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ルアーナvsマリー

 竜人族の不死者の名前はマリーと言うらしい。

 前時代の時にすでに数百歳、しかし竜人族としては妙齢の女性だ。


 竜人族は生殖能力がかなり低く、種族の総数はとても少ない。彼女はその竜人族の中で一番の年若だった。ゆえに当然、マリーは種族を繋ぐために卵を産むことを期待されていた存在だった。


「一番若い竜人族が、何で不死者に?」


「一番若いからこそ、よ。そもそも不死者になるということは、不死の術を受けるということ。不死の術を受けるのは、死なれると困る者だということ。……人間族に一番不死者が多いのは、大戦時に強い戦士が戦いで死なないようにするためだったのよ」


「強い戦士を……だから不死者はやたらと強いのか。でも、竜人族には関係ないよな。人間みたいに簡単に死ぬ身体じゃないし」


「確かに、竜人族は戦いで死ぬことは滅多にないわ。だいたいにおいて、竜人族に戦いを挑む者がいないもの。ただ、そんな彼らでも免れないのが、病による死よ」


 竜人族の病。そう聞いてガイナードの知識から引き出されたのは、石化病だ。他の種族には現れない、竜人族特有の病。


 固い鱗を持つ彼らだが、それが身体の内側まで入り込み、全身が岩のように固くなって最終的には命を落とす。

 その原因は分かっていないが、竜人族にはそれを治す医者もいないし、その治癒を他種族に委ねるだけの柔軟さもなかったため、不治の病となっていた。


「つまり彼女が石化病に罹っているってことか」


 ターロイは目の前で床に張り付いているドラゴンを見た。外見からでは石化しているのか分からないが、その姿が病的であることは確かだ。


「そう、石化病よ。それを知った竜人族の一人が、マリーを死なせないために人間族の不死の術を受けさせた」


「なるほどな……。でも、こんな状態になっては生きてても辛いだけな気がするけど。そのマリーを連れてきた竜人族も、よくそんな不死の術を受けさせたよな」


「最初は……私だって、こんなことになると思ってなかったわ」


 ルアーナはぼそりと呟くと、小さく頭を振った。


「とにかくそういうわけだから、ターロイには彼女の身体が石化病に蝕まれる前にその肉体を再生させて欲しいの」


「俺の再生は病そのものには効かないぞ。どこかに破損があれば、そこをきっかけに行けるかもしれないけど。竜人族って傷を付けるのも難しいからな」


 再生は破壊されたところから情報を吸い出していく。その取っ掛かりがないと、彼女に干渉することは不可能だ。

 しかし竜人族の鱗に傷を付けることができるのなんて、ドワーフ族の遺したドラゴンキラーか、同じ竜人族の爪牙くらい。後はおそらく、魔道具・魔法生物破壊の能力を解放できれば自分でも行けるが、今の時点ではどうしようもない。


 そう伝えると、ルアーナはマリーを見た。


「破損ならあるわ。ここでの戦いよりずっと前に、彼女はドワーフ族を襲っているの。その時にドラゴンキラーで付けられた傷があるはずよ」


「ドラゴンキラーで? でもドワーフと戦ったのって千年前だろ? もう治っちゃってるんじゃないのか?」


「不死者は自己修復の力はないわ。壊されても死なないだけ。掛けられた術で欠損した部分を補って動けるだけなの」


 なるほど、それならもしかすると再生できるかもしれない。魂が戻った時に竜人族ならその身体が朽ちていることはないし、石化病も即死する類いのものじゃない。病状が進行しているとしても、機能不全になる前に再生できれば助けることができる。


「そうか……全部が上手くいけば、助けられるかもしれないな。どういう手はずで行けばいい?」


「ターロイは陰でしばらく見てくれていればいいわ。ソウルバイカーを召喚するとマリーはこんな封印じゃ抑えられない。封印が壊れた時が勝負ね」


「……そういや、ソウルバイカーの攻撃は効くのか?」


 ふと気になって訊ねると、ルアーナは「もちろん」と返した。


「ソウルバイカーは物理的支配を受けないの。何者も物理的に斬ることはできないけれど、その精神に直接作用することができるわ。うふ、身体を痛めつけるより、ずっと簡単に相手を支配できるのよ」


 ……アルディアで彼女がソウルバイカーで俺を痛めつけようとしていたけど、それって精神的なダメージを与えるつもりだったのか……。どんなことになるのか、怪我をするよりよっぽど怖い。


