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大司教

 ターロイは自分から仕掛ける気はなかった。

 それではサージに恐怖を味わわせる時間が減ってしまう。


 こうしてじりじりと睨み合っている間、この男の中ではターロイに対する恐怖が造成されていく。一度痛い目を見せているから、効果は十分だ。

 恐怖に駆られ、緊張が頂点に達した時、サージがどうするかも手に取るように分かる。


「お、おい、お前ら! 何してる! 俺を守って、とっととこいつを殺せ!」


 予想通りの展開。

 親の権威に守られて生きてきた男は、こんな時だって他力本願だ。


「自分の売った喧嘩を、怖くなったから他人に任せるのか。下らない男だな」


 呆れたように言うと、サージは顔を真っ赤にして喚いた。


「うるせえ、うるせえ! こいつらは俺の護衛だ、俺のことを守るのが仕事なんだよ! ほら、お前ら! 死んでも俺を守れ! ターロイを差し違えてでも殺せ!」


「はは、最低だな。こんな馬鹿を守らなくちゃならないなんて、お前らに同情するわ」


 護衛の顔を見ると、やはり皆一様に苦虫を噛み潰したような表情をしていた。しかしサージを見限ることなく、こちらに対して武器を構える。


 まあ、こいつらを雇っているのは親父の司教だし、この男がこんな性格だというのは元々知っているだろうし、今更か。


「一人ずつでもまとめてでも、どっちでもどうぞ」


 護衛たちの構えはそこそこさまになっている。おそらく過去に僧兵としての訓練を受けていたのだろう。しかし、いかんせん練度が低い。


 金で雇われて個人付きの護衛となると、生活が安泰になる。するとおおよその僧兵は訓練をしなくなるのだ。教団の中にいればほぼ危険のない任務ばかり。腕が鈍るのは必然だった。


 護衛七人のうち二人はサージの両脇に侍し、残りの五人が目配せをしあう。そのうちの一人が、じりじりとターロイとの間合いを詰めた。

 どうやらまずは一人がこちらの力量を見定めるつもりのようだ。


 護衛の中で唯一盾と槍を持つ男。防御とリーチを考えればまあ妥当か。それが普通の相手なら、の話だが。


「行くぞ!」


 一応連携なんかも考えているのかもしれない。周りの護衛に宣言するように声を上げ、男は盾を全面に出して突進して来た。

 しかし声を出した時点で攻撃のタイミングはこちらにもバレるわけで。


「砕破!」


 ハンマーを振り上げ、一瞬にして向かってきた盾を粉々に砕く。その破片が勢いよく飛び散り、無数の欠片が弾丸のように男の顔を直撃した。

 突き出そうとした槍は、衝撃に背中から倒れ込んだ男の手を離れて地面に落ちる。


 ターロイはそれを拾って、横から飛びかかりかけていた別の護衛の眼前にぴたりと穂先を向けた。槍に自ら突っ込む直前で踏みとどまった男が、慌てたように二・三歩後退る。


 他の護衛も攻撃に入るタイミングを見ていたが、その場で二の足を踏んだ。


「俺を殺せると思う?」


 再び視線をサージに送り、男の中にまた恐怖を蓄積する。


「な、何やってんだ! 早く殺せ! 全員でまとめてかかれ!」


 ターロイと自身の護衛の力量の差など計れもしないサージは、再び男たちを急かした。

 しかし護衛たちは一応僧兵として訓練を受けた身。

 ターロイの無駄のない動き、呼吸、場を支配する戦い慣れた様子に力の違いを感じ、及び腰だった。


「……サージ様、この男はおそらく我々の力では……」


「口答えせずにさっさと殺れば良いんだよ! 言うこと聞かねえ奴は、親父に言って処罰してもらうからな!」


「だったら、全員でサージ置いて逃げちゃえば? こいつを俺が始末すれば、親父に言いつけられて処罰されることもないだろ。どうせ教団に内緒で俺を追ってきたんだろうし、サージが行方不明になりました、で終わる話だ」


 ターロイが提案をすると、護衛が顔を見合わせ、そしてサージを見た。

 その様子にサージは一瞬狼狽えたが、すぐに口端を歪め、唾を飛ばして反論してきた。


「は、はは、残念だったな! 俺は大司教様の指示でここに来たんだ! 俺に何かあればてめえに追っ手が掛かるし、護衛が逃げれば俺を裏切ったことなんてすぐ分かる!」


「大司教の指示……?」


 思わぬ大物がこの男を後押ししていたことに目を丸くする。

 大司教がただの従者だった自分に刺客を差し向ける意味が分からない。

 今教団にいる大司教は三人。一体、そのうちの誰が?


 ……直接教団の離脱を告げたのは、グレイに引き合わされた大司教だが……まさか、彼ではないだろう。あの時、あの人からは敵意を感じなかった。


 ターロイが黙り込むと、サージは大司教の後ろ盾があることで自分が優位に立ったと思ったのか、元気になった。


「教団から抜けるなんて、神に背くということだからな! そんなゴミ以下の人間は潰した方が世の中のためだろ?」


 なるほど、教団に離脱届けを出させるのはこのためか。内部にいた人間は教団の不正を色々知っている。それを外に出すわけにはいかないのだ。

 退団の日時まで書かせて、待ち伏せをし、街や都を出たところで暗殺する。それなら自分にまで刺客が差し向けられるのは納得がいく。


 おそらくグレイも知っていたから、転移方陣での移動を勧めたのだ。それでも無理に止めなかったのは、ターロイがやられることはないと考えたからに違いない。

 どちらにしろ、そのリスクを負ったとしても、教団との繋がりを絶った方が利があるのだ。


 最後、去り際に刺客がいることを教えてくれたのは、それを知る彼なりの配慮だろう。


「わかった。結局逃げられない護衛も、まとめて始末しなくちゃならないわけだな」


「はあ!? 馬鹿か、俺の後ろには大司教様が……」


「お前こそ馬鹿か。もう教団を抜けた俺が、何で大司教にビビって手心を加えなきゃいけないんだよ。別にお前を殺って、違う刺客を差し向けられたところでどうということもない」


 サージの後ろに大司教がいる。

 強気に言いつつも、ターロイは少し不可解な気分でハンマーを構えた。


 大司教がサージの私怨を知って、自分にこの男をけしかけてきたのだろうか。……いや、あれだけの地位の人間が、そんな些末ごとを把握しているとは思えない。

 だとしたら、何故この男がここにいる?


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