御神木
ルアーナが御神木と言った木は、里に入ってすぐのところにあった。御神木と言うだけあって、かなりの樹齢を持つ大樹だ。
その向こうには木造の家がいくつか建っている。しかしどれもツタなどが這い、軒が落ち、廃墟の様相だった。やはりもうここにエルフはいないのだろう。
ただ、一番奥に大きな聖堂らしき建物があり、それだけは他よりもずいぶんときれいに見えた。
「あの奥の建物は?」
「ユニルエスタを祀った教会のようなものよ。あそこに入るためにあなたの再生の力が必要なの」
そう言うと、ルアーナはそのまま奥に向かって歩き出す。すぐそこに御神木があるのに、気にしていない様子だ。
「おい、御神木に近付くと殺されるんじゃないのか」
「平気よ、この水晶玉を持っていればエルフの仲間か何かだと判断してくれるみたいで襲ってこないの。うふ、村からもらってきて良かったわ」
もらったのではなく、盗んできたんだけどな。
「それって、俺は持ってないけど平気なのか?」
「さあ、どうかしら。私と一緒なら大丈夫じゃない? ……あらぁ、ごめんなさいね。やっぱり大丈夫じゃないみたいだわ」
「え? ……うわっ!?」
ルアーナが小さく肩を竦めたと同時に、死角から忍び寄っていた御神木の蔓にいきなり両手足を絡め取られた。
そのまま幹まで引っ張られ、蔓で身動きが取れないように貼り付けられる。
この木の動き、ガントの遺跡でロベルト相手に使ったユニのグロウと同じだ。魔法の質がエルフの共通のものなのだろう。
だとすると、ターロイより力があり身体も大きなロベルトも抜け出せなかった魔法だ。一人ではどうしようもない。
「おい、ルアーナ! 何とかしてくれ!」
すでに全身の動きは封じられている。辛うじて動くのは首だけだ。
ターロイは僅かに首を巡らせてルアーナに助けを求めた。
しかし彼女は動く様子を見せず、どこか他人事だった。
「御神木に攻撃してしまうと、私も敵とみなされちゃうのよねえ。一人で頑張ってみて、ターロイ。どうせあなたが死なないことは分かってるから、どうにかなると思うのよ?」
「なるか、くそっ!」
ターロイが死なないというのは未来の映像の中に映っていたからということだろうが、あれが本当に虚空の記録の記録だったという確証はない。
こんなところで死んだらどうしてくれるのだ。
御神木は魔法生物扱いなのか破壊点も見えないし、そもそも見えても動けなくては打突するすべがない。
できるとしたら再生しかないが、再生は対象物が壊れていないと作用しない。この暴走は壊れたうちに入っていないようだ。
もしかしてこれは詰んでるのか。
半ば絶望的な気持ちで動く枝先を見ていると、それは何故かターロイの腰に下がったポーチを開けた。
その中から器用にひよたんを引っ張り出す。
「……ん? 何でひよたん出した?」
先日ルアーナのせいで干からびていたひよたんだが、今はいつもの黄色いふあふあだ。
取り出されたひよたんは枝先をひょいっと飛んで、ターロイの頭の上に乗った。そこでピヨピヨと鳴く。
……ひよたんの鳴き声、初めて聞いた。
御神木に何かを語りかけているように聞こえる。
そう言えば、このひよたんはユニのマナをたっぷりともらっていた。おまけにその本体は、エルフ……ユニルエスタに従属する高位の精霊だ。成り立ち上、御神木にも間違いなく精霊が宿っていることを考えれば、会話は成立しているはず。
ユニのマナとひよたんの説得で、どうにかなるかもしれない。
ひよたんの鳴き声に、御神木がさわさわと揺れる。
明らかに場にあった気配が穏やかになる。
そのまま黙って様子を見ていると、おもむろに身体に巻き付いていた蔓がするすると引いていった。どうやらひよたんの説得が通ったらしい。
緊張していたターロイの身体から力が抜けた。
「……はあ、あのまま締め殺されるかと思った。助かったよ、ひよたん」
頭の上から肩に移ったひよたんの羽毛を軽く撫でる。なんとなくドヤっぽい表情に見えるのは気のせいだろうか。
「うふ、ほら、やっぱりどうにかなったでしょ?」
ルアーナもドヤっぽい顔をしている。
