王家のペンダント
ターロイのことをグレイから聞いていたとサイは言う。
寝たきりで強張った身体をベッドの上で一頻り伸ばした国王は、それが終わるのを黙って見ていた青年に向き直った。
「君が教団と敵対しようとしていることは聞いている。そのために王国軍を利用するつもりだということも。……だが、対する相手は同じ。我々と協力しないか?」
「……こんな一介の住民に、国王様が協力を求めると?」
グレイはどこまで彼に話をしているのか。この話はターロイの再生師の能力を知った上でのことだろうか?
それを訊くのは自分から異能者だと白状するようなもので、青年は肩を竦めてとぼけて見せた。
もちろん最終的には国のトップと協力を取り付けたいとは思っていたが、さすがにこの完全無名の自分に国王自らこの話を持ちかけられるのは、違和感しかない。
そう考えたターロイの反応に、サイは薄く笑って腕を組んだ。
「まあ、実を言うと君が何をできる人間かは知らないんだ。ただ、グレイが君と取引するべきだと推したから、という一点に限る」
「グレイが推したから? それだけで?」
教団の人間であるはずのグレイの勧めが、国王に影響するってどういうことだ。
目を丸くしたターロイを、サイは面白そうに見た。
「……君はグレイの従者をしているけれど、彼が何者か知っているかい?」
「再生師で、ドSの研究オタクです」
「ふふふ、なるほど、その認識か」
楽しそうに肩を揺らした彼は、「それなら」と話を逸らした。
「とりあえず、グレイの勧めは置いておいて、私と軽い取引だけをしないか。王宮にいると、国の事柄に疎くてね。教団に阻害されることもあるし、外の正しい情報が欲しいんだが」
「情報、ですか」
まあ、最初のやりとりはこのくらいが無難か。ミシガルは必要だったから急いで協力を取り付けたけれど、国王は無事戴冠してからでも十分。
ターロイとしては、繋がりは極力少ない方が良い。
「では、俺が知り得る外の状況を少し」
そう切り出して、現在、王国軍の砦や見張り塔が多数壊されていること、ジュリアが教団の差し金で山賊に襲われたこと、それを救ってミシガルに無事届けたことを告げた。
それをサイは神妙な顔をして聞いていたが、ジュリアが無事だと知って、少しだけ肩の力を抜いたようだった。
「君は私だけじゃなく、ジュリアの事も救ってくれたのだな。ありがとう。……しかし、なるほど、精鋭の近衛兵もやられるような相手から、君は一人でジュリアを救ったのか……」
ターロイに頭を下げた後、国王はそう独りごちて、何事かを考え込む。それからちらりと青年を見た。
「その大儀と情報に、どのような報酬が見合うだろうな。君には何か望む物はあるか?」
「望む物……というか、一つ、許可を頂きたいことがあります」
「私の許可? 何についての許可だ? こう言っては何だが、今の私の権力はぺらっぺらだぞ」
自嘲気味に肩を竦めたサイに、ターロイは苦笑した。
「サイ様の許可が欲しいのです。……実は、さっき言った壊された砦の一つを再生して俺の拠点として使用したいと考えています」
というか、もう使用しているけれど。
対価を提示してウェルラントに許可を取るより、報酬代わりにその上司に直接許可をもらう方が手っ取り早い。
「壊された砦を? ……そうか、それは願ってもないことだな。あれは建っているだけで意味のあるものなのだ。それを君が拠点とし、護ってくれるなら、こちらもありがたい。許可しよう」
「ありがとうございます。……ところで、それはミシガル管轄にある砦なのです。ウェルラント様宛てにサイ様が許可した旨の書状か何かを頂けると助かるのですが」
「……いや、それは難しいな。私は対外的には危篤状態だ。書状なんて書ける身体じゃない態だ。……そうだな、そこの引き出しに入っている、王家のエンブレムの入ったペンダントを持っていけ。ウェルラントならそれを見れば私のものだと分かるはずだ」
「……え? これって、戴冠式に使う大事な物では……」
サイに指示をされて引き出しから取り出したそれは、歴代の国王の肖像画で必ず着けている、王の証のようなペンダントだった。
それを持っていけとは、何を考えているんだろう。
「気にせず持って行ってくれ。戴冠式までに返してくれればいい。……正直なところ、私が持っているより安心なんだ。もし戴冠式までに私に何かあったら、それはジュリアに渡して欲しい」
「ジュリア様に……」
国王の言葉に、すでに最悪の事態も考えていることを察する。
それを聞いたターロイは、躊躇わずにペンダントを腰のポーチに入れた。
「……分かりました。これは情報提供の報酬としてペンダントをお借りするという取引。必ず戴冠式にサイ様にお返しします」
「無事に戴冠式が開かれればな」
「開かれますよ。……これは、俺がサイ様にペンダントをお返ししたところで終わる取引なのです。そう決まったからには、俺は何が何でもサイ様の戴冠式を開かせ、その場でこれをお返しします。俺はできない取引はしない主義なので」
「……君は、変な男だな。でもそこまで言い切られると信じてしまいそうだ」
「信じる、信じないではなく、俺が決めた、つまり決まったことです」
ターロイはそう言うと立ち上がった。
廊下から足音が聞こえ、それに気付いたサイがベッドの中に潜る。ハイドが戻ってきたのだ。
「とりあえず、しばらくは死にそうにしてて下さい。少しグレイとウェルラント様の手を借りに行ってきます」
「……ウェルラントにも?」
「あの人とは協力関係を結んでいるので」
「何だ、ずるいな、私のことは蹴っといて。……だが、そうか、君がウェルラントとグレイを結んでくれるということか。だったら……」
「お待たせしました、サイ様! とろっとろにしたチーズたっぷり胃に優しいリゾットですよ!」
サイが何かを言い終わる前に扉が開いて、ハイドが元気に入ってきた。
すごい雰囲気壊しっぷりだ。
手にしたトレイの上に乗ったリゾットには、星型やハート型に可愛く切られたニンジンが飾られている。器も猫の模様があしらわれていて愛らしい。
……もちろんハイドが作ったのだろうが。
もう二十代後半になるがっしりとした男が、まもなく十八になる男に作る料理か、これ……。
乾いた笑いを浮かべてサイを見ると、彼も少しうんざりしたような顔をしていた。
「じゃあ、俺はそろそろ戻る」
そんな二人を残して部屋を出ようとする。
すると首だけを動かしたサイが、ターロイを呼び止めた。
「待て、この枕元にある薬、グレイに持っていってくれないか。私たちでは中身が分からないから、使いようがない。……もしかすると掘り出し物があるかもしれないしな」
「これを? ……そうですね、わかりました」
薬は全部で十本ほど。小さな瓶ばかりだから、どうにかポーチに収まりそうだ。見る限り、掘り出し物にはほど遠い、古い瓶に適当な液体を詰めただけのものばかりだが。
しかし、そのうちの一本だけ本当に古い薬があって、ターロイは目を瞠った。
魔法で封がされている。ラベルにはエルフ語。
……これは一体、どこから来たものだ?




