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敵を破壊せよ

 ターロイは司祭達を壊そうと決め、至極冷静にグレイに声を掛けた。


「グレイ、あいつらは俺が壊す。俺に武器を貸して」

「……あなたが彼らを?」

「俺ならあの武器も奴らの身体も、一撃で壊せる」


 驚いて振り向いたグレイを、無感情な視線で見上げて告げる。

 それに彼は一瞬だけ逡巡したけれど、すぐに自身の持つ短刀をターロイに渡してくれた。


「……いいでしょう。私の考えた通りの事態が起こっているなら、あなたがあんな雑魚共に負けるわけがない。私が相手をするより警戒心も薄まるし……何よりその能力ちから、興味があります」


 丸腰になったグレイはにやりと笑って正面の司祭達に向き直った。 彼が子供に武器を渡したのを見た三人も、グレイが自分たちとの戦いを放棄したことに安堵し、揃って馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。

 

「まさか負けた時の言い訳のために子供に戦わせる気か? 情けない男だ」

「そう思っていて下さって結構ですよ。死人に何を思われようが、関係ありませんから。……さあ、ターロイ。お手並み拝見します」


 促されたターロイは、短刀を手にしてゆっくりと前に歩き出した。

 その瞳にはすでに三人の破壊点が映っている。

 手の届く距離にさえ入れば、すぐに壊せる。


 特に戦い方を習ったこともないが、負ける気は微塵もしなかった。




「では、まずは神託の履行をするか。村の孤児の廃棄は神のご意向。私が手を下してあげますからおとなしく死を受け入れなさい!」


 一番手前に居た一人目が、自身の攻撃範囲内に入ってきたターロイにメイスを振り下ろす。

 子供と侮っているのか、その振りは隙だらけで、遅い。


 ターロイはその瞬間軽く地を蹴ると、足りない距離を二歩ほど詰めて、メイスの破壊点に短刀を、司祭の鳩尾にある破壊点に拳を当てて、呟いた。


「砕破」

「あぐっ……!」


 一瞬でメイスは砕け、司祭が呻いて崩折れる。

 ターロイは白目をむいてそのままこちらに倒れ込んできた男をさらりと避けた。受け止められることもなく、どう、と地に倒れ伏した司祭は、ぴくりとも動かない。


「おっとこれは……。やれやれ、子供相手とはいえ気を抜きすぎですな。一撃で気絶させられるなど……。仕方がない、ここは私が」


 一人倒れたというのに、残りの司祭達には、まだ緊張感がなかった。子供の攻撃が大した威力に見えなかったからだ。どうやら一人目は気を失っているだけだと思っているらしい。

 しかし実際は、身体の中をぐちゃぐちゃに壊していた。もちろんこの男、生きてはいない。


 二人目が不用意にこちらに自分から近付いて来るのを、背後のグレイが呆れたように鼻で笑った気配がした。

 司祭達の洞察力のなさを嘲笑っているのだろう。


 だけどこれでいい。一人目を派手に壊さなかったのは、残り二人に逃げられると困るからだ。

 さっきより少しくらいは警戒はしているようだが、敵は未だに子供と侮っている。


「待て、その子供には体術の心得があるのかもしれん。より確実に廃棄するために、同時に行こうではないか」

「ふむ、そうだな」


 そこに三人目の男が声を掛けた。二人目よりは警戒心があるらしいけれど、その声音はやはりどこか緊迫感が欠けていた。


 まあ、同時に来てくれるならそれでいい。破壊が早く済む。




「……一つ訊いていい? あんたたちはこんなふうに村を丸ごと焼き払うような神様を、どう思ってるの? 神様って人々を救ってくれるんじゃないの?」


 ふと、じりじりと迫る二人が聖職者、それも司祭であることを思い出して、ターロイは素朴な疑問を投げかけた。

 それに司祭達がふんと鼻で笑う。


「神が救うのは我々のような徳の高い人間だけだ。教会に献金も満足にできないようなクズばかりの村など、神が存在をお許しになるわけがないだろう」

「神様はお金が無いと救ってくれないってこと?」

「逆に献金ができないくせに救ってもらおうなどと考える、貧民どもがどうかしているのだ」

「……ふうん」


 すう、と感情が消えていく。もう一言二言訊きたいことがあったような気がするけれど、そんな考えはすぐに失せた。


「……あんたらに付き合うのはもういいや。掛かってきたら?」

「ふん、生意気な小僧が……いくぞ!」


 二人同時に武器を振り上げる。しかしフレイルとウォーハンマーの重みの違いで、僅かにずれたタイミング。ターロイはそれを見定めて、先に振り下ろされたフレイルの錘を、今度は破壊せずに短刀を使って弾き、軌道を逸らした。

