鍵となる言葉
グレイの推論に、ターロイは眉を顰めた。
「……もしかして、後をつけてきてた奴らも、里に俺たちを放り込むつもりだったのか?」
「でしょうね。まあ今回は、邪魔者を消すと言うよりは、私たちを送り込まないと村の宝が取り戻せないからだと思いますけど。どうせ我々を化け物の巣窟に送って死んだとしても、彼らにとっては何の痛手もないでしょうし、もし取り戻して来れたらラッキーくらいに考えてたんじゃないですか」
「宝を取り戻すのに手を貸してやるって言ってんのにその扱いかよ。クソだな。入り方くらい教えてくれりゃいいじゃねえか。この先に本当にルアーナがいるかどうかも分かんないのに」
秘密は何が何でもよそ者には漏らさないということだろう。ターロイは呆れたように嘆息する。
その隣でスバルが首を傾げた。
「匂いがここで途切れているから、ルアーナが隠れ里に飛んだことは間違いないと思うです。けど、彼女は飛ばされたのではなく、自分で侵入したですかね?」
「村長の話ぶりだと、ルアーナは自分で飛んだっぽいな。宝を持ったまま飛ばしたら取り戻すのが難しいことは奴らも分かってただろうし、あいつが村人ごときにはめられるとも思えない」
特に罠に精通した女だ、素人の誘導にうまうまと乗るわけがない。
「ルアーナは前時代にグランルークに従っていましたからね。エルフとの交流もあったはずですから、隠れ里の入り方くらい知っていても不思議はありません」
「……あいつが里にいるとなると、不用意に入るのは危険か。もういなくなってる可能性もあるが、隠れ里に入った目的が分からないからな……」
まあ、それ以前に入り方を見付けないといけないのだけれど。
「今はあきらめて後でもう一度来るにしても、村への入り口の開け方くらいは知っておきたいですね。もう少し手掛かりを探しますか」
「あんまり時間を掛けたくないんだけどな……」
ターロイは小さく愚痴ったものの、来た道を戻って、さっき同士討ちさせた村人を一人引っ張ってきて方法を吐かせるわけにもいかなかった。その後絶対厄介なことになる。
ルークに聞けるなら一発だが、ウェルラントは王都とミシガルを行き来しているし、すぐには取り次いでくれまい。
ならばグレイの言う通り、手掛かりを探すしかないだろう。
特別な術やアイテムが必要なわけではないはずだ。村人が入り口を開けられるくらいなのだから。
ターロイはスバルが空間のゆがみを感じると言った場所に近付き、辺りを見回した。
下草に踏まれた跡がある。そこだけ少し土が固いのか、草自体もまばらにしか生えていない。おそらくここが、里の入り口の真ん前なのだろう。試しにそこに立ってみる。
隠れ里に誰かを放り込むとしたら、相手をここに立たせて、村人が入り口を開けるのかもしれない。
そう考えると、離れていても空間のゆがみを作動させることができるということか。
「……もしかすると言霊で呼び出すのかもしれないな」
「そうですね、その可能性は高い。エルフ語か魂言による『開けゴマ』的な鍵となる文句があるのかもしれません」
グレイも同意して、思案しながら顎を擦った。
「偶然に口にするような簡単な言葉ではないはずです。しかし村人も扱えると考えると、だらだらと長い言葉でもないでしょう。エルフは少し高尚な言い回しを好みますから、自分たちの里の入り口にもその手の単語を使っているかも」
「いや、ヒント足りなさすぎだろ。……あ、そうだ。スバル、見張りしてる時に村長がさっきの奴らに何か言ってるの聞かなかったか? 鍵の言葉を教えてたりしなかった?」
言葉そのものでなくとも、手掛かりになる単語があるかもしれない。そう考えて訊ねると、スバルは眉を顰めて首を捻った。
「それらしいことは特に言ってなかったと思うです。ただ、ユニがこの森から連れて来られた化け物だと……」
