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ラウル探し

 エルフの里の湖はそれほど大きいものではなかった。

 その水は透明で美しく、湖面はわずかにさざ波が立っている程度で、泳ぐ魚まで見える。

 万が一、人が沈んでいればすぐに見つかりそうだ。


「ねえ、ターロイの用事って何なの?」


 湖を見ながら湖畔を歩いていると、後ろを歩いていたマリーが訊ねてきた。


「人捜しだな。ラウルって男が湖の北のほうで霊水に浸かってるって聞いたんだけど」


「霊水……エリクシルのことかしら」


「エリクシル!? それって超稀少霊薬だよな……。カルマドには人が浸かれるくらい大量にあるのか?」


 エリクシルといえば、ずいぶん昔、グレイがヤライの村からターロイを助け出す時に飲ませたものだ。以来一度も見たことがないから、相当貴重な薬のはず。

 それが、エルフの里にはたくさんあるのか?


「他の空間に比べたら存在する量は多いわね。でも、だからといって、大量ってわけじゃないわ。マナが溶け込んだ水を根から吸った木が、何百年も掛けてそれを濃縮し、さらにその樹液を煮詰めたものが原料となるの。以前はそれをエルフが独自の配合や希釈の仕方で薬にしていたわ。エリクシルはそのうちの一つよ」


「……聞くからに貴重そうだな」


「それでもまだエリクシルは流通している方。かなり希釈しているから副作用も出にくいし。……強すぎる薬は猛毒に匹敵するわ」


「そうか、逆に人間が浸かって無事に生きていられるのはエリクシルくらいってことなんだな」


 おそらくラウルはエルフの研究をしていてその配合を読み解いたのだろう。だとすれば湖に沈んでいるわけではなく、器を用意してからエリクシルを配合し、自らそこに浸かっているということか。


 しかし、彼ならエルフの里から出るすべくらい知っているに違いないのに、どうしてここにとどまり、エリクシルに浸かっているのだろう。カルマドから出て行けない理由があったのだろうか。


 しばらく歩いて行くと、木板で作られた大きな桶のようなものが湖畔の回り込んだ対岸に見えてきた。見た目は棺桶に似ている。他にそれらしきものは見当たらないし、おそらくあれがラウルの浸かっているという場所だ。


「ところでターロイはその人をどうやって助けるつもりなの?」


 目的の場所を視認したところで、マリーが訊ねてきた。


「どうやってと言われても……エリクシルに浸かったラウルがどうなってるかが分からないからなあ。マリーは何か知っているのか?」


「エリクシルに浸かった者がどうなるかは知ってるわ。最初の三日は仮死状態になり、それ以降は魂が溶け出してしまうの。そして一ヶ月経つとエリクシルの中でまとまって、魂が塊になるわ」


「魂が塊に?」


「つまり、肉体と魂が完全に分離してしまうってことね。そうすることで世界の『生物』の理から外れて、エリクシルの中にいる限り不変の『無機物』となる。浸かるものは飲むエリクシルと少し配合が違うらしいけど……。これは大戦の頃に何かの目的で作られたと聞いているわ」


「肉体と魂が分離すると何かあるのか?」


「さあ、そこまでは。でも、魂のみを別の誰かに移植する試みをする者もいたみたい」


 魂を別の誰かに……。カムイの中のルークのようなものだろうか。

 とりあえずラウルは誰か助けが来るまで飢えを凌ぐためにエリクシルに浸かったのだろうけれど。


「分離するからには合体もできるんだろうな」


「魂と肉体を繋ぎ直せるならね。魂言による魂の情報の書き換えが必要になるわ。だからどうやって助けるつもりなのかって聞いたの。できそう?」


「魂言は物理的に読んだり書いたりはできるけど……うーん、魂の情報を引っ張り出すってどうやるんだ?」


 さすがにルークのように人がデータで見えるという能力でもない限り無理じゃなかろうか。

 何か欠損があれば再生の力でどうにか読めるかもしれないが、エリクシルに浸かっているのなら虫刺され一つも残ってないだろう。


「エルフはどうやって魂と肉体を繋ぎ直してたんだろ」


「そうねえ……。あ、そうだ。ユニルエスタの聖堂の奥に、エルフの重要な文献がそろってる書庫があるの。何か参考になる本があるかも」


「へえ。もしかするとラウルもそこからエリクシルの配合を見つけたのかもしれないな。一度戻って探してみるか」


 このまま進んでも何もできずに戻ることになりそうだ。だったらここからでも戻る方がいい。

 そう思って踵を返すと、マリーがそれを制止した。


「ターロイは先に行ってていいわよ。エルフ語は読めるし、私が行ってくる。一人なら飛べば早いわ」


 言いざま、背中にバサリとドラゴンの翼を出す。

 どうやら彼女は完全に竜化しなくても飛べるらしい。


「いいのか? 助かるよ」


「少し時間が掛かるかもしれないから、あの木桶のところで待ってて」


 ルアーナと戦っていたときとは全く違う、優しい風を起こしてふわりと浮くと、マリーはそのまま飛び去っていった。雰囲気は柔らかいが、彼女は思いの外しっかりしていて頼りになる。

 拠点でもきっと他の女子二人に良い影響を与えるだろう。


 ターロイはそんなことを考えながら再びラウルの元に向けて歩き出した。




 湖を回り込み、ようやく進行方向に木の棺桶を捉える。その中には液体が満ちていて、水面が風で揺れているのが分かった。

 やはり、これで間違いないようだ。


 さらに近付くと、中に人らしき影が見えた。動いて見えるのは水面が揺れているせいか? それに気を取られているうちに、なぜか肩に乗っていたはずのひよたんが、自らポーチの中に戻ってしまった。


 同時に、周囲に妙な気配が降りてくる。


 次の瞬間、明らかに風とは違う力で棺桶の水面が揺れた。

 溢れたエリクシルが桶から零れる。

 そこから、中に浸かっていた人間が顔を出したことに、ターロイは驚いた。


「ラウル……!?」


 名を呼ぶと、男はじろりとこちらを見た。


「……お前は誰だ。どうして人間がこのエルフの里カルマドにいる? ……あの村の奴らの仕業か。よりによってこんな状態で遭遇するとは……」


 何だか怪しまれているっぽい。


「ええと、俺はターロイ。お前を助けられればと思って、様子を見に来ただけなんだけど……」


 いきなり目を覚ますとは思わなかったから、どう説明していいか困る。とりあえず名前を名乗ってここにいる理由を伝えようとすると、


「……ターロイだって?」


 こちらの名前を聞いた途端、突然男の雰囲気が変わった。


「え、ラウルは俺のことを知ってるのか?」


 どういうことだろう。ラウルは以前グレイと連絡を取っていたらしいから、そのつながりか?

 訊ね返したターロイに、男はしばし逡巡をした。

 それからまっすぐにこちらに視線を合わせ、思いがけない言葉を口にする。


「……私はラウルではない」


「ラウルじゃない……?」


「いや、違うな。この身体の持ち主はその男だろう。ただ、今この身体を動かしている私は、ラウルではない。……初めまして、ターロイ。私はオルザネという」


「……オルザネ!?」


 ルアーナにその存在を聞いたばかりの、過去の英雄の一人。

 思わぬ名前に、ターロイは驚き、男を見つめ返した。


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