 破壊点は物質の芯。そこを叩けば軽い力でも自在に物質のベクトルを操れる。


 ターロイが意図的に逸らした錘の先が、ハンマーを振り下ろすところだった司祭の頭部を砕いた。その衝撃でハンマーもまた軌道を逸らして、フレイルを持った司祭の背中を強かに打つ。


「ぎゃああああ!」


 頭を砕かれた男は声を発する間もなく絶命した。しかし、フレイルを持った男は背骨を折ったものの死ぬのは免れたようだ。無様に這いつくばって、痛みに呻いている。


「い、痛いっ、助けてくれ、医者を……!」

「こんなときは、神様は救ってくれるんじゃないの?」


 ターロイが肩を竦めて訊ねたけれど、男はそれに反応する余裕はないようだった。


「わ、私は徳の高い司祭だ! 私を助ければ、お前は大変な功徳を積んだことになるぞ! ほ、本来お前は廃棄対象だが、特別に見逃してやってもいい!」


 その言葉に少年は閉口する。


 村をこんなにしておきながら、呆れるほどの自己保身。民を蔑視し、自分は特別な存在であると信じ切っている。

 そもそも教会の司祭以上の人間は貴族階級が多いせいではあるけれど、これが聖職者だというのだから信じられない。


「……救ってあげますよ、司祭様」


 ターロイはそう言って、男に近付き見下ろした。

 手には短刀を持ったまま。


「ま、待て、何をするつもりだ……」

「救ってあげると言ってます。こんな悪行を重ね、人の心を忘れた最低の人生から。……最期に神に祈るならどうぞ」

「やっ、やめろ……! そうだ、お前孤児だろう、助けてくれれば何枚か金貨をやる! 貧しい子供にはもったいないくらいの……」


「……どうやら神はいないらしいね」


 これ以上の問答は不要だった。

 低俗な男の返り血を浴びるのも忌まわしく、少年は片膝をつき、短刀の柄の方で司祭の破壊点を打突する。つい力がこもってしまったのは、内に渦巻く冷たい怒りのせいだった。


「砕破!」

「う、ぐあっ……」


 メキメキと骨の砕ける音がして、一瞬だけ呻いた男はすぐに動かなくなった。白目をむき、鼻と口から血が流れ出る。

 それを確認して立ち上がったターロイは、後ろで傍観していたグレイを振り返った。


「……グレイ達の神って何なの」

「難しいことを訊きますねえ。とりあえず私にとっては研究対象と言っておきましょう。……さあ、とにかく今は村から出ますよ。守護者は選抜隊のことは襲わないのでここに来てませんでしたが、クソ司祭達が死んじゃいましたからね。いつ来てもおかしくない」


「守護者は村の外まで追ってこないの?」

「それは保証します。村の内部しか動けないように結界が張られているのでね」


「結界……」


 さっき手に入れた前時代の知識と、現時代の自分の知識との齟齬は、まだ摺り合わせが難しいみたいだ。

 幼い思考は、すぐにそれを脇に追いやった。

 今優先すべきは村からの脱出だ。


「そこの塀に穴を開けるよ」


 ターロイはグレイに短刀を返し、敵の武器で唯一壊れていなかったハンマーを拾った。

 そのまま塀まで進む。すると後方の思いの外近いところで守護者が何かを破壊した音がした。


「ターロイ、急いで」

「うん。……砕破!」


 部分破壊を使って、ハンマーで半円形に塀に穴を開ける。と同時にグレイがターロイの腕を掴んで村の外に飛び出た。


 次の瞬間。

 今まで自分たちがいたその場所で、ドォンという大きな音と共に大量の砂塵が飛び散った。ターロイが驚いて振り返ると、何かが地面にめり込んだのが見えた。

 どうやら剣のようだ。


「危なかったですねえ。司祭共が死ぬのをどっかの家政婦みたいに建物の陰から見てたようなタイミングですよ」


 少年の腕を引いていたグレイも、少し村から距離を取ったところで振り返る。

 そこには炎で燃える村を背に、こちらをじぃと見つめる守護者が立っていた。


 その姿は人型ではあるものの、まるで怪物のよう。背の高さは平屋の屋根と同じくらいで、身体は骨張って、目は落ちくぼんでいる。

 そこに古びた鎧と焦げたマントをまとっているため、まるで亡者の出で立ちだ。


 グゥゥ、とその喉から漏れた声は、人ではなく獣に近かった。


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