通り『異能融合の基礎となる者』なのだ。
この能力は研究者垂涎の素養で、前時代では見つかればすぐに研究所に売られ、実験体にされた。
しかしそれは現時代には伝わっていないはず、だったのだが。
(……グレイは俺の血液を調べた時、ガイナードの核の成分と狂戦病のウイルスが馴染んできていると言っていた。……異能融合の状態を見ていたんだ)
つまり、グレイはターロイを『キメラ・ベース』と知って救い、保護していたということだ。それがただの研究対象としての興味なのか、それとも自分を何かに利用しようとしてのことかは、分からないけれど。
(分かってる。グレイは味方ではない)
最初から言われていたことだ。裏切られたような気分になるのは間違っている。それに。
(……味方ではないけれど、敵でもない)
強引にターロイを利用しようとするのなら、こうあっさりと手元から逃がさないだろう。
(今度、何か用事ができて王都に飛んだ時に、直接訊いてみよう)
グレイなら、しれっと本当の目的を話してくれそうな気がする。
ターロイはそう決めて、気持ちをこれからのことに向けることにした。
「よう、ターロイ! 見てくれよ、見違えただろ?」
夕方、拠点に着いたターロイを出迎えたディクトは、すごいドヤ顔でこれまでの成果を見せた。
建物の瓦礫は弄るなと言っておいたからそのままだったが、塀で囲われた敷地内はキレイに草が刈られ、水場の近くに小さな畑ができていた。その隣には木の柵の囲いがあって、中には山羊と羊が三頭入っている。
一角には小屋が建てられていて、狩った動物の皮をなめす道具や、干し肉を作る作業台がおかれていた。
さらに驚いたのが居住スペースの中で、ターロイはベッドと収納箱を作る指示しか出していなかったのに、テーブルや整理棚が置かれ、絨毯まで敷かれていた。
「随分見違えたな。しかしこれだけ揃えるとは、金が掛かったろう」
「それが、全然掛かってないのよ。作れるものは自分たちで作ったし、絨毯とかこの良い感じのテーブルとかは、ミシガルの偉いさんの家の模様替え手伝ってさ、古い家具をただで譲ってもらったんだ」
「へえ、ミシガルで? お前一人で運んでくるの大変だったんじゃないのか?」
「それが、模様替えの話自体をウェルラント様が持ちかけてきてくれてな。特別に俺たち全員街に入れてくれたんだ。荷物を運ぶ馬車も御者付きで貸してくれてさあ」
「ああ、なるほど……」
さすが、ミシガル領主はぬかりない。
ターロイがいない間に、ディクト隊の全人数、その顔、働きぶり、そして拠点の場所を知られてしまった。
そしてこれに恩義を感じれば、元山賊とは言えミシガルの人間に悪さを働こうとは思わないだろうし、上手いやり方だ。
「……明日にでもミシガルに出向いて、ウェルラントに礼を言ってくるよ」
少しイヤミ付きでな。
しかしそんなことを考えているターロイを余所に、男は良い笑顔だった。
「ああ、そうしてくれよ。……こいつら、こういういい環境で生活したこと無い奴ばっかりだからさ、すげえ喜んでるんだ」
にこにこ笑うディクトの表情には嘘がない。本当に手下の喜びようを嬉しがっている。
少し抜けているが、いい男だ。
だから敢えて、ウェルラントの裏にある思惑を告げるのは止めた。
代わりに現状を訊ねる。
「ところで、残金はどうだ? 手下共から不満は出てないか」
「金はまあ、毎日の食費があるからじわじわ減ってるな。でも、収入もある。ターロイに言われたようにミシガル商人の護衛をしてるし、狩りをしてなめした革もミシガルの雑貨屋に買い取ってもらってる。畑で野菜が取れるようになればもう少し楽になるかな」
「大工や家具職人の手が空いたら、売れるものも作ろう。後は砦をもう少し直さないと作業ができないから、仕方ないな。他には?」
「下からの不満はまあ、あったけど、俺にできそうなことばっかりだったから解消しちゃった。構わないよな?」
「……解消した? まあ、もちろん構わないが、……どんな不満があったんだ? 一応聞かせろ」
ターロイは新しいことを始めれば不満が出るのは当然と思ってる。だからまずはその解消から、と考えていたのでつい拍子抜けした。
本当に、このディクトという男、対人に関してはスキルが高い。
「まず、前職によって割り当てられた仕事が嫌だと言うのがいたので配属を少し変えた。後は自分の時間が欲しいと言われて、昼と夜にみんなの休憩時間を作った。動物の糞が臭いと言われて片付けの当番表を作った。それから……」
「その後の不満は平和そうだな。もういい」
とりあえず仕事への不満の解消をしてくれたのなら問題ない。きちんと時間を決めて休憩時間を手下に与えるあたりも、ディクトの人柄が出ている。
「練兵の方はどうだ。筋の良い奴はいるか」
「おう、良いのがいるのよ! 剣が二人、槍が一人、斧が一人、弓が一人だ」
五人か。それとディクトで六人。遊撃隊としてはちょうど良いくらいの人数だ。
この男の眼鏡にかなったのなら、期待できる。
「山賊でいる時には満足な修練なんてできなかったからな。何人かは他の隊にいたんだが、弱いまま死んだらもったいねえからって、俺の隊に引き抜いてたんだ。ここでその能力が日の目を見るなんて、感慨深いねえ……」
ディクトは腕を組み、中空を見上げながら回顧している。
なるほど、二十人程度の中に五人も有能な戦士がいるなんて随分確率がいいと思っていたけれど、あのダルシ盗賊団全体の中から選りすぐっていたのならば納得だ。
「では、引き続きそいつらを鍛えてやってくれ。……その内の優秀な剣士一人に、これを渡そうと思ってる」
「……そ、それは……!」
ターロイは自分の荷物から布にくるまれた長物を取ってきた。
その布をぺろりと捲ってディクトに見せると、男は途端に表情を険しくする。
それは以前の戦いでディクトが使った、充魂武器の剣だった。
「教団と渡り合うなら、必ず必要になる。だから……」
「駄目だ、それは。本当に必要になる時まで、ターロイが持っていてくれ。……分不相応の武器は、未熟な人間を慢心させる。あの時の俺のように。武器に使われるのではなく、武器と対等になれる人間を育てるまでは、渡しちゃ駄目だ」
さっきまでの少しおちゃらけた男の顔ではない。男は真剣に手下のことを大事に考えている。
「……そうか」
教団にこの男が残っていたなら、あのサージにサーヴァレットは渡らなかったかもしれない。
そんな詮無いことを考えながら、ターロイは充魂武器に再び布を掛けた。




