ディクトの前職
手下の個々人の特技や前職ごとにやることを割り振って、ターロイは最後にディクトの少し高い位置にある顔を見上げた。
「それで、お前は?」
「何が?」
「とぼけるな。お前の前職が書いてないだろう。どこの所属だ? 賊にしては剣筋がしっかりしているし、我流ではなくどこかで練兵されていたはずだ」
「……ほんと、おたくって何者なんだよ……」
はあ、と大きくため息を吐いた男が、ガリガリと頭を掻く。それはターロイの指摘が間違っていないことを示していた。
「以前、教団に対して思うところがあると言っていたな。王国軍側の人間なら、そのまま在籍して教団に向かえばいい話だ。そうしていないということは、お前は元教団側の人間だろう」
「……俺が意を決して告白する前にさらっと暴くのやめてくれる?」
「それに配下を守る戦い方と判断ができる。秩序立った隊を従えていた経験もあるな? とすると、教団僧兵……ソードマン部隊の末端部隊長あたりか」
「失礼な! 末端よりはずっと頭寄りにいたわ! 俺の部隊は強い部下に恵まれてたからな!」
そう突っ込んだ時点でもう肯定だ。
「素直にそう書け。どうせ俺だって今は教団所属だ。お前が教団出身でも何とも思わない」
「歳を重ねると、言いたくない過去ってもんがあるんだよ~。大人の苦悩とでも言いますか……」
「お前は、何か過去から逃げているんだな」
「うぐっ……! こ、子供って残酷……」
「別にお前が何から逃げてようが構わない。興味もないしな。だが、おかげでお前を従えられたのは運が良かった」
ディクトはおそらく過去に何か後ろめたいことがあるのだろう。でなければ山賊まで落ちぶれるまい。
しかし見る限り、この男は人をまとめる能力に長けている。配下が自らついてくる人徳がある。ターロイには使えない能力、これは拾いものだった。
「よし、お前は手下どものフォローをしろ。生活するのに足りない物はお前の判断で買い足していい。それから、筋のいい連中を何人か選んで練兵をしておけ。たまに街道を通る商人の護衛を安価で請け負って、他の山賊相手に戦術と正しい実戦の経験を積ませろ」
強い部下を持っていたということは、ディクトは人を育てる力もある。本人もそこそこの手練れだが、育成力があるというのはそれ以上の価値があるのだ。
この男には大いに役立ってもらわねば。
「……了解。全く、人の心の傷を抉っておきながら、気にもしねえな……。ところでおたく、次はいつ来るんだ?」
「次か。難しいな。来ようと思えばすぐ来れるが」
転移方陣を設置したから、毎晩様子を見に来るぐらいは簡単だ。しかしあまり馴れ合うと情が移る。
狂戦病のことを考えれば、できる限り手を放しておきたかった。
「とりあえず一週間後くらいに状況を確認に来る。毎日の進捗を記録しておけ。手下から不満や要望があったらそれも書きつけておいてくれ」
「ええ~また記録取んの?」
「それも他の奴を選んでやらせろ。お前は紙をぐちゃぐちゃにするし、字が汚いのもイラッと来る」
「……すみません」
これで粗方の指示が済み、ターロイは荷物を肩に担ぎ上げた。
少し時間が掛かってしまった。宿駅に着くのは夜になってしまうかもしれない。街と違って門限がないのは幸いだったが。
「これから宿駅に行くのか? せっかくだから、ここで一泊したらどうだ。食事と毛布なら予備があるし」
「いや、宿駅の酒場で少し情報収集がしたいんだ。行商人は情報が早いからな。王都に戻る前に、少し王宮と教団本部の様子が知りたい」
「……そうか。なら、気をつけて行けよ。あの辺り、また教団の刺客が張ってるかもしれない」
「四人やられたことは分かってるだろうが、誰がやったかを知る奴はもういないだろ。一人旅の男に殺されたとは思わないだろうから平気だ。……まあ、知られてても返り討ちにしてやるけど」
「あー……。ま、そうだわな」
ディクトは無駄な心配だったというように肩を竦めた。
「じゃあな。後のことはよろしく頼む」
「おう。またな」
軽い挨拶をして砦を後にする。
ターロイは足早に宿駅へ向かった。
宿駅に着くころにはもう月が建物の屋根の上に掛かっていた。
入り口を入ればすでにほとんどの旅人ができあがっている。その脇をすり抜けてカウンターに行くと、ターロイは部屋を取って、荷物を置きに行く前に食事の注文をした。