「あんたは何もしてないだろ」
「信じて待っててあげたじゃない」
悪びれない様子でそう言った彼女は、ひよたんを見た。
「その子、そういえば精霊が入っているんだったわね。御神木と交信できたということは、高位の精霊の中でもかなり力のある子だわ。私も昔欲しかったのよね」
「……ひよたんはやらないぞ」
「うふ、心配しなくても私では使役できないから、奪おうとは思ってないわ。私の投与されたウイルスでは『英雄』を発現できなかったから」
「……投与されたウイルスで『英雄』を発現? ……ちょっと待て、『英雄』スキルって、確か狂戦病を昇華したものだよな。先天的なものじゃないのか?」
思わぬことを言うルアーナに目を瞬く。
だってターロイは、狂戦病をずっと先天性の持病だと思っていたのだ。なのに彼女の口ぶりは、まるで何かに感染して発現すると言っているよう。
もちろん、ルアーナと自分の状況は違うのだけれど。……この病がもし感染したものだとしたら、いったいいつ、どこで。
「あら、あなたは感染させられたのではないの? じゃあ、自分がなぜキメラ・ベースかも知らないのね。……狂戦病まで持っていたのに、よく今まで研究機関にバレずに来れたものだわ」
ルアーナは呆れたような感心したような表情で肩を竦めた。
「キメラ・ベースも関係が?」
「そうよ。私は人為的に感染させられたから、研究機関では……」
彼女は何かを言いかけて、しかし途中で小さく息を吐く。
「……やめた、今は関係のない話だわ。とりあえず進みましょう、ターロイ」
「あ、ああ」
もう少し詳しい話を聞きたいが、ルアーナがキメラ・ベースのせいで前時代に実験体として酷い目にあっていたことを知っている。
おかげでなんとなくそれ以上突っ込むのははばかられた。
少し気まずい沈黙が落ちる。ターロイは一度仕切り直すように話を戻した。
「そう言えば、ひよたんの説得を御神木が聞いてくれたんだよな。ってことは、無軌道に暴走しているわけじゃないのかな」
「……そうね。ユニルエスタの加護はまだ生きているのだわ。それにこの水晶玉があるということは、エルフの生き残りがいるということ」
「その水晶玉が、何かあるのか?」
「さっきも言ったけれど、これはエルフが生まれた時に魔力を封じたものなの。成人になった時にこの魔力を体内に戻すことで水晶玉は消えるわ」
「つまり、未成年のエルフが残っているってこと?」
訊ねながら、脳裏に浮かぶのはもちろんユニだった。
しかしそれをルアーナに言うつもりは毛頭ない。彼女にバレると色々面倒臭いことになりそうな予感しかないからだ。
それに、この水晶玉がユニのものかもまだ怪しかった。ルアーナはこの持ち主を「あまり魔力がない」と言っていた。
エルフの歌姫であるユニに魔力がないとは到底思えない。
「この水晶玉は魔力の持ち主といつでも繋がっているのよ。だから成人前に持ち主が死んだ場合も消滅する。これがあるということは、まだ生き残りが確実に一人いるということだわ」
「それを使って村の奴らは悪さをしてたんだよな。水晶玉に込められた魔力って他人でも使えるのか」
「普通は使えない。でも、それを使うための媒体があるのよ。魔法金属でできた杖で、水晶をはめ込むと術が使えるようになるの。カライル村の宝物庫にあるわ。私には必要ないから置いてきたけど」
「……カライル村に、何でそんなものが……」
やはりあの村はエルフと関わりが深いようだ。しかし、あの村長以下、だれもエルフのことを知らなそうなのが不可解だった。
この里を化け物の住処だと思っているらしいし、ユニの不思議な力もエルフ由来のものだと気付いていない。
村に伝承などはないのだろうか。
ターロイが首を捻っていると、ちょうど目的の場所にたどり着いたルアーナがくるりとこちらを振り返った。
「さ、おしゃべりはこの辺にしましょう、ターロイ。ここがユニルエスタの祠。入り口の鍵が壊されてしまっているの。あなたの出番よ」
体調不良のため更新遅れています。
次回も少し間があくかもしれませんが、引き続きよろしくお願いいたします。




