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するべきこと

 サイから託された薬の中に、魔力で封がされたものを見つけた。

 そのラベルに書かれていた文字はエルフ語で、『魂を封じし水』。


 ガイナードの知識によってエルフ語はなんとか読めたが、それが意味するところは判然としなかった。

 とにかく前時代、エルフが使っていたものに間違いない。

 研究所に戻ってそれをグレイに見せると、彼は未知の液体に目を輝かせた。


「ふむ、実に興味深い。わざわざ魔法で封印しているところも心憎いですね。私の探究心をわっさわっさと激しく揺さぶります」

「エルフは魔法と薬学に関しては得に秀でていたからな。俺の知識は人間族に偏っているから、さすがにこれがどういう薬かまではわからない。……しかし、これを王宮に提出したのは誰なのか……」


 ハイドの話では、声を掛けた薬の行商人の一人が置いていったという。


 一体どんな人物が、どこから手に入れてきたのだろう。

 もしかすると、未開の遺跡を知っている人間かもしれない。


 行商人というと宿駅で会った男くらいしかわからないが、霊薬はないと言っていたから彼ではない。だが、同業者なら特殊な薬を扱う人物、噂で知っている可能性はある。

 急ぐ話ではないし、またどこかで会ったら訊いてみるか。



「他の薬はどうだった?」

「他はただの気付け薬や、温泉水を瓶に詰めただけとか、屁みたいなものばかりです。まとめてポイしました」


 グレイはエルフの小瓶を眺めたまま、どうでも良さそうに言った。

 端から見ると、新しいおもちゃを手に入れた子供みたいだ。


「それはグレイに預けるから、あとで存分に調べてくれ。それよりまず、サイ様を襲撃した人間を調べないと」


 ターロイは小瓶とグレイの間に手をかざして視界から隠すと、不満げな彼にサイから聞いた特徴を告げた。


 若い大男、直近で地位を上げた奴。つまり教団に従順で野心家、リスクを顧みない考え無しの馬鹿。

 ……正直なところ、相談するまでもなく、ターロイの脳裏には一人の男しか浮かばなかった。


「それに合致する男がいますよ。この間お漏らししたあの男です。私の毒薬を盗んだのもね。調べたら薬棚から指紋が出ました」


「やっぱり……サージか」


「ですね。おそらく仮死毒を持っていったのは見た目が一番毒々しい色だったからで、中身は知らなかったと思います」

「だよな。あいつがラベルの薬の意味を分かるとは思えない」


「サイ様が即死したら、調査されて私の毒で死んだことになる。教団ぐるみで私に罪をなすりつけるつもりだったのでしょう。この前の仕返しでしょうが、こんなことならお漏らししたことを吹聴しておくんだった。……結局は即死ではなかったので様子見になって、さぞ苛々していることでしょうね」


 馬鹿のくせに、プライドが高く野心家。そして自分に都合の悪い人間は排する、教団特有の証拠隠滅思考。全く、救えない。


「……少し、お灸を据えた方が良くないか?」

「それは当然です。しかしそのタイミングは今ではありません。もっと時期を見計らって効果的に、トラウマレベルにどん底に落とさなくては」


 グレイは悪い笑みを浮かべている。


「しばらく放っておきましょう。一応上にはとぼけて、私の毒薬が何者かに盗まれたことと、それを飲んだ者は徐々に憔悴して死ぬことを報告して来ました。しばらくは教団もサイ様死に待ちをして、手を出さないでしょう」


「それは助かる。サイ様の戴冠式まで、教団の動向ばかりを見張っていられないからな。他にもやることがいっぱいある。まずは……」


 そう言ってから、ターロイはグレイを真っ直ぐ見た。



「俺は、まず新しい拠点を整備してここを出ようと思う」



 ターロイの突然の宣言に、グレイは一瞬目を丸くする。

 しかし、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。


「いい判断です。戴冠式も緊急の案件ですが、それが終われば十中八九、王国軍と教団の勢力争いが始まる。そのときに教団側にいるのはあなたにとって利がないですからね。……しかし、拠点となる場所は決まっているのですか?」