まずは話を聞ける相手を探すのが先決だ。
王都から来た者で、適度に酒で口が軽くなっていて、かつ酩酊してはいない奴。
食事をしながら周囲の会話に耳を澄まし、適当な人間がいないかを探る。
「――――――でさ、これ内緒の話なんだけど、王宮が大騒ぎらしいんだよ」
すると酒場の喧噪の中、声を低くしたせいで逆に引っかかる声がターロイの耳に届いた。
ちらりと目を向けると、二人の男。一人は薬の行商人のようだ。足下に小引き出しが付いた薬箱を置いていた。もう一人は護衛なのか、話に興味なさげに酒をあおっている。
ターロイは食事を喉に流し込むと、エールを三杯注文してそのテーブルに向かった。
「何か、面白そうな話してますね。俺も混ぜてくれませんか? 一杯奢りますから」
荷物を持って話しかけ、人懐こい笑顔を作る。
少し相手の護衛が警戒を見せたが、行商人は話し相手にならない男よりもターロイを歓迎した。
「おお、いいぞ。こいつ全然話しててつまらなくて……。その荷物からして君は商人でもないようだが、新人冒険者かい?」
「そのようなものです。今王宮の話をしてましたよね? 何かあったのならギルドに実入りのいい依頼が入るかもしれないんで、興味がありまして」
雇い主が青年を受け入れてしまっては、護衛も文句が言えない。それを確認して椅子に座ると、ちょうど注文したエールが運ばれてきた。
「まずはお近付きのしるしに。まだ駆け出しなので、あまり稼ぎがなくて」
「ああ、まだ若そうだもんな。今はギルドのクエストで稼いでるのか?」
「そうですね、一人なので薬草や食材の採取クエストなんかを」
できた行商人は、とかく新人に優しい。目を掛けてやった新人がゆくゆく大化けした時に、大きな恩恵を受けることがあるからだ。
冒険で手に入ったレアアイテムを優先的に回してもらえたり、格安で直接クエストを受けてもらえたりする。
だから先行投資のようなものなのだろう。
新人を名乗ると、男はターロイが奢ったエールに口を付けた。
つまり青年の話に乗ってくれたのだ。この行商人は当たりらしい。
「かなり難しいが、採取クエストなら出るかもしれん。これは内緒だが、実は王宮が今、サイ様の体調悪化でてんやわんやなんだ」
「国王様の?」
はて、グレイと一緒に彼の診察に行ったのは数ヶ月前だが、そんな深刻なことになるような状態ではなかった。
……ジュリアがミシガルに行ったことと、何か関係があるのか?
正直、教団が関与しているとしか思えない。
「薬を扱う商人にはみんな声が掛けられてな。サイ様に効く最上の霊薬はないかと聞かれた。しかしこの時代、万能薬なんて絶えてしまってるだろう」
「そうですね。……前時代ではあったみたいですが」
「そうそう。よく知ってるな。だから前時代の遺跡に採取に行くクエストが出る可能性がある。もちろん、王宮からだとは伏せて依頼が出されるだろうが」
前時代の霊薬頼みか。これは少々難儀なことになっているかもしれない。
グレイが病状を見に行ければどうにかなるかもしれないが、おそらく教団はあれこれ理由を付けて彼を遠ざける。
遺跡を探そうにも、発掘済みのものは全て教団管轄で、ほぼ完全に空っぽになっていた。王宮側としては手詰まりだ。
「サイ様にもし万が一のことがあったら、次の王女が成人するまでまた教団の統治が続く……。正直、勘弁して欲しいな。サイ様には元気になってもらわないと」
行商人がぽつりと零した。
これは多数の国民が抱えている思いだ。教団統治になってから、税金は上がり、上位階級ばかりが私腹を肥やし、不正や賄賂が横行している。
教団を抑えるには、サイが成人して戴冠し、再び統治を王宮に戻してもらうしかない。その期待の意味でも、国王サイは国民に人気があった。
「……貴重なお話をありがとうございます。王都に行ったら、ギルドでそういう依頼がないか探してみます。俺もサイ様には元気になって欲しいし」
「うん、是非そうしてくれ」
これは、急いで様子を見に帰った方がいいかもしれない。明日は早めにここを出よう。
心の中でそう決めて、その話はそこで切り上げたけれど。
その後、何故か気に入られてしまったターロイは、護衛の男と二人で行商人の世間話を夜遅くまで聞く羽目になったのだった。