彼女の声は、後ろの方で木を見ているユニには届かないようにと、語尾が小さくなる。さっき胸くそ悪い話を聞いたと言ったのはこのことだろう。
しかしその話を聞いたターロイは片眉を上げた。
「……何でユニの話になったんだ?」
村人は売られていったはずのユニが少女の姿でここにいることなんて気付いてもいなかった。グレイもラウルのことだけで、一切ユニの話は出していない。それなのに。
もしも呪いの森から彼女のことを連想したのだとしたら、鍵となる文句はユニに関係のある言葉なのかもしれない。
ターロイに訊ねられて、スバルは小さく唸って記憶を辿った。
「んー……確か最初はルアーナがどうして異界カルマドへの飛び方を知っているのか、と言ってたです」
カルマドとは、エルフの里の名前だ。しかし、村の人間はそれを化け物の住む異世界だとでも思っているのだろう。
「あいつらはルアーナを化け物の仲間じゃないかと言い出して……。ここから化け物を送り込んで、村を潰すつもりかもしれないと危惧してたです」
「カルマドがカライルを潰す? 何でそういう話になるんだろう。前時代から引き継がれてる確執でもあるのか……? エルフ族はドワーフ族と仲が悪かっただけで、人間族とは対立していなかったはずだが。そもそも、どうしてここが化け物の巣窟だという話になったのかな」
こうしてみると、カライルも閉鎖的すぎて何を考えているのか分からない謎な村だ。グレイが調査に難儀するのも頷ける。
「それはわからんですけど、とにかくそこで、すでに送り込まれた化け物の一人目がユニだったのではないかという話になったです。名前もユニだし、と」
「名前?」
そう言えば、ラウルと暮らす以前の記憶のないユニの名前は、どこから来たのだろう。森から連れ帰ってきたのがラウルだと考えれば、彼がつけたのは間違いない。
封呪輪を着ける前の彼女が名乗ったのだろうか?
しかし、それだけのことだとしたら、村人のユニの名前に対する反応が解せない。
「ユニの名前が、村人の恐れる何かか、もしくはこの入り口を開ける言葉の一片になっているのかもしれませんね。実際、ラウルが里への入り口を開けるために色々試した中で、言葉を唱えてみたものがありました。そこにユニの名前を組み込んだものがいくつかあったはずです」
「なるほど」
グレイの科白で少しだけ鍵が見えてくる。
『ユニ』はエルフ語で、『唯一の光、加護』を意味する。これはエルフが崇める神の名前の一部だ。
創世記、神話の時代に生まれた最初のエルフ女性が、ユニルエスタ。
信心深いエルフは、精霊を統べる彼女の名前にあやかって、重要な事物の名前をつけていた。
それを知っていたラウルがユニにその名前をつけ、それが村人の知る何かと合致していたから、ユニは化け物だなどと揶揄されているのだ。
「だとすると、鍵となる文句に『ユニル』が入る可能性が高いな。『ユニ』が名詞で『ル』が接続詞みたいなものだから、後ろに形容詞か動詞が来る」
「動詞なら開ける、放つ、入る、『ユニ』に掛ける形容詞なら素晴らしい、美しい、神々しい……そのあたりはすでにラウルが試してしまっていますが」
「ボクの名前がどうかした?」
自分の名前を聞きつけて、木を眺めていたユニがこちらに寄ってきた。それにグレイは何でもないようににこりと返す。
「あなたの名前がどうってことじゃないのですが、ここにある空間のゆがみを開く鍵となる言葉を探しているのですよ。……ユニは、ユニルエスタという名前を聞いたことは?」
「ユニルエスタ? 知らない」
きょとんとして小首を傾げる彼女は、本当に何も覚えていないようだ。
本来ここの入り口を守っていたユニなら、鍵となる言葉だって絶対知っているはずなのだが。
……そう言えば、そもそも彼女はどうしてここを守ることをやめたのだろう。どうして自ら封呪輪を着けて能力と記憶を封じたのだろう。
里で何かあったのか? ユニが自分のエルフとしての存在を消そうとするような何かが。