「ああ、ミシガルと王都の間の山中に砦があっただろ、グレイと壊しに行ったやつ。あれを再生して使わせてもらうことにした」


「ほう、あの砦ですか。それはいい。あそこは元々、大戦時から王都防衛の要だったところ。良い場所に目を付けました」


 グレイは感心したように頷く。どこか教え子の成長を喜ぶ先生みたいな風情だ。


「では、そろそろ仲間も集めないといけませんね」

「……仲間というほどではないが一応、少しいる。色々あって、山賊だった人間を二十人ほど拠点に置いてる」

「おや、山賊ですか……」


 これに関しては彼は眉を曇らせた。まあ、山賊という響きが信用ならないというのは分かる。しかし、とりあえずターロイはディクトは利用できる奴だと確信していた。


「山賊って言っても、使える奴もいる。……そうだ、あいつ教団のソードマン部隊にいた男だった。グレイも知ってるか? ディクトって言うんだけど」

「ディクト!?」


 ターロイが出した名前に、グレイがひどく驚く。

 やはり知っているみたいだ。


 しばし驚きに固まっていたが、グレイは一つ息を吐くと、ずれた眼鏡を直しながら口を開いた。


「まさか、ディクトが山賊になっていたとは……。いや、しかし、あの男をそこから味方にしたのは大きい。ターロイは知らないでしょうが、ディクトはソードマン部隊の中でも最強と呼ばれた剣士グループを率いていた隊長なんです」


「へえ。本人はそこそこの強さで、最強と言うには今ひとつだったけど」


「彼の能力の真骨頂はその統率力と指導力にあります。戦いの素質を見抜き、育て、采配する力は唯一無二。……いやあターロイ、本当にいい拾いものをしましたね」


 何だこの態度。さっき山賊と言った時とは全く違う反応だ。

 しかし毒舌のグレイにここまで言わしめるとは、ディクトは本当にすごい奴らしい。


「そんな唯一無二の男が、何で教団からいなくなったんだ?」

「……それは私ではなく本人に聞くべきでしょう。まあ、簡単に言えば、教団が馬鹿ばっかりだった、それに尽きます」


 そう言うとグレイは肩を竦めて話を戻した。


「さて、拠点はディクトたちを置いているということですね。ミシガルとの交流は?」

「ディクトだけ通行手形をもらっているが、俺が行かないと何も進まないな。ウェルラントと協力関係だけは取り付けて来たけど、それはまだ俺限定だし」


「ということは、移動の足が必要ですね。少し管理費が掛かりますが、馬でも買いますか?」

「いや、俺は……」


 転移方陣を持っている。って、グレイに言っていいものか?

 はたと口ごもる。

 メモのことは内密に、と書かれていた。


 しかし、これからあちこち回るのに、ここにも方陣を置かないわけにはいかないし、そしたらグレイをごまかすのは不可能だ。この男は、当然魂方陣の知識も持っている。


 逡巡して、ちらりとグレイを見る。


 彼が存外信用できる男であることは知っている。口が固いことも。

 バレないように心を砕くより、バラしてしまった方が気が楽だし、後々面倒臭くない。

 どうせ、俺しか使えないものだし。


「……グレイ、これは他言無用だぞ」

「何のことですか?」


 首を傾げたグレイの前に、ターロイは魂方陣の書かれたメモを置いた。


「俺、これがあるんだ。だから移動手段は必要ない」


「え、転移方陣……!? って、これ、ターロイ専用じゃないですか! 一体誰が作ったんです?」


 グレイが途端に興奮気味に食いつく。


「分かんないんだ。ミシガルで古文書の間に挟まってて」

「ミシガル……なるほど、彼か!」

「彼?」


 その言葉に今度はターロイが目を瞠った。

 グレイは今、明らかに誰かを脳裏に描いている。メモの主を知っているのだ。

 しかしそれが誰なのか訊ねる前に、彼は嬉々として床に黒炭で転移方陣を書き出した。


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