「今回はその身体に魂を戻すだけだから、すぐ終わるわ。私がソウルバイカーで彼女を攻撃したら即、再生の準備をして。石化病が最終段階まで進行していたとしても肉体があれば、魂を戻してから数分は生きながらえるはずなの。その間に最低限の生命を維持できるように臓器を回復して」


「……了解」


 本当に、ルアーナは善なのか悪なのか判断がつかない。

 でもこの人助けを手伝わない理由はない。

 ターロイは素直に頷いた。


「じゃあ、剣を呼び出すわ。ターロイは少し離れて隠れていてちょうだい」


 ルアーナが左手を挙げて、腕にある方陣をかざす。

 するとすぐさま魂術が展開し、空間に裂け目ができた。

 それだけで、床に伏せていたドラゴンの身体が大きく脈打って、さっきまで微塵も感じなかった威圧感がターロイの皮膚にびりびりと響く。


 これがドラゴンの圧倒的な存在感。

 普通の人間が間近でこの気にあてられたら、卒倒するか逃走するだろう。


 しかしルアーナは物怖じもせずにソウルバイカーを取り出すと、その形状を槍に変化させてマリーに近付いた。


「さあ、マリー。早くその封印を破ってきなさい。あいつの呪縛から解放してあげる」


 あいつ? 誰のことだろう。

 そう思った矢先、不意にルアーナの様子が変わったことに目を瞠った。


 その瞳孔がきゅっと獣のように絞られて、口元に鋭い牙がはえる。爪も鋭く尖り、僅かに骨格と筋肉も獣のように変化したようだった。

 ……あの姿には覚えがある。いや、見たことがあるわけではないけれど、ターロイ自身がその姿に変化したことがあった。


 ユニにブーストを掛けられた時、そして過去に、狂戦病の発作を起こした時。ターロイも身体に同じ現象が起こっていた。


 どういうことだ?


 ターロイにはこの状態を自発的に作ることはできない。

 しかし、ルアーナは何の発動条件もなく、自分で変化したようだった。

 いや、それ以前に、どうして彼女に己と同じ変化が起こるのだろうか。……さっき言っていたウイルスとやらが関係しているのか?


 ルアーナの様子に気を取られているうちに、突然固い何かが割れるような大きな音がして、ドラゴンの翼が鷹揚に一回羽ばたいた。


 封印が壊れたのだ。


 ターロイは慌ててマリーの方に意識を戻した。

 彼女はゆっくりと頭をもたげ、正面に立つルアーナを威嚇するように喉の奥で唸る。ルアーナが槍を構えると、呼応するように大きく咆哮した。


 その咆哮は建物が揺らぐほど圧がすごい。

 重しを取っ払って自由になったマリーは、数度羽ばたいてからふわりと聖堂の中空に浮かんだ。


「あら、弱い羽ばたき。……うふ、やっぱりその身体では竜人族本来の力は出せないようね。半人半竜程度では、私には勝てないわよ」


 エルフの里を一人で潰した竜人族を相手に、ルアーナは余裕の笑みを浮かべる。

 この圧力で本来の力ではない?

 ターロイはおおよその強さを気配から感じることができるからこそ、今のマリーの強さが相当なものだと理解している。その彼女を半人半竜程度と言ってしまうルアーナは、どれだけの強さなのだろう。


 ルアーナの方は意図的だろうか、気配をわざと抑えているようで、変化した今の実力が知れない。一体彼女の言葉は本気なのか、ハッタリなのか。


 何にせよ、ルアーナの言葉はプライドの高い竜人族を激高させるには十分だった。

 甲高い咆哮を一つ上げたマリーは、鋭く固いドラゴンの爪でルアーナを強襲する。


 それを獣のような俊敏な動きで避けたルアーナは、スカートのスリットからのぞく脚で、その喉元を下からすくい上げるように蹴り飛ばした。

 次の瞬間、ルアーナが抑えていた力を解き放つ。

 その爆発的にふくれた力の伝播に、ターロイは彼女の言葉がハッタリではなかったことを覚った。


 ドラゴンの皮膚を通してダメージを与えることは至難の業。ドラゴンへの攻撃など普通の人間なら大岩を蹴って自分の脚を痛めるようなものだ。

 だがルアーナはマリーを易々と仰け反らせ、あげく追撃で地に叩き落とした。


 落ちたドラゴンが仰向けに倒れる。勝負はあっけなく決した。

 ルアーナが間髪入れずにその胸に槍を突き立てたのだ。


「ターロイ、急いで来て!」


 即座に呼び立てられ、ターロイはマリーの元に駆け寄った。